誰も見たことのない世界
川底…そこは、誰も知らない漆黒の闇世界だった。何百年も生物が寄り付かず、その存在すら白廟の彼方に置き忘れ去られた生命の墓場だった。光の粒子さえ届かず、ゾッとするような冷たい水脈の微動しか許されず、超常への越境すら認められない、ある種の後退的概念しか存在しない無明奈落の世界だった。そこを、悠々と泳ぐ一匹の真鯉。体長は、ゆうに八十センチを超えている。太さも、これに批准してブッ太い。まるで巨大ウインナーソーセージが、米俵を巻き付けて歩いているみたいな…あぁ、何という大きさだろうか。あぁ、何というふてぶてしさだろうか。その黒光りした全身、厚い鉄甲を想わせるような魚鱗、相手を威嚇してやまない大眼、奢りに満ちた口髭。まるで椹野川の無人の底を行く不沈潜水艦だった。まるで泳ぐ装甲車のようだった。きっと、こいつは椹野川では、並び立つ者を許さない川魚のキングなのだろう。こんな化け物が相手では、さすがの外来種も敵う訳がない、コソコソ避けて通る事だろう。キングは、全身に風格と威厳を従わせ、川底に沈殿している餌などを啄みながら、悠然と川底を回遊しているのだ。だが…
突然、闇の黒点から踊り出して来た正体不明の未確認巨大生物…一瞬だった、瞬きが半分も閉じていない僅かな時空の隙間だった。未確認巨大生物は、キングのブッ太いウインナーボディよりも大きな口を開け、一瞬の半分タイムでキングを真っ二つに咬みちぎったのだ…漆黒の闇世界は、現実乖離と言うタイムラグを経て、血水漂う修羅極悪権化の世界に変わった。




