人質な生徒手帳と盾代わりの先生
最近は私の許容範囲を超えるいろんなことがあった。
連休中に桐島先輩とあんなことが起きて、その日の内にメールをしたが返信はこない。柳葉先生の言う通り時間が必要のようだ。
そして先日は、憧れだった生徒会長と裏庭で出会った。今なら言える。この出会いはなかった方が良かったと思えるほど、最悪な出会いだ。
その上、生徒手帳を無くした。
「どうして私がこんなことになってんだよー!」
枕を抱きながら、ごろごろとベッドに転がりながら、ヒロインの愛莉姫について考えた。
彼女は蓮見くんと玖珂先輩とは仲が良いみたいだが、他の攻略キャラとは関わりがあまりないようだ。むしろ、彼女自身が避けているかのように。
関わりのある二人にも特別な感情は抱いてないらしい。
先日、愛莉姫の親友の三条 千尋に聞いた情報だ。「姫野さんって可愛いよね。彼氏って居るのかな?」と話しかけたら、興奮した状態で答えてくれた。
「愛莉はね。最近、玖珂先輩…あっ、玖珂先輩って分かる?三年の先輩なんだけどね、その先輩と蓮見くんと仲がいいみたいなんだよねー!二人とも愛莉に似合うよね!分かってくれるんだー、うれしー!でも、恋愛感情はまだないみたい。でもでも、その二人以外にも愛莉に似合う人は居るんだけど興味ないみたいなんだよね。勿体ないよね」
こんな感じで答えてくれた。このマシンガントークに結構、びっくりしたのは言うまでもない。
「んー?まだ五月だし、そんなものだよね」
それに、一カ月の内に恋をするとかは有り得ないと思う。
枕をギューッと抱きしめ、私は寝るために目を瞑った。
次の日の放課後。私は今、担任の柳葉先生と一緒に生徒会室を目指している。
なぜかって?それは生徒会長が私を呼んでいるみたいだからだ。わざわざ、先生まで使うなんて…あの会長らしい。
「お前、何したんだ?」
「それは私が知りたいですよ!」
「そうだよな」
少しだけ先生は困った表情をして頷く。
ごめんなさい、先生。心当たりはあるんです。先日、会長にお会いしたんですよ。
心の中で先生に謝っていたら、生徒会室にたどり着いていた。
心の準備を整えるために大きく息を吸って、いざ吐こうとしたら、先生が生徒会室を開け放った。吐こうとした空気はきちんと吐けずに、思いっきりむせてしまった。
「大丈夫か?」
「げっほ…うっ、はい。大丈夫です」
むせながら前を向くと、紫の瞳と目が合った。
紫の瞳を持つ会長は私を、何やってんだこいつ、みたいな目線で見てきた。イラッときたので睨んだら、口角を少しだけ上げられた。
「ほら、入った」
「ちょ‥っ!」
先生がポンッと私の背中を押し、危うく転びそうになってしまった。
先生め、と視線を送ると爽やかな笑みで「悪いな」と謝られた。何だか怒るに怒れない。
完全に生徒会室に入った私は部屋の中を見渡す。見渡すが、そこには会長と私と先生しか居ない。
もっと人が居るかと思ったが仕方ないだろう、まだ帰りのHRが終わったばっかりなのだから。会長と二人きりにはならなかっただけでいい。
「ところで、何のご用ですか?」
睨んだら駄目だ。笑顔で対応!と思いながら、思いっきり笑顔で言えば会長も負けずといい笑顔を作る。だけど、目が笑ってない。
先生は騙せても私は騙されないぞ。心の中でそんなことを誓う。
「東堂さんの落とし物を拾いまして」
「え、落とし物?」
「これに見覚えは?」
会長は取り出したものを私に見せるように上げる。見覚えのあるそれは、数日前に無くしたと思っていたものだった。
「私の生徒手帳!」
会長が持っている生徒手帳が届く範囲にまで行くと、会長が渡してきたので貰おうと手を伸ばしたら目の前から生徒手帳が消えた。
「へ?」
「こっちだ」
私が取る寸前にヒョイッと生徒手帳を上に上げたらしい。
笑みを浮かべて余裕のある会長に対抗心が燃える。私は負けじとつま先立ちをして生徒手帳を取ろうとした。だけど、届かない。
「碓氷、その辺で止めておけ」
「せんせー!ナイス!」
私達の取り合いに呆れたようにため息を一つ零し、先生は私に助け船を出してくれた。
先生を味方に付けた私は、にやにやと会長を見るが未だに笑みを浮かべたままだった。
「東堂さん、返して欲しい?」
「あ、当たり前ですよ!!」
「へぇ、返して欲しいのか」
会長の雰囲気がさっきから変だ。それに「東堂さん」と私を呼ぶトーンがやけに低いし、口調が優しい時がある。
嫌な予感がピリピリする。当たってほしくないが、今日は当たる気がした。絶対に。
笑みを浮かべたまま会長は先生をチラッと見た。その時、私は気付いた。先生が居るから嫌な予感は当たらない、と。
「東堂 海砂さん。返して欲しいなら…」
私の耳元まで顔を近付け、低い声で囁く。
「私に今ここでキスをしろ」
耳元に吐息がかかりゾクッとする。顔が急激に熱を帯びて、確実に赤くなっていることだろう。
囁かれたと同時に聞こえてないか、先生の方を見たのはとっさのことだ。
頭にハテナマークを先生は浮かべているので聞こえてなかったと安心するが、ちょっと待てと自分を制する。
さっき何を言われた?聞き間違えではなかったら「キスをしろ」と聞こえた気がする。
「はぁ?」
「出来ないのか?」
「で、で、出来るわけないだろー」
これ以上は会長の側に居ては駄目だ。なぜか、貞操の危機を感じる。
サッサと先生のところまで行き、彼の後ろに隠れる。何も分かってない先生に少しだけ罪悪感を感じた。
「どうしたんだ?」
「私、先生の後ろが好きなんです!だから、気にしないで下さい」
「そ、そうか…」
戸惑った声が聞こえたが、仕方ないと思う。ごめん、先生。
後ろからチラッと会長を見たら、口を手で隠して笑っていた。その姿はやっぱり様になっていて格好いいと感じる。
「まぁ、碓氷もいい加減にして返してやれ」
「柳葉先生が言うなら仕方ありません。返しましょうか」
会長は先生に生徒手帳を渡す。ジッと先生の後ろで会長観察をしていた私とパチッと目が合った。
鋭い視線が私を捉え、彼は薄く微笑んだ。
「今度会った時にでもして貰おうか。なぁ、海砂?」
バッと私は先生の後ろに見えないように隠れる。
恐ろしいほど鳴り響く警告音は先生にも聞こえているだろう。先生が会長に向けて警戒をし出したからだ。
「行くぞ」
先生は私の腕を掴み、早々に生徒会室を出た。最後に見た会長は険しい顔で真剣に何かを考えていた。
生徒会室を出て少し行ったとこで先生は私の腕を離し、生徒手帳を返してくれた。
「ありがとうございます」
「いや、いい」
何かを真剣に考える表情をして、先生は私を見た。
「碓氷にはもう近付くな」
「へ?私も近付きたくないですよ?」
「お前は信用ないからな。いいか、絶対に近づくなよ?姿を見たら走って逃げろ」
今にも肩を掴んで揺すぶりそうな勢いで私に言い聞かせる。それに何度も頷く。
「本当だな?」
「近付きません!」
「よし」
やっと分かってくれたように先生は優しく微笑んだ。私も安心してホッと息を吐く。
「それにしても先生って過保護ですよね」
「そうか?」
「そんなに過保護にされると先生離れ出来そうにありません」
「…えっ?」
先生の表情が固まる。
私は不思議になり先生の名を呼ぶと、曖昧な笑みを浮かべられた。
「お前って恐ろしいな…」
「えぇ?何でですか!」
「…いや、気にすんな」
「気になりますよ!」
突っかかっていくと、ポンポンと頭を撫でられた。誤魔化されたみたい。
でも、本当に先生は過保護だ。私の親よりも過保護だと思う。