戦いの終わり
相変わらず岸辺で身を潜めるワラベ、マオ、ミキティらのメダカ、アメンボ、ミズスマシ達。それを無人の荒野を駆けるがごとき暴虐で、食い荒らす恐怖のニシキヘビ。化け物は大口をあんぐり開けて、憐れな小さい生き物を襲うために身構えた。だが…
「ちょいとお待ち」見ると、そこには女蛇のエミが、勇敢に立ちはだかっているではないか。しかも男蛇のタカが、得意の忍び寄りで化け物の背後に廻り込んでいるではないか。
「フフフ、日本のチビ蛇どもよ、蛇の王者であるわしに刃向おうと言うのか」と、化け物は不敵な笑いを浮かべながら言った。
「ざっけんじゃねぇー」あばずれエミは言った。だが、蛇の敏さはイエス・キリストが言っているように少々のものではない。ニシキヘビは相手を油断させておいて、いきなりエミの小さな体をひと呑みにしてしまった。慌ててニシキヘビの尻尾に喰らいつくタカだったが、僅か一秒で太い尻尾に叩きつけられてしまった。でも、これは仕方ない事だろう。いくらアオダイショウが日本最大の蛇と言ったって、相手は猛獣のニシキヘビ、東京スカイツリーと爪楊枝を較べるようなものだ。
だが、その時、勇気ある軍団の同胞たちが加勢にやって来た。タケシを先頭にアルフ、ペー、ミケ、タロウ、クー。だがクソぼけは、いつものように石につまずいてコケ、顔を打ってしまった。アルフは、目の前の強大な敵を前にしてヤバイと思ったのか、いつものようにサッと地面に転がって死んだフリを決め込んで、いよいよ騙し犬の本領を発揮していた…全く何て役に立たない奴らなんだ、こんなしょうもない奴らは日本から居なくなればいいのに。
勇気ある同胞は、四人の猫軍団だった。たとえ敵わないにしても、ネコパンチや後ろ足引っ掻き、それに咬みつき攻撃で果敢に猛獣に挑んで行った。ニシキヘビはエミをベッと吐き出し、猫らを迎え討った。頭から果敢に攻めるタロウ、胴体部を二人がかりで攻めまくるペーとミケ、後部の尻尾の先をチロチロ攻めるクー。
「フギャー、フミャーゴ、フーーッ」
だが虚しい抵抗も所詮ここまでだった。タロウを頭で吹っ飛ばし、クーを尻尾で弾き飛ばし、何とペーとミケを同時に絞め上げると言う掟破りの必殺・胴絞め攻撃で、二人を死の渕に追いやって行く。だが騙しを決め込んで、機を窺がっていたアルフが突然ムンズと起き上がり、ニシキヘビに襲いかかった。猛獣は猫を緊縛から解き、一転してアルフに野生の牙を向けて来た。危うしアルフ、アーメンナンマイダか。
だが…
その時、『ゴーーヮァーン』と、物凄いジェット機音が聞こえて来たではないか。見上げると何と、真昼の空であるにも関わらず、間隙の斟酌さえ許さないほどの闇に埋め尽くす黒い集団が、飛び回っているではないか。クロウの最強カラス軍団が、やはり助けに来てくれたのだ。クククッ、この侠気、泣かせるではないか…でもカラスが、どうやってこんな恐ろしい猛獣と闘うのだろうか。何だか、異種格闘技戦でも見ているような。頭上高く飛ぶクロウ達、それを醜く口元をひん曲げて笑いながら見るニシキヘビ。
「おい、くそカラス降りて来んかい。皆まとめて、あの世に送ってやる、ブシュラブシュラ」とニシキヘビは、不気味に笑った。
「馬カァー、あの世に行くのは、お前だカァーッ、それぇー者ども、かかれカァーッ」
クロウの命令の下、軍団の面々は、口に咥えていた石をニシキヘビの頭を目がけて一斉に投下した。蛇の最大の弱点は、何と言っても小さな頭だ。また現実にカラスは、こんなクレバーな事をする実に頭のいい生き物なのだ。頭部を的確に狙って投下されるカラス爆弾、頭にズカズカ落とされるカラス爆弾によって、全く動けなくなったニシキヘビに、タカ&エミとアルフが一斉に躍りかかって仕留めた。
これで残るのは、あの化け物のみ…そう、あいつカミツキガメだけだ。実は、その準備はミキオやツカサやテツオによって着々と進められていたのだ。奇蹟的に、生還を果たした鮎のシオヤとハヤのスピードのビューティフルダブルスは、テツオの密命を受けて、傷だらけの体にムチ打ってカミツキガメを鍛治畑川ゲートに誘導していた。
「グバババー、待ちやがれぇー」物凄い形相で迫るカミツキガメ。
「しっかりしてスピード、あともう少しだからね」励ますシオヤ。
「うん頑張る。シオヤ、もし生きて還れたら、また二人でジョギングしようね」スピードは、息も絶えだえに微笑んだ。互いを励まし合いながら、二人の美しい娘たちは何とかゲートをくぐり、鍛治畑川に突入した。
その後を追って、ゲート内に入ろうとするカミツキガメ。それを鋭い視線で見るミキオ。そして化け物が、ゲートをくぐる瞬間ミキオの片手は、Goを伝えるべく断刀の如く振り下ろされた。それを見たツカサは、峻烈極まりない速さでゲートのハンドルを回して、堰板を下ろした。これにより、カミツキガメの体は完全に堰板に挟まれ身動き一つ出来ず、おまけにスムーズな水の流れを妨げる堰板は、さらに水位を上げる手助けをした。もがくカミツキガメは、徐々に水の中へと姿を消して行った。亀は肺呼吸、よって…
それを物陰から見て、地団駄踏んで悔しがる木常稲子。
こうして、天下分け目の大合戦は、桂が谷軍団の大勝利に終わった。タケシを先頭に、悠然と凱旋する軍団。でもタケシと言うクソぼけ、何の役にも立っていないくせに、ここぞと言う時には必ずと言っていいほどベストポジションを占有すると言う浅ましさ、もはや人間道の常軌を著しく逸脱したバカとしか言いようがない。やはりこんな日本の病原菌・最悪ウイルスは、死んだ方がいいだろう。
淋洸堰軍団もニシキ、アジム、ナマズチュードらを始めとしたリーダー格も、深傷を負いながらも何とか生き延びて、淋洸堰に凱旋して行った…随分人口が減ってしまったが。勝利は勝ち取ったものの、多くのはらからを失ってしまった。
彼らの勇気ある行動は全国版の、いや世界版のニュースで報じられた。話による所では、彼らにノーベル河川賞を与えようではないかと言う話まで持ち上がっているそうな。
ある日、山口市役所で桂が谷軍団に対しての表彰式と、緊急記者会見が開かれる事になった。代表として会見に臨むだのは、やはり我らが天才少年、世界で一番顔がいいとされ『スーパーガイ』の異名を持つタケシだった。市長から表彰状が手渡されたが、市長は嬉しさと感動のあまり、目に涙を浮かべて唇を激しく打ち震わせていた。きっと我が故郷の山口市から、こんなに顔が良くて正義感の強い少年を輩出できた事が嬉しくて堪らないのだろう…分かる、その気持ち多いに分かる。やがて受賞後の会見で、肩にトータスを乗せたタケシは、記者たちに偉大な微笑を与え、静かなる大地の鳴動を感じさせるように粛然と登壇し、水が流れるが如く、また行く雲が如く悠久さで、流暢に喋り始めた。
「みなさん、こんにちは。私が、噂の美少年・天才タケシであります。今回の騒動は、何とか皆の力を結集して辛うじて勝利を得る事が出来ましたが、多くのはらから達を失い大苦戦には違いありませんでした。ここで何故我々が、住み慣れた郷里で闘っているのにも拘らず苦戦を強いられたかと考えた時、そこに想定を大きく超えた恐ろしい外来種が居たからに他ならないでありましょう。そこで我々は、やむなく彼らを退治しましたが、人間と同じ生命を持つ生き物達の命を奪ってしまった事については艱難辛苦に耐えません。彼らにも住むべき故郷と言うものがありましたでしょうし、それを不当に奪い生態系をも狂わせんとする人間の神をも恐れぬ暴挙…やがて、この暴挙の矢が自分達に向かって来るんだと言う脅威と、警鐘だと言う事に早く気付かなければいけません」
タケシは静かに一礼し、春風の爽やかさを残して降壇して行った…何と爽やかな、何と顔のいい、何とカッコいい。だが…
クソぼけタケシは、マイクのコードに足が絡みついてコケてしまった、しかもテーブルで顔をぶっつけてしまった、しかも顔が悪かった、しかもトータスまでフロアーで顔を打ってしまった、しかもズボンがマイクコードに絡み付いて脱げてしまった、しかも後ろ前逆で裏返しのパンヅまで露わにしてしまった、しかもパンツにはウンコが付いていた、しかもチンポがこまかった…最悪。死ね、死ね死ね死ね、とっとと死ね、さっさと死んでしまえ。さすが天然記念物的キモアホ、世界で一番顔が悪い病原菌とされ、『スーパーくそくそガン』と異名を取るだけの事はあるではないか。
市長も、情けなさと恥ずかしさのあまり、目に涙を浮かべて唇を激しく打ち震わせていた。きっと我が故郷の山口市から、こんなに顔が悪くて正当なクソぼけが輩出できた事が悔しくて堪らないのだろう…分かる、その気持ち多いに分かる。こんなクソぼけは、とっとと日本から居なくなれ。その方が、よほど世のため国のため、地球のため宇宙のため、母ちゃんのためになる。
トータスは、それからも暫くは鉄工所に居候したが、ある日に淋洸堰に帰る事になり、お別れの日が訪れた。愉快な桂が谷軍団に暖かく見送られ、タケシの自転車カゴに乗せられて帰って行った。そして淋洸堰の河原に降りて、トータスをそっと放してやった。
「ありがとうタケシ、君の事は一生忘れないよ」トータスの目から、一縷の涙が落ちた。
「僕もだよトータス、また遊びにおいで」
「うん絶対に行くよ。だって、あんなに素晴らしい友だちが一杯いるんだからね。絶対に絶対に行くよ」
「はらからだ」
トータスは、万感の想いを抱いて泣いた泣いた、また泣いた、そして泳いだ泳いだ、また泳いだ。
だが安心ばかりもしていられない。次は、いよいよ木常稲子との瀬戸内海決戦が待っている。一つの戦いの終わりは、新たな戦いの幕開けと夜明けの創出でしかない。起て、はらからよ、雄々しく闘え、自然を守るために、地球の青さを守るために、そして最も自分達の幸福を願うために。




