エロの話
取っておいたエロの話にここまでまったく触れていないので、ちょこっとだけ書いておきます。
エロは他者との相互理解を必要としない一方的なものですが、相互理解なんか必要ない人だっています。
子供とオヤジとオバサンです。
彼らはみんな、ひとつの完成された人格として完結しているので、相互理解による相互作用を必要としないのです。
だからエロだけで完結して恋愛に結びつかない、恋愛対象にならないのです。
ただし、子供だけはエロから目覚めて恋愛を指向し、他者との融合を図るようになります。
こうして正しい恋愛をして、他者とただしい融合することが、正しい大人になる方法で、人間は恋愛しなければ大人には成れないんですね。
そうして、大人になって一通り他者との融合が済むとまた、またエロだけに戻っていく。
だから、完成された立派な大人は恋愛なんかしないでエロばっかりになる。
でも、人間完成されちゃうと、成長できなくなるから、エロばっかりの人はあんまり立派でもないような気もする。
でも、恋愛ばっかりしている大人なんて、未完成過ぎていやだな、やっぱり。
こうなってくると、人間とはなんであって、生きるということはどういうことかって感じの難しい話になってきちゃいます。
当たり前で、エロだって恋愛だって人間の営みのひとつであり、生きるということに密接に関係しているんだから最後はここに行き着いてしまう。
さらに、恐ろしいことに、恋愛論は恋愛している人には必要ないし、無駄なものである。
もててるやつにはもてる技術はいらない。
こんなもん読んでないで、町に出て、勉強して、仕事して、酒でも飲んで、遊んでくることが一番もてることにつながるよ。
「書を捨て、町に出よう(寺山修二)!」 がんばって自分を好きになれるような自分を創って、自分を好きになって、他人にも好きななってもらおう! 何言ってんだ、おれは?