ごめんね、ありがとう
東堂終壱視点
東堂終壱は鏡を見ながら微笑んだ。
赤くなった頬では出し物のホストクラブも出れない。あまり人前に出れる顔ではない。
一旦、寮に戻ってきたのがよかった。校舎内だったら頬を冷やす前にいろいろ質問責めにされていたところだ。
氷で頬を冷やしていたら部屋のドアが開いた。ドアを開けた人物はにやにやした顔で部屋へと入ってくる。
イラッときた終壱は頬を冷やすために用意していた氷を一個投げつける。
「うぉ、あぶないですよぉ」
「愁斗がうざいからだ」
「いや~だってですね。終壱さんが振られていたんで」
この男はどっからその情報を手に入れたのか不思議でたまらなかった。
いつもヘラヘラと笑っているが頭がいいし、人一倍警戒心も強い。それに妹のことになると何でもしている。
「玖珂陸翔。まぁ、海砂ちゃんの彼氏には合格かな?終壱さんと違って海砂ちゃんを傷付けることはしないだろうし」
その言葉にぴくりと終壱は反応したが、何も言わなかった。
愁斗は前から終壱のことは駄目だと言っていた。前に聞いたが海砂が終壱を選ばないように本人に「終壱さんは駄目だから」と言っていたらしい。
ため息を無性に吐きたくなり、はぁと吐き出した。
「それにしても、頬が赤いですねぇ。それでは終壱さん目当ての客はおれがもらって、勝負はおれたちの勝ちですね」
「好きにしろ」
「好きにしまーす。海砂ちゃんも喜ぶだろうなぁ」
ふふっと笑みをこぼし、愁斗は部屋を出て行った。
愁斗から言われなくても、この勝負は負けだと終壱本人は分かっていた。海砂との賭けも負けだということにも気付いている。
「好きだったよ」
それは過去へとなりつつある。きっぱり振られれば、すっきりする。
きっと、海砂は玖珂陸翔のことが好きだと分かってしまった所為でもある。
「羨ましいな」
それでも悲しむより、嬉しかった。海砂が幸せなら、それでいいかと。
文化祭が終わり、売上一位が発表される。それと同じにアンケートで取ったどの店が一番よかったのかも発表されるのだ。
終壱はそれだけ知ろうとみんながいるところに行くと愁斗が言っていてくれたのか、みんなが「大丈夫かな?野良猫に引っかかれたんだってね」と言ってきた。
海砂は野良猫なのかと思うと笑えてくる。クスクスと笑っていたら玖珂陸翔と目が合った。
一言だけ何かを言わないと気が収まらない終壱は玖珂の方へ歩みを進めた。
「泣かせるなよ」
「アンタじゃねぇんだから、あり得ねぇな」
ひどい言われようだ。そう思うとやっぱり笑えてきた。当たり前だと思うし、でもやっぱりこれが自分だと思っている。
売上一位は思っていた通り「きょうだい喫茶」だった。それにアンケートでも一位を取っている。
勝負は負けたのだ。本来は落ち込むところだが、どこか安心している自分がいた。
全てが終わり、あとは帰るだけになった。終壱は自分の腹違いの妹のところに行く。
愛莉は目立つからすぐに見つけやすい。その隣に海砂もいることに気付いた。それに玖珂もあと玖珂と共にいる蓮見も見つけた。
「愛莉…」
「えっ‥?」
呼びかけると驚いたように愛莉は顔を上げる。そのまま泣きそうなほど顔をゆがませた。
そんな妹の頭を何度か撫でる。それが今の終壱に出来る最大限だった。
そんなすぐには向き合えないけど、少しずつ向き合ってられる。そんな思いを込めて、終壱は愛莉の頭を撫でたのだった。
そして、終壱は最後に海砂に向き合った。
「ごめんね、ありがとう」
まだ、海砂のことは好きだけど。それはきっと過去になる。すでに過去のものに少しずつなってきている。
だから、あと少しだけ、もう少ししたら、きっと元の関係に戻れる。元の仲の良いいとこに。
それまでは待っていて。
そう終壱は心の中で呟いて、笑みを浮かべた。