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流れの淵の仲間たち



 さて、ここで淋洸堰に封じ込められている椹野川・自慢党の住民を紹介しておこうではないか。まずベリベリグッド、ソーワンダフル当小説の主役を務める石亀の『トータス』は、甲羅の長形が約二十センチ、短形が約十五センチの中型石亀で、人間語が喋れ、どこにでも現れる神出鬼没なスーパー石亀なのである。亀を英語に直すと『Tortoise  トータス』になるそうで、おそらくこんな名前を名乗っているのだろう。


 トータスの甲羅には、いつも水ゴケの『コケシ』と言うのが、ひっついて共生している。共生は、およそどこの生き物にも見られる社会的習慣で、決して珍しい事ではない。例えば、大きな魚の口の中に住む小魚が、大きな魚の食事後に口中の掃除をしたり、残り物を食べたりする。またコバンザメのように常時、大魚の腹にピッタリひっついてまんじりとも動かないくせして、大魚の食事後にはここぞと言わんばかりに出て来て残り物にありつくセコイ奴も居る。またサイの背中に乗り、ダニをついばんでやる小鳥なども共生と言えるだろう。体の大きな生き物は自分の背中を掻いたり、虫を取ったりする事も出来なければ、口中を掃除する事だって出来ない。ここで小動物の登場と言う事になるのだが、別に彼らはボランティア団体でもなければ、高徳な修行僧でもない、勿論NPOでもない。代償として、大動物に命を保障して貰っているのだ。


 コケシは水生植物であるからにして、当然水中生活を好む。だが亀と言うものは『甲羅干し』と言う先祖代々伝わった必殺技がある。『親ガメの背中に子ガメが乗ったぁ、子ガメの背中に孫ガメ乗ったぁ…』などと、ふざけた歌を耳にしたが、まんざら酔っ払いのマジふざけだけでもないらしい。亀には、そんなユニークな習性が本当にあるのだ。三段重ね・四段重ねになると、さすがの著者もお目にかかった事はないが、二段重ねくらいなら何度か見た事はある。したがってトータスも、水上に揚がって甲羅干しを好むが、コケシも多分に機嫌が悪くなる。でも二人は、文字通りの腹心の関係であるからにして、切るに切れない、切っても切れていない、切れたと思っていても実は切れていなかったと言う共生の友なのである。


 コケシが、トータスの背中にひっついている限り、小魚などに食べられる事はない。またトータスとしても、ジュラ紀から生きていると言う仙人長寿コケシの知恵は多いに役立つところであり、実際にコケシの正しいナビゲートのおかげで、今までに何度も命拾いしているのである。


 真鯉の『ニシキ』は自慢党の大統領で、体は六十センチもあり、政権を外来種に奪われるまでは川の全域で結構ハバを利かせていたのだが、今では体が大きいばかりで、椹野川の無用の長物と揶揄されるほど勢威が衰えている。


 ナマズの『ナマズチュード』は、淋洸堰の深みにはまっている洗濯機をネグラにしている銭にならない奴だ。口が大きく、髭も四本あって偉そうにしているが、ちっとも偉くない。時々思い出したように、洗濯機の中から出て来ては大口を開けてあくびをし、これまた時々思い出したように地震予想などもするが、一回も当たった事がなく、本当に全く銭にならない。


 スッポンの『アジム』は、トータスと同じ亀類に所属する。トータスと違い、大変に素早しっこく、天敵が現れるとサッと砂中に潜ってしまう。噂による所では、大分県と言う人間離れした県に安心院あじむと言うスッポンの名産地があるそうな。それでアジム君は自らが命名して、自分で呼んでいると言うアホスッポンなのである。


 ウナギの『カバヤ』は、天然ウナギで故郷は何とマリアナだそうな。人間以上の暇魚も居るもんだと感心もするが、山口県から何千キロも離れた彼方の地からやって来るとは感動する。おまけに人間に命まで提供してくれて食われるのだから、まさに国民栄誉賞ものではないか。


 椹野川には、『ヤツメ』と言う目が八つもあるウナギがおり、目が四つもある『オヤニラミ・地方によってはヨツメ』と言う鬼太郎軍団みたいな怪魚が居るが、実に恐るべし椹野川である。でも本当は目ではなく擬態にしか過ぎず、人間にウケようと思っているだけのアホ魚なのである。


 それと著者がまだ小さな頃だが、淋洸堰が今のように可動堰ではなく、コンクリート製の堤が並べられ、その間は板の仕切り板で水量調節がされていた時代があった。堤の水落ち部分には、長い水草が沢山へばりついており、その中を探れば『糸ウナギ  シラスウナギ』と呼ばれる五センチくらいのウナギの赤ちゃんみたいなのが沢山いたものだが、今では勿論そんなものにはトンとお目にかかれなくなった。仕方ない事なのだろうが、川の情景が変わると共に、腹心のはらから達が姿を消して行くのは淋しいもんだ。


 アユの『シオヤ』は、あまり知られていないが故郷は、やはり海なのだ。海で産まれて川へと遡上し、しかも水の綺麗な所にしか住まないと言う不思議な魚だ…と言うより我儘魚だ。シオヤは体長が十五センチになる成魚で、本当に元気がよく動き回る。釣り人達が川岸からハヤとアユを見分ける一つの判断基準が、この身のこなしである。アユは常時、動き回るほど動きが目まぐるしい。体も柔かく水中では、体をヒュルヒュルとくねらせながら群を成して泳ぐ様は、非常に特徴的で簡単に見極められる。


 ハヤの『スピード』は、およそ日本のどこにでも居る淡水魚の中では、最もポピュラーなものだ。流線形の体を見ても分かるように、泳ぐのが非常に速くてハヤと呼ばれる由縁だろう。ちなみに、シオヤもスピードも女なのであり、二人が並んで泳ぐ姿は竜宮の乙姫さまでも見ているような優雅さがある。


 フナの『フナズシ』は、体長が十五センチくらいの青年フナなのである。大きいものになると、二十センチは超える。


 ゴリの『クチダケ』は、川底にピッタリ張り付いて大きな口を利用して獲物を捕食する。体は数センチ程度だが、大きなものになると十センチ近くになるものも居る。頭も口も大きくてルックスは、とても不恰好で色だってウンコ色をしているのだが、それにも関わらず可愛らしく見えるのは水底魚の特性だろう。

 カレイ、ヒラメ、アンコウ、コチなどの海底にへばりつくようにして生活をしている魚君達のルックスは、みな一様に変わった形をしている。これは別に水族館で人間にウケようと思ったり、笑いを取ったりしようと思ってやっている訳ではない。彼らはアユやハヤなどのような流線の形をしていないので、速く泳ぐ事が出来ず獲物を獲るにしても大変な労苦を強いられるのである。こんな時に不恰好と、ウンコ色をフルに利用して岩などに擬態するのだ。ゴリは、この七変化の術を使って川底にへばりつき、近くを獲物が通るのをじっと待つ、何時間でも待つ。そして、その機が到来したと見るや、胴体よりも大きな口を開けてパックリと言う訳の経済的な戦術なのである。それに、これは何と言っても天敵から身を守るための最終兵器であり、憎い演出でもあるわけだ。ゴリの形を海の魚に比喩すると、『ハゼ』をデブにして、頭デッカチみしたみたいな…

 ホウセンボウの『ロケット』の仲間も、川底にペッタリ張りついて暮らしている。あまり人には知られていないが、形はハゼそのもので、砂の中に潜ったり、突然ロケットのように飛び出して来ると言うユニークな必殺技の持ち主でもある。


 ムギツクの『コメッコ』の仲間の生息域は、ハヤやフナ達とほぼ同じだが、ムギツクは前者に較べると、やや岩陰や藻などに潜む習性を持っている。

 オヤニラミの『ニョライ』の仲間も、ムギツクの生息域とほぼ重なる。よって彼らは時々喧嘩になる。オヤニラミのルックスは『川メバル』のハンドルネームが示す通り、本物のメバルのようでもある。ただ大きく違うのは目が多い事だろうが、悪い事をした時に親が子を叱る時の目に似ている事から、こんな名が付けられたのだろう。

 海にも似たような紋様のある『念仏鯛』なる目出度い魚が居るのだが、人間と言う物は凡そ暇に加えて、変名をやたら付けたがる変な生き物らしい。またオヤニラミは、男が子を育てるイクメン魚としても有名である。


 モクズガニの『グラブ』は、日本の淡水カニの中でもポピュラーなものだ。カニのハサミ部分には藻屑のような毛状の物が生えており、何だかボクサーがグローブをはめているようで、とてもユニークで、笑いを取りに行っているとしか思えないネーミングである。モクズガニも産卵も、海ですると言うお疲れ様君なのである。


 手長エビの『ピラフ』の仲間達は、川に生息するエビの中では最も大型だ。ハサミの付いた両手は、ヒゴのように細くて長いもので、非常に特徴的だ。


 アメリカザリガニの『シカゴ』の仲間達も、昔その昔の、さらに昔の昔に、アメリカ合衆国からやって来た外来種には違いないが、一応著者が産まれるよりも早く来日しているので、先住の権利を尊重して外来種とは呼ばない事にする、バハハ。体の特徴は、さすがアメリカ育ちとだけあってアメリカンドリームを想わせるように鮮やかな赤色をしている。性格は、さすが元ヤンキーとだけあって攻撃的で、人間に向かって大きな両のハサミをカッと向けて来る。これが何ともいじらしいではないか、ホント。


 ニホンザリガニの『ナデシコ』の仲間も、めっきり数を減らしている。日本古来からのザリガニで、体もハサミもアメリカザリガニに較べると随分小さくて華奢、しかも殻はとても柔らかく性格も柔和。色は濃褐色系をしており、全ての部分でヤンキー・アメリカザリガニの立派な体に比較すると随分貧弱だ。おまけに極端に数を減らしている現状を考えると、涙を禁じ得ず胸が痛む思いだ。ナデシコちゃんは女なのである。


 カラス貝の『カッテ』の仲間には、殻長が十センチを超える大きな物も居る。存在さえ知らない人も多いと思うが、淡水で生息する貝の大きさとしては驚異である。著者の小さな頃の遊び場は『猿宮川  さるみやがわ』と言う淋洸堰から取水され、農業用水として流れている三メートル幅くらいの小川が主戦場だった。

 ここにはカラス貝、手長エビ、ホウセンボウ、ハヤ、フナ、オヤニラミ、ムギツク、アメリカザリガニらの愛すべき腹心のはらから達が実に沢山いた。今の猿宮川は昔の面影は、あまり留めていない。それでも『厳島神社』の境内を通り抜けると言う形は全く変わっておらず、猿宮川の綺麗な水流を見ていると昔のまんまで僅かに嬉しい。


 アメンボの『マオ』の仲間も、最近では本当に目にしなくなった。アメンボは非常にユニークな生き物で、あんなに細い手で水上に立てるのだから大したもんではないか。まるで忍者みたいな奴で、目にも止まらないスピーディな動きとスピンで水上を縦横無尽に動き回る様は、まるでフィギュアスケートのマオちゃんの名前が示す通り、本当に優雅で美しい。


 ミズスマシの『ミキティ』の仲間達の動きは凄まじい。目にも止まらぬ速さとは、きっとこんな事を言うのだろう。TVなどの映像としてではなく、実際に見た人は非常に少ないと思うが、少し理解に苦しむほどの猛スピードと、猛回転は驚嘆あまりある。まるでミキティの四回転ジャンプを見ているようで痛快だ。


 メダカの『ワラベ』の仲間も、本当に姿を見なくなった。現在では絶滅危惧種の上位に指定されており、これほど激しく数を減らした生き物はないのではないか。やはり第一の原因が環境の激変によるものだと考えられるが、体が小さくて天敵が多いと言うのもあるだろう。よって一人では行動せず、群れを成して生活している。岸から見たメダカのルックスは、茶色っぽい姿に縦ジマが入っているようで、水面に映えて美しい。でも水から揚げて見ると、お腹がプックリふくらんで見え、とてもユニークだ。アメンボ、ミズスマシ、メダカなどの小さな生き物は、ほとんど小川か農業用水路で暮らしているが、少し大きな川になると、葦の生い茂った水流の軟らかな岸辺の本流から外れた所で生息している事もある。これは、奔流によって小さな体が流されるのを防ぐためと、天敵から身を守るためのものだ。それにしても著者がお子さまだった頃には、家から一歩外へ出れば田園に囲まれた大小の川が沢山あり、綺麗な水がサラサラ流れていて、川で泳いでも遊んでも本当に気持ちが良かった。


 家の前の水路は、幅が三メートルくらいの小川だったが、今はコンクリートでキッチリ蓋がされ昔の面影は全くない。また家の真裏には汚くて小さいが、一メートル幅くらいの溝があり、そこにはドジョウだの、タブナ(小さなフナ)やメダカ君達が群れを成して泳いでいたものだったが、今では田んぼも減って水量が本当に少なくなっているのを最近行って見た時には、少し淋しいのひと言だった。


 そして寝る時には、深夜でも近くを通る山口線の機関車が鳴らすボゥーーと世にも、もの悲しげに鳴く汽笛に大いに感動したものだった。それが今では環境の激変により、メダカ君やザリガニ君達で、かって賑わっていた小川も用水路も姿を消している事は哀しくて堪らないのである。人間が生きて行く上で環境が変わるのは、やむを得ない事だと思うが、最近特に思うのが外来種の脅威である。同じ生き物だから、必要以上の害意を持つ気など毛頭ないが、彼らがやって来たおかげで、日本古来の小さな魚達が食われて次々と姿を消している現実を考えると、淋しい限りではないか。

 彼らが遠い彼方の地から、ノコノコ勝手にやって来て、勝手に日本の河川湖沼に棲むはずなどない。つまり原因は人間、全て人間がやった事。


 小郡の近くに『秋穂  あいお』と言う『車エビ狩り世界選手権』で有名な地域があるのだが、ある灌漑用の溜池を干してみると、ほとんどがブラックバスだったと言う話を聞いた事がある。あくまでも人間社会を中心にした生活が、あくまでも自然の掟を無視した物の考え方が、惹き起こした猛威に気付かないまま勝手に独り歩きしているのは実に恐るべき現実ではないか。


 さて、今まで紹介した水生の生物は、ほんの一部にしか過ぎず、実に恐るべし椹野川周辺を取り巻く小川や水路には、まだ数え切れないほど腹心のはらから達が居るのだが、著者も忙しいからにして、いずれまた暇な時に紹介する事にする。




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