44 オッサン流ちゃぶ台返し
天を衝くほどにそびえていたのは、紅のマントの山脈……!
その頂きには、人々を惑わすために天が遣わした隕石のような、巨大なる黄金のドクロ……!
金粉と、叫喚の浮かんだ魂を竜巻のように舞い上げ、闘気としてその身にまとう……!
この『王の間』は、彼のためにあったのだと思わせるほどの、美しさと荘厳さ……!
そして……どこまでも邪悪で、不吉なる存在感……!
その場にいる命あるものはすべて、その偉躯に釘付けになっていた。
首を外れんばかりに上に傾け、秘宝のような尊顔を拝んでいる。
観客たちに少し遅れる形で、それを見上げたミッドナイトシャッフラー。
指揮台にしがみついて起き上がった彼は、苦難のすえ天竺に辿り着いたかのように、しばしその景観に見とれていた。
しかしすぐに悪徳坊主のような、生臭い歓喜をあげはじめる。
『すっ……素晴らしい……! 素晴らしいノンッ!! これぞ……これぞ「昇魂の秘術」……! ザコの不死者の魂を捧げることにより、より上位の不死者を呼び出す……! 大成功! 大成功だノンっ!!』
全財産をはたいたガチャで、お目当て以上のカードが出てきたような狂喜乱舞。
無理もない……!
彼が引き当てたのは、まぎれもなく最上級の、激レアカード……!
その名は、『不死王リッチ』……!
『ゾンビ』や『マジック・スケルトン』をザコとするならば、まさしくボス……!
それも、ラスボス級……!
……アンデッドモンスターの強さの目安のひとつとして、『増殖能力』というものがある。
不死者というものは生殖機能がないので、一般的な生物とは異なる方法で仲間を増やしていく特性がある。
たとえばゾンビであるならば、噛み付いた人間が死ねば、同じゾンビとなって蘇るように。
しかし、リッチは増えない。
不滅の王は、志を同じくする者など必要としないのだ。
求めるのは、己が手足となって働く手下のみ。
しかもその方法が、桁外れ。
噛むどころか、身体に触れる必要すらない。
王がその気になれば、命あるものを影で覆うだけで、忠実なる下僕とすることができるのだ……!
かつて、無限ともいえる不死者の増殖を防ごうと、とある不死の王が支配する地下迷宮に、人間の軍隊が攻め入ったことがあった。
その後、帰還した彼らを人間の王や民衆が迎えたのだが、それは英雄たちの凱旋ではなかった。
死者の葬列……!
そう……!
『不死の王』というのは、名ばかりではない……!
リッチに攻撃を仕掛けるというのは、一国の王への宣戦布告も同じ……!
哀れ、その国の人間たちは滅ぼされ、国民全員が不死者となってしまったのだ……!
そんな最凶最悪の存在が、この世に召喚されてしまった……!
人間にとっては、厄災でしかない独立国家が誕生した瞬間である……!
暴君や狂王のほうが、同じ人間であるぶん、まだマシ……!
しかし、もう手遅れ……!
禁断の秘術によって……不死王、爆誕……!
その死爪を引いたのは……他ならぬ、ナスビ……!
すでに凶暴王と化している、勘違いナスビであった……!
『ノン! ノンノンノノンっ!! やったノンっ!! やったノンっ!! やったやったやったノンっ!! ついにやったノォォォォォォォーーーーーーーーーンッ!! 魂の盟約により、このリッチは私の思うがままノンっ!! ……さあっ、不死王リッチよ!! 主のものとに、ひれ伏すノンッ!!』
再び指揮台に飛び乗ったナスビが、紅潮した顔で命ずると、
……ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……!
空気を震わせながら、不死の王は従者のように膝を折った。
召喚の衝撃が冷めやらぬ観客たちは、瞳孔が開きっぱなし。
そこに飼いならされたゾウのような動きを見せられ、人質のように怯えながら驚嘆する。
「お……おおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
「す、すごい……! すごいですぞ! ミッドナイトシャッフラー様っ!」
「まさか、不死王と呼ばれるリッチを召喚するだけでなく、支配してしまうだなんて……!」
「やはり、最高の導勇者は、ミッドナイトシャッフラー様をおいて、他にはおりませんな!」
「いやあ、まったく! もはや名誉能天級どころではない……! 準神級でもおかしくはありませんぞ!」
観客たちをビビらせ、掌中に収めるのにも、成功……!
しかし当のミッドナイトシャッフラーの顔には、翳りがさしていた。
不死王を言いなりにして、跪かせたのはいいものの……背中を向けたままだったのだ。
『ノンっ! なにをやっているノンっ!? ひれ伏せと命令した場合、普通は主のほうを向いてやるものだノンっ!? まさか不死者というのはザコだけでなく、どいつもこいつも間抜けなのかノンッ!?』
否……!
不死の王は、この場にいる誰よりも賢明であった……!
むしろ生者よりも、聡明……!
なぜならば、彼はたしかに盟主に向かって、深い敬意を表していたのだ……!
「……久闊をお許しください。あなた様と再びこうして相まみえる事ができるとは……このバルルミンテ、恐悦至極にございます」
彼よりも頭が下げられない事がもどかしいように、恐縮しきりで身体を丸める不死王。
その燃える眼窩の先には、世界最小の犬のような、小さな存在が。
「お久しぶりです、バルルミンテ。『昇魂の秘術』が行われましたので、私のほうでも魔法陣に少し力を加えて、『煉獄』で名を馳せていたあなたを呼び出させていただきました」
『プルもやったんだよ!』『ルクもお手伝いしました』とさらに小さな者たちが飛び出してきて、山のような身体はさらに縮こまる。
「おおっ……プル様……! それに、ルク様まで……!」
再会の喜びを分かち合う背後で、まったく空気が読めていないキンキン声がする。
『ノン! ノン! ノーンッ!? なぜ無視をしているノンっ!? なぜ主の言うことを聞かないノンっ!? お前にはこれから、パーティの余興として死者を創り出してもらうノンっ! だからひれ伏すのは、もういいノンっ! さあ、立ち上がって、ここにいる4匹をいますぐ死者にするノンっ! ゾンビのような腐った死体ではなくて、剥製のような綺麗な死体にするノンっ!!』
その命令がようやく通じたように、霊峰のような身体をふたたび隆起させるリッチ。
しかし依然として振り向くことはなく、雷鳴のような声を轟かせた。
「よく、聞けい……!! 我が名はバルルミンテ……!! 現し世に在りし不浄の魂を統べる、不死の王である……!! この『蟻塚』は、たった今から、余の支配下となった……!!」
ごうごうと鳴り渡る喝破に、再び指揮台から転落するミッドナイトシャッフラー。
「のっ……!? ノォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーンッ!? どういうことだノンっ!? どういうことだノンっ!? 魂の盟約が、破られるだなんて……!? いったいどういうことだノォォォォォーーーーーーーーーーンッ!?!?」
『魂の盟約』……それは生贄を捧げることにより、人間が魔界の者を意のままに操ることをいう。
しかしこれは、『支配と隷属』の関係ではない。
雇用主と、労働者の関係……いやもっと正確に表すならば、依頼人と殺し屋の関係。
その繋がりは、対価のみ……!
魂という対価を与えている間のみ、大人しく飼いならされているだけであって、強制力はない……!
より強い繋がりの前には、逆に依頼人がターゲットになってしまうこともあるのだ……!
そう……! 人間にとっては命よりも重い『盟約』だとしても……!
魔族からすれば、金持ちの子に『ズッ友だょ』とメールするくらいの感覚……!
しかしこれは、過去に前例のないことであった。
なぜならば、魔族が心変わりをするほどの繋がりを持つ存在など、これまでの人間界には存在しなかったからだ。
あっさりとした手のひら返しではあったものの、人間の歴史にとっては前代未聞の一大事……!
まさに、空前絶後……! 驚天動地の心変わりであったのだ……!
その仕掛け人であるオッサンは、立ち止まってから一歩もそこを動いていない。
邪悪なる勇者が長年計画していた、大いなる野望を……!
狂気の馳走に彩られた、悪魔のオードブルを……!
寡黙な頑固オヤジのごとく、たったの一挙動……!
たったの一言で、ひっくり返していたのだ……!
「バルルミンテ、ちょっと手伝ってもらえますか?」
ちょっとそこの醤油取って、くらいの気軽さで……!
次回、大・逆・転…!!
ここからラストスパートです! お話はクライマックス中のクライマックスに入ります!
がんばって書かせていただきますので、どうか応援をお願いします!
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