あなたの背中を押す。
暗いです。三角関係もどきの要素があります。ハッピーエンドではありません。それでもOKなかたはどうぞ!
好きでした。あなたのことがとても、好きでした。
あなたがこちらを向くことがないのは分かっています。あなたはあの人だけしか見ていませんから。
でも、それでも。私はあなたが好きなのです。
愛しています。
だからこそ私は……私は、あなたの背中を押すでしょう。
その子が、あなたの特別なの?
私と彼はよく一緒にいるから、彼がその子を見る時の目が他とは違うなんて、すぐに気付く。熱っぽい目。私はひと目で彼がその子に恋をしていることに気がついた。
おとなしそうな少女だ。でも芯があって、意外と情熱的。三つ編みに結われた髪はふわふわの茶色で、守ってあげたくなるような子だった。
事実、彼女はクラスのマスコットのような存在だった。結菜ちゃんって、彼が呼んでた。調べてみれば、名前は白崎結菜というらしい。彼はとても大切そうに彼女の名前を口の中で転がす。
普段から視線をそろそろと彷徨わせ、無意識に彼女の姿を探してる。見つければ、偶然を装って声を掛けに行く。馬鹿ね、声が震えてるわよ。
その点私はこなれたものだ。私は小さな頃から、彼への想いを隠してる。いつだって、私は彼の『友人』でいられてる。中々上手でしょう?なんて、笑い合う二人を見つめながら自嘲した。
「一翔、そろそろ会議の時間なんだけどなー。生徒会長が遅れてもいいのかな?」
「え、もうそんな時間!?ごめんね結菜ちゃん」
「いえいえっ!気にしないでください!」
「お邪魔しちゃってごめんなさいね?」
茶化すように笑えば二人は照れたように頬を赤く染めた。
あーあ、二人とも、そんな顔しちゃって。分かってるのよ、全部。ぜーんぶ。お互いの気持ちくらい、簡単に察せる。分かりやすいもの、二人は。
ぐるぐると渦巻く黒い感情に蓋をする。無かったことにして、心の奥に閉じ込めるのだ。慣れている。大丈夫。
「じゃあ皐月、行こうか」
もう彼の顔は恋する男の顔じゃない。一人の生徒会長の顔だった。その凛とした表情は仮面。昔からそうだった。あなたはずっと仮面を使い分けている。私はそれに気付いてしまった。
気付かなければきっと、あなたに恋することもなかったのに。
私だって最初からあなたを振り向かせることを諦めたわけではない。努力した。振り向いてもらおうと、私を見てもらおうと精一杯自分を磨いた。
けれどもあなたにとって私は友人以上の価値がないのでしょう。彼の態度は昔から、変わらない。
彼の仮面が唯一剥がれる時が、あの子と一緒にいる時だった。
もう答えなんて出てるでしょう。
気付かないふりも、そろそろ終えてもいいでしょう。
現実は、私に優しくない。
そうよ、知ってる。気付いてる。
貴方はあの子が好きで、あの子は貴方が好き。
ねえ、そうでしょう?
まるで物語みたい。
それならば私は、二人の仲を邪魔する悪役かしら?
自然な笑顔なんて、忘れたわ。
だって何もかもがつまらない。おもしろくない。何に対しても、私の心は動かない。私の心は、彼だけに反応する。
それなのに、酷い話ね。
一翔。一翔。かずと。
あなたは酷い人。あなたに恋をしたことが、私の過ち。罪。そして罰。嗚呼、とても苦しい。
鏡を見るたび、壊したくなる。自分の作った笑みが気持ち悪くて、吐き気がする。叫びたくなる。消えろ!消えろ!こんな私なんて、イラナイ。
「明日、言おうと思うんだ」
何を?なんて返さない。言いたいことはわかってる。明日、あの子に想いを告げに行くのでしょう?すきだって、あいしてるって、言いに行くんでしょう。
「情けない顔ね。折角の顔が台無しよ」
そんな不安そうな顔をしなくたって平気よ。
「受け入れて、くれるかな?」
ええ、きっと。
にっこり微笑む。
本当に酷い人。なんで明日なの?よりにもよって、なんで。
明日は私の、誕生日なのに。
あなたはもう忘れてる?小さな頃から祝ってくれたじゃない。ずっと、お互いに、祝ったじゃない。あなた、あの子に恋をして、忘れてしまったのね。
あなたは、そっかって笑った。そうだといいなって、見たこともない優しい顔をして。
やっぱり私、あなたが好きだって思うわ。その顔が、その視線が、たとえ私に向けられたものではないとしても。私はあなたのすべてが好き。仮面を被ったあなたも、取り払ったあなたも。全部まとめて愛しているわ。
だから尚更、思うのよ。
なんで何も知らないあの子が、あなたに愛されるの?
「ほんと、酷い話よね」
「ん?なにか言った、皐月」
「別に何も?浮かれてるなーって、思っただけ」
顔、緩んでるわよ。なんて、言いながら白い雪が舞う窓の外を眺める。あなたとあの子の出会いから、もう数ヶ月になって、季節は冬になっていた。
「そりゃもちろん。明日は運命の日だからね」
「浮かれるのもいいけど、そろそろ生徒会の任期が終わるんだから、引き継ぎの準備、始めたほうがいいわよ?」
あなたは生徒会長。私は副会長。他の役員はもう帰ったから、今はふたりきり。でもそろそろこの幸せな時間は終わり。
筆記用具や書類を片付けて、二人で生徒会室を出る。
こうして仕事終わりに一緒に帰れるのも今日で最後。明日には、彼の隣に立つ存在が、私からあの子へ変わる。
こうして二人で並んで歩くことは、もう二度とない。
何故だろう。そう思ったら、むくりと押し込めていた感情が起きてきた。実らない恋への絶望と、彼に対する悲哀と、あの子に対する憎悪が、一気に私の脳を支配する。
こんなことってない。私の努力は報われない。私は、友人以上の存在になれない。なんで!どうして!
私じゃなくて、何も知らないあの子なの!
かばんを持つ手に力がこもる。堪えなきゃ。応援するのよ。
だって愛してるもの。好きで好きでたまらなくて、心底愛しているからこそ、今まで自分を押し殺して協力したんじゃない。自分の心が上げる悲鳴を無視して、あなたの横で笑ってた!仲良さ気に話す姿を見て、憎しみが膨れ上がるのを感じながらも必死に隠して微笑んだ!
大好きで、愛していて、大切にしたいからこそ、私は彼の幸せを一番に願う。彼の好きな人があの子なら、彼が安らげる場所があの子の隣なら、彼が一緒にいて幸せになるのがあの子ならば。私は、あなたを愛しているから、だから。
二人が楽しそうに笑いながら並んで歩く光景が、一瞬、見えた。
ねえ、愛しているのよ、ずっと。
階段に差し掛かった。私の歩みは少し遅れて、彼は先に階段を下り始める。
あなたは、私がいなくてもやっていけるものね。
振り返らずに歩いていける力があるものね。
「一翔」
「…皐月?」
「明日、応援してる。きっと大丈夫よ」
彼の幸せを思うなら、私はただ、彼の背中を押すだけ。
ーーー嗚呼でも本当は、私の本音は。
視界がにじむ。手のひらに触れたぬくもり。
私はそっと、背中を押すだけ。それが私に出来る事だから。
果たして、私は綺麗に、笑えただろうか。
職員室横にある、会議室。人払いのされたその部屋で、数人の教師に囲まれた少女は、椅子に座り俯いたまま語った。
好きでした。あの人のことがとても、好きでした。
あの人がこちらを向くことがないのは分かっていました。あの人はあの子だけしか見ていませんから。
でも、それでも。私はあの人が好きだったのです。
愛しています。
だからこそ私は……私は、あの人の背中を押しました。
私は、最後にはあの人の幸せではなく、自分の幸せを望んでしまったのです。
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