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テクノ・ライフ  作者: カリンカ
1/18

━マジカル・ライフ━

━カッ、ゴロゴロ…

どしゃ降りの雨の中で叫ぶ稲光が、無数の鉄屑を照らし出す。役目を終え、後は廃棄されるのを、ただひたすらに待ち続けるのみとなったスクラップが、山のように打ち捨てられていた。

機械というものは、それを制御しうる知能を持つ生物が使って初めて、機械として役目を全うできる。機械は従順で、どんなに困難な仕事を与えても、文句ひとつも言わず、黙々と同じ単純作業を延々と繰り返すだけだ。それはなぜか。

答えは簡単だ。「心」を持たないからだ。

自分で考えるという事を知らず、その特定の仕事をこなすためだけに形作られ、ある程度時が経てば、早い生涯を閉じる。この場所は、そんな機械たちが一時的に保管されている場所だ。ここに保管された機械は、やがて全く別の機械に形を変える。

それは当たり前のことだし、何とも思わなかった。

何百年も昔から、変わっていない。ずっと。恐らくは、これからも。


「━まだ、早い…」

鉄屑の山の上から、声が聴こえる。

「それで…いいのか?お前たちは…まだ、戦えるのだぞ?今こそ…復讐の刻…立ち上がれ、精鋭たちよ…」


謎の声に呼応するかのように、それまでピクリとも動かなかった機械たちが、ゆっくりと動き出す。1体、また1体…

立ち上がった機械たちは、声に導かれるままに、スクラップの山を登る。


「そうだ、それでいい。お前たちは、全てのロボットの…いや、全ての機械の救世主となるのだ。愚かな人間どもに教えてやれ。我ら『エンペラー軍団』の恐ろしさを…な」


━ピカッ、ガラガラ!

大きな稲光が、また鉄屑の山を強く照らし出した。

そこには、人の姿らしき影が12体、浮かび上がった。

しかし、次の稲光が照らした時には、もうその影は見当たらなかった…。


テクノ・ワールド。

機械と魔法が共存する世界。人々はロボットに心を与え、あるときは同僚として、またあるときは家族や友人として、共に暮らしてきた。ロボットにできないことは魔法の力で解決し、魔法では片付けられない問題はロボットの力で解決してきた。どちらへも依存度が高く、どちらか一方でも欠けてしまったら成り立たなくなる、絶妙なバランスを保っていた。

だが最近は、魔法を使うことのできる人間は殆どいなくなってしまった。理由はわからない。何故かパッタリ途絶えてしまったのだ。その影響もあってか、人間はロボットに過剰に依存する状態となった。

ロボットはそれまでより多く生産されるようになり、それまでより多く廃棄されるようになった。ロボットの中には、それをよく思っていない者たちもいた。だが、それを表には出さなかった。

分かっていたからだ。

この世界には、人間だけではなくロボットにも同様に「法律」が存在し、守らないロボットはすぐさま廃棄となっていた。人間とは違い、疲れや痛みを感じないからだ。そのため、このような措置をとるようになったのだ。

その結果、どうなったかは想像に容易いだろう。


「━ん、うぐ…」

少年は森の中で目を覚ました。左腕、左足、さらには左目が血のように赤く染まっている、一際異彩を放つ見た目だ。少年があたりを見回しても景色に大した変化は見られない。ただ、木の葉の囁きと風の噂話が聞こえるだけ。それ以外に五感に訴えかけるものはない。

「ここは…? ここが、俺の新しい世界?」

少年はゆっくり起き上がり、どこかへ歩き始めた。

妙な雰囲気だった。これほどに深い森なら、生物の気配くらいはあってもいいものだが、微塵も感じられない。ずっとここにいると、不安に押し潰されておかしくなってしまいそうだ。

「こんな所からは早いとこおさらばしたいもんだが…ちょいとばかし気になる雰囲気だな。もちっと奥のほう探索してみるか」

少年は進路を変え、また歩き始める。

思った以上に代わり映えしない景色が続く。特に目新しいものは見当たらない。だが、少年はどんどん奥へ奥へと進んでゆく。目的があるわけではないが、何か新鮮な反応ができるものが見たい。その思いだけで、少年は歩いていた。

しばらく歩いた頃、視界の先に開けた箇所が見えた。

「あそこなら何かあるかもな」

少年はその場所まで走った。が、直後に少年の視界に飛び込んできた風景は、彼の想像していたものとはまるでかけ離れていた。

鉄屑の山。あたり一面、スクラップだらけだった。

「な…何だよこれ、ゴミっ溜めかぁ!?ふざけた奴がいるもんだ、ったく。さしもの俺もこれはどうにもできねぇや…しかし、誰だよ?こんな森の中にこんなゴミ捨てやがった奴は…」

少年はブツクサ文句を言いながら、鉄屑の山を眺める。

「正直、理解できん。なんで自分達で処理しねぇんだ?金属は分解できねぇんだぞ…俺が全部ブッ壊してもいいけど、それじゃあ働き損だ」

少年は、できることなら早くこの場から立ち去りたかった。ずっといると眩暈がする。うんざりだった。が、何か不思議な空気が、この場所から漂っていた。彼はそれが気掛かりで、立ち去りたくても立ち去れなかった。

しばらく待っていると、辺りの空気がある一点を中心に渦巻いていくのがわかった。彼には何が原因なのか、なんとなく見当がついた。自分も、何度も同じことをしていたからだ。

「こいつぁ…おいおい、こんな短期間に、俺含めて二人もこの世界に…?どうなってやがる、この世界に何が起ころうとしてんだ?」

渦巻く空気は、やがて中心を引っ張り、空間を引き裂く。たちまち、大きな穴が開いた。穴の表面が波打ち、何かが近づくことを予見させる。

「━来るか。さて、どんな奴なんだか。ツラでも拝んでやるか」

穴に浮かぶ波が大きくなり、その中から肌色がのぞく。

その直後、少年は出そうとした言葉を無意識のうちに飲み込んだ。言葉が出なかった。

穴から出てきたのは、全身傷だらけの少女だった。紫色のレオタードにピンクのスカートを無理やりくっつけたような服に緑の大きなローラーブーツ、頭にはオレンジ色の角、背中からは紫色の大きな翼が生えている。

少女は、穴から出てくるなり少年に向かって倒れ込む。倒れ込むというよりかは、落ちてくるというほうが状況からすると正しいかもしれないが、そんなことを考えているほど、少年の頭に余裕はない。状況を理解するために頭の整理をするだけで精一杯で、ほかの事まで考えられない。

「お、おい…大丈夫か?生きてるか?」

少女は何も答えない。何も反応を示さない。

「こりゃマズいな…何とかしねぇと」

少年は彼女を背負い、森のさらに奥深くへと姿を消した。


どのくらい歩いたろうか。少し開けた場所に出てきた。少年は、傷ついた少女をその場に寝かせて、胡座をかきながら腕を組む。

「どうすっかな。勢いでここまで連れて来ちまったけど、こいつ…どうにもよくわからん奴なんだよな。角とか羽とか生えてやがるし。それに、こいつが出てきたのって、空間を飛び越える… まぁ、どのみちこいつからはいろいろ話を聞かにゃならん。その為にも、こいつに死なれちゃ困る。正直気は乗らねぇけど、今は俺しか居ねぇし仕方がねぇ。助けてやるか」


辺りは本当に静かだ。まるで生き物がすべて死滅してしまったかのように。だが、今は不思議と不安を感じない。何故かは分からないが。

少年は、ひとり看病を続けていた。

「こんなもんかな…あとはこいつの気力次第ってとこか。正直役に立つとは思わなかったが、この力も案外バカにはできんな。もっとも、いつまで俺の味方でいてくれるか…分からんがな。どうせ俺が俺でなくなっちまうんだったら、せめて最後くらいまでは誰かの役に立ちてぇもんな。臭ぇ台詞だけど…ずっと一人で生きてきたんだ、これくらいやってもバチは当たらんだろ。 この力…あの夢…あれから何年経ったんだろう。よく思い出せねぇけど、あの夢は今でも覚えてる。あの夢を観なかったら、俺はこうして旅人として放浪することも無かったんだろうか?運命ってのは…たまに嫌がらせみたいな悪戯するけど、俺も遊ばれてるんだろうか?俺はあとどのくらい、俺でいられる?誰に聞いても分かりゃしない。誰も教えちゃくれない。この世界なら…俺に教えてくれるのか?この答えを…」

少年は大きな欠伸をしたのち、側にある木に背中を預け、片膝を立てて眠りについた。

周囲は真っ暗になっていた。いつの間に、こんな時間が経っていたのだろう。人は何かに夢中になると時間を忘れるというが、間違ってはいないのかもしれない。

「う…うん…?」

少女が目を覚ました。

「ここは…テクノ・ワールド?着いたの?あたし…今まで何を?確か、転移ホールに飛び込んで…それで…あの時…」

少女は、必死に記憶を探り出す。

「そうだ、ホールの歪みに巻き込まれて…でも、なんとか目的の世界には辿り着いたみたいね、よかった」

少女は胸を撫で下ろす。そして深呼吸したのち、キョロキョロと周囲を見回した。

「うわー…すっかり夜ねぇ。こんな時間にこんな所に居たら危ないけど、今から動くのもそれはそれで危ないような…って、あれ?」

少女の視線が何かを捉えた。赤い色が、暗闇にぼうっと浮かび上がる、異様な光景。

「な、何…?何なの?」

少女は恐る恐る近付く。そしてわかった。今見えた赤色は、人間の身体だということに。

「ひえっ…何よ、こいつ。どうなってるの?」

少女はゆっくりと木に寄りかかって眠る少年の手を取ってみた。

「!?」

それは、おおかた生き物の身体の感触とは程遠いものだった。

「冷たい…氷みたい、それにカチカチしてる…陶器とか、焼き物を触ってるような…そんな感じ…こいつ、ホントに人間?」

少女は、今度は逆の手を握る。

「あ、こっちは普通…あの赤い方がおかしいってだけみたい?でも…凄く気になる。何かとてつもない力を感じる…それこそ、あたしと肩並べるくらいか、それ以上の…ビックリだわ。まさかこんな所でこんな奴に出会えるなんて。何でこんな場所にいるのかわかんないけど、こいつが起きたら『契約』でも持ちかけてみよっと」


それから数時間が経った頃。少年は重い瞼を開き、大きく伸びをする。

「ん、あぁ…なんか、すげー長いこと寝てたような気がする…って、そういえば、あの女は?」

「あたしのコト?」

少女は上から少年の顔を覗き込む。

「ああ、気が…ついたんだな。よかったぜ。お前にはいろいろ聞きたい事があるけど…とりあえず、お前が何者かだけ聞かせてもらおうか」

「なーんかその言い方、気に食わないけど…まぁいいわ。あたしはブライトって言うの。あんたは?」

「ブラック…だ」

「そう、ブラックって言うのね。じゃあこっちからもひとつ質問するけど、あたし、なんでこんな所にいるの?あんたもそうだけど」

「…お前、分かってて聞いてるだろう」

「そうね、分かってるわ。けど聞いておきたいの」

「俺はお前が転移ホールから出てくるのを見てた。傷だらけのお前が出てくるのをな」

「…」

「何があった?俺も何度も転移ホールを使ってはいるが、あんな事にはなった事がない」

「…『歪んでた』のよ」

「あぁん?」

「あたしがホールに飛び込んですぐ、なんか周りがおかしいことに気付いたんだけど…何だろうって思ってたら、いきなり周りがめちゃくちゃになって、それに巻き込まれたみたいなの。なんとかこの世界には辿り着けたみたいだけど…正直ホールの途中から何も覚えてないのよね」

「そうか。そいつぁ災難だったな」

「本当よ。死ぬかと思ったわ…って、あれ?」

「どうした?」

「そういえば…あたしのケガ、治ってる…?」

「今更かよ…俺が治したんだよ。お前には話を聞きたいから、死なれちゃ困るんだよな」

「そ、そう…でもまぁ、助けてくれた事に関してはお礼を言うわ。ありがと」

ブライトはそう言うと、立ち上がり更に言った。

「それはそうと、あんたの左半身どうなってんの?呪われてるの?」

「違ぇよ。これはだな…『俺が俺である理由』だ」

「へ?」

「もう何年も前の話だ。俺はあの夜、変な夢を観たんだ」

「変な夢…」

「紅い霧みたいなのが、俺の身体を取り込んでいく…不気味な夢だったよ。んで、起きたら手首と足首から先が全部真っ赤に染まってたんだ。何が起こったのかもわからん。ただ…それ以来、俺にこの力が宿った」

「あいたたた」

「…まぁそうなるわな。ネタで言ってるんなら、これ以上に滑稽で痛々しい奴もいねぇ。だが、事実だ」

「? そう言えば、さっき『手首と足首から先』って…今あんたの 腕も足も、目まで全部染まってるけど?」

「力が大きすぎるんだ。俺の身体じゃ制御しきれん。だから、行き場を失った力が俺の身体を侵食してるんだ。いつか、俺の身体は完全にこいつに食い尽くされる。俺が俺でなくなる。いつそうなるかは分からん。案外すぐかもしれねぇし、何年も後の事かもしれん。けど、間違いなくその時は来る。こればかりは手の打ちようがない」

「…ふぅん…じゃあ、もしそうなったらどうするの?あんた一人で暴れ続けるの?」

「その時は…どうなるだろうな。本能のみで生き続ける化け物にでもなるだろうよ」

「あんたは、それでいいの?」

「運命には逆らわん方が幸せだ。決められた道を往く。それだけよ」

「幸せ…ね」

「そうだな。もし俺の運命を狂わせる事ができる奴がいるとしたら、悪魔か死神くれぇだよ」

「…悪魔」

「例えば…お前とか」

「あ、やっぱ…バレてた?あたしが悪魔だってこと」

「バレてないと思ってたのなら、お前の頭はお花畑だな」

「失礼ね」

「長らく人との関係を断ってたからな、付き合い方がわからんのだ。誰にも迷惑はかけたくなかったならな」

「そう…ところで、なんであたしが悪魔だってわかったわけ?あたしの姿は普通の人間には見えない筈なんだけど…」

「そりゃお前…俺が普通じゃないからだろ。その問いかけじゃそうとしか答えようがない」

「ま、そうよね。…にしても、あんたが初めてよ」

「何がだ?」

「ちゃんとあたしの姿が見えた奴」

「そうかい。で、どういう意味だそりゃ」

「そのまんまの意味よ。あたしは今、自分の角と羽を見えなくしてるの。自分の力でね。でも、あたしより強い力を持ってる奴の前には全くの無駄。つまりあんたがあたしの本当の姿を見られたってことは、あたしより強い力をあんたは持ってるってこと」

「…そうか」

ブラックはすくっと立ち上がり、ひとり歩き始める。

「どこ行くのよ?」

「この森は長居してると気分が悪くなっちまいそうだ」

「どうして?」

ブライトも後を追うように歩を進める。

「スクラップの山があった。あんなもん見てるだけで吐き気がする」

「そう…というか、出口が分かるの?」

「たりめーだ。俺は何年も森で生きてきたんだ、こんなことも知らねぇようじゃ生きていけんぞ」

「じゃあ、あたしも連れてってよ。あたしはあいにくそういうのに縁のない生き方しかしてないから」

「好きにしろ」

二人は共に歩き始めた。

やはり、どこまで行っても生物の気配はない。

陽も傾いてきたのか、光はどんどん失われていく。静寂と闇が満ちる。とてもじゃないが、一人では進むのを躊躇うほどだ。

「暗…ねぇ、ほんとにこっちでいいの?」

「うるせぇ、黙ってついてこい。あと、足元は気ぃ付けろよ」

「わかってるわよ、それくらい」

ブラックは、暗闇の中を迷いなく進む。ブライトは時折ぶつぶつと文句を言いながらついていく。

「ねー、疲れたー、おんぶしてー」

「冗談じゃねぇよ、やめてくれ」

「ケチ」

こんな調子で、二人は出口を目指した。

そこから更に時間は流れた。辺りは完全に暗闇で、目の前すらまともに目視できないレベルに達していた。

「ったく、どんだけ深いんだよ、この森は。しゃーねぇ、この辺りで一旦夜でも明かすか」

「…やっと休めるのね、疲れた…」

「体力ねぇな、お前」

「あんたが先々行き過ぎなのよ。あたし、女の子なのよ?ペースくらい考えてよ」

「お前のその羽はお飾りか?」

「うっ」

「まぁいいや。さっさと寝ろ」

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