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43 禁断の秘術

 『王の間』の玉座、レリーフの前に(はりつけ)にされた4人の少女たち。


 赤ずきん以外、全員が犬の覆面をしている。

 本来は見ているだけで頬が緩むほどの愛らしいソレも、この状況では絞首刑の囚人が被る麻袋同然。


 不穏のさざ波が、観客席を浸していく。



「あんな子供たちを、ミッドナイトシャッフラー様は本当に不死者にするつもりなのか……!?」



 と……!


 指揮者のような導勇者(どうゆうしゃ)は、これから悲鳴を奏でるであろう少女たちを満足げに見渡したあと……聴衆たちに向き直った。



『秘術を行う前に、もうひとつ、しておかなければならないことがありますノン!』



 パチンと指を鳴らすと、楽団のゴング奏者だった『マジック・スケルトン』たちが飛び立った。

 巨大な打ち棒を、ギロチンのような大鎌に持ち替えて……!



『実を申しますと、まだ1匹、客席のなかに野良犬が紛れ込んでいますノン! 高貴なる来賓の方々になりすました、招かれざる客が……! きっと今もゴミあさりをしながら、この私の美声をタダで盗み聴きしているはずですノン! 薄汚い野良犬よ! 今すぐ姿を現すノン! でないと……!』



 ギロチンの刃のひとつが、白いローブの少女の首筋にあてがわれた。



『この年老いた、つがいの野良犬が、どうなっても知らないノン!』



 客席を小波のようにたゆたっていた声が、わずかに渦巻き始める。



「……年老いた? ってことはあの白いローブの子は、おばあさんなのか?」



「てっきり、子供だと思ってたんだけど……」



「いずれにしても、パーティに忍び込むだなんて、下賤の者に違いありませんわ!」



「あの品のないマスク……本当に、気持ちの悪い! 首を斬られても当然です!」



「しかもまだ、野良犬が紛れ込んでいるだなんて……いやぁねえ!」



 招かれた勇者や貴族たちのなかで、特に貴婦人たちは嫌悪を隠そうともしなかった。


 あの『品のないマスク』の向こうに、彼女たちが常日頃から揉み手をして、美しさを褒めそやしていた、次期マザーの顔が隠れているとも知らず……!



『野良犬よ! 今から10秒だけ待つノン! その間に投降しなければ、この壁一面が汚い血で汚される……! もちろんその清掃にかかる費用も、貴様に請求するノン!』



 みみっちい宣言とともに、始まるカウントダウン……!



『10っ……!』



 ……シュバァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!



 巨大なサッカーコートのように、両翼に広がる客席。

 その中腹から、デジャヴのような影が踊った。


 それは、女神のような気高さも、天使のような幼気も、悪魔のような妖気も感じさせない。


 何の変哲もない、ただの人影……!

 もっと言うならば、何の期待も抱かせない、ただのオッサン……!


 しかも、似合わない犬のマスクを被った……!

 ともすれば、変態のような……!



 ……ザシュウウゥッ!!



 砂金の粉塵を舞い上げながら、犬のオッサンは三点着地をキメた。


 ゆっくりと身体を起こすと、周囲には、無数のゾンビの群れ。

 その中に飛び込んでいくなど自殺行為でしかなかったが、彼は動じない。


 まるで自分は襲われないことがわかっているかのように、歩み出ていく。

 有象無象の死者たちに囲まれても臆しもせず、ステージへの距離を縮めていく。


 かつての作業着の原形どころか、わずかな端切れすらも身体に残っていない、死肉の群れ。

 勲章のように薫っていた汗とホコリの匂いはすでになく、血と腐肉の匂いにあふれていた。


 しかしそのほうが、今は都合が良かった。

 もし片鱗でも感じ取ってしまったら、平静を保てる自信がなかったからだ。


 彼の姿を認めた死の海は、奇跡のようにふたつに割れ、彼のための花道を作った。


 それ自体が見世物であるかのように「おおーーーっ!?」と歓声が湧く。

 しかし主催者だけは、気に入らないとばかりに鼻を鳴らした。



『フン! この場にいる不死者たちには全て、人を襲わないように命令してあるノン! しかし一時的に命令解除することも可能だノン! だが、それはしないノン! おおっと、それ以上近付くのはやめるノン! そこで、そこで止まるノン!』



 白骨のような手のひらで制止され、犬のオッサンはピタリと止まる。

 ちょうど、死海のただ中だった。



『それでいいノン! この「蟻塚」で働いていた時も、そのくらい素直だったら、飼ってやってもよかったノン! ……でも、いまさら従順なところを見せても、もう遅いノンっ! 一度でも人間に噛み付いた野良犬は、殺処分される運命にあるノン!』



 当然の報いのように言い放った後、大仰に顔をあげる。

 すると室内が暗くなり、スポットライトが彼を照らした。



『それでは皆様、長らくお待たせしましたノン! これから秘術をご覧にいれますノン! 先程もお願いしましたとおり、これから何が起こっても、決してお席を立たないでいただきたいノン! もちろん皆様の身の安全は、この私が保証させていただきますノン!』



 それは当然である。

 いくら余興とはいえ、来賓の勇者や貴族にカスリ傷ひとつ負わせようものなら、主催した勇者の名折れとなるのだ。


 しかし、その誰もが知る暗黙の了解を踏まえ、あえて念を押している。

 ということは、これから想像を絶するような凄い事が起こるのだろう……と観客の期待は否が応にも高まる。


 そのために野良犬ファミリーが犠牲になるのだろうと、その場にいた誰もが確信していたが、心を痛める者はいない。


 もはやオッサンと少女たちは、祭りの時に締められるニワトリ同然……!

 首を斬り落とされたとしても、あがるのは哀悼ではなく、快哉……!


 その期待を一身に、そしてスポットライトを月の光のように浴びる勇者、ミッドナイトシャッフラー・ゴージャスティス……!


 他人の命どころか、娘の命すら弄ぶ、狂気の秘術の幕を……ついに切って落としたのだ……!



『我、倚門(いもん)を望むノン! ()の幾千の御霊を冥加(みょうが)とし、闇淵(やみわだ)を開く者なノン!』



『これは……譁�ュæ–喧‡å­—(ギギガギガ)å怜Œ–ã‘縺�(ガギギガガ)ですね』



 犬のオッサンの傍らに浮いていた白い妖精が、ノイズのような言葉を発する。

 隣にいた黒い妖精は、へっ、と首をかしげた。



『ルク、急にどうしちゃったの? ギーギーガーガー言ったりして』



『プル……あれは「うェ゛るグヌち゜ゃ」といって、魔族の言葉を人間が発音できるように直したものです。ルクがさっき言ったことが聴き取れないということは、プルはもうすっかり耳が人間になっているということではないですか』



『まあまあ、いーじゃん細かいことは! で、あのナスビみたいなおじさんは、一体なにをしようとしているの?』



『ルクたちのまわりにいる、死者の肉体に囚われている魂を使って、上位の死者を呼びだそうとしています』



 ……ゴオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!



 さえずるスズメたちを突風で煽るように、震える空気が割り込んできた。


 足元に発現した巨大な魔法陣の縁に沿って、金の砂漠がミルククラウンのように湧出する。

 窓明かりに照らされたホコリのごとく、暗中をキラキラと舞う黄金の塵。


 それが瘴気であったかのように、死者たちはバタバタと倒れていく。

 抜け出した青白い塊が、逆再生する噴水のように地面に吸い込まれていく。


 魔法陣を彩る光がさらに強くなり、さながら、羽根を拡げる孔雀のよう……!

 青白く照り返すナスビ顔も、さらに不気味に歪む……!



冥加(みょうが)賽賜(さいりょう)はなされたノン! さぁ、今こそ轟臨(ごうりん)するノン! すべての死者を司る、不死の王よ……! そして我に幽世(かくりよ)稜鱗(りょうりん)を与えるノン……!!』



 ……ドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 魔法陣の中心が噴火する。

 黄金の炎が逆巻き、天を焦がした。



「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 室内で花火を打ち上げているような轟音と激震に、観客たちはパニックに陥る。

 誰もが頭を抱えてしゃがみこんでいた。


 施術者であるミッドナイトシャッフラーも指揮台から転げ落ち、楽団は爆風を浴びた家屋のようにドミノ倒しになっている。


 しかしこの惨状にもかかわらず、野良犬だけは不動を貫いていた。

 爆心地に誰よりも近い立場でありながら、身動きひとつしていない。


 ただ、黙って……黄金のヴェールに包まれた、神樹のように生えそむる存在と対峙していた。

ルクのセリフが文字化けしているのは、意図的なものです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] プリムラさんをこんな目にあわせていることをゴッドスマイルが知ったらと思うと・・・(恐怖) ・・・オッサンに知られた時点で同じですね♪(手遅れ) [一言] オッサンがこの場に現れた時点で…
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