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賭けようか

「私ね、最初は海砂ちゃんの名字が東堂だから、東堂終壱の妹だと思ったの」

「へ?」


 私と愛莉姫が二人きりの時、突然と愛莉姫はそんなことを言い出した。

 確かに名字は珍しいがそんな風に思われていたなんて初めて知った。まぁ、それなら何となくだが説明が付く。

 前に愛莉姫に「やっぱり、東堂っていう名字なんだよね」と呟いていたのを聞いたことがある。そこで愛莉姫は誤解したのだろう。


「見事に引っかかったよ」


 うなだれる愛莉姫の頭をよしよしと撫でると嬉しそうに微笑まれた。



 その日の放課後。いつものように玖珂先輩と下校中。


「そういえば、アンタらもアホなことしてたな」


 多分、宣戦布告のことを言っているのだろう。

 売上競争では玖珂先輩は終壱くんの仲間だ。そう敵なのだ。


「私たちじゃあ、玖珂先輩たちに勝てないって思うんですか?」

「そうだな。アンタではオレに勝てねぇよ」


 ポンッと頭に玖珂先輩の手が乗る。乱暴に頭をかき乱されたのでキッと睨み付けた。

 睨み付けたので、玖珂先輩はポンポンと頭を叩いて手が離れていった。


「これは勝負ですよ!まだ玖珂先輩たちが勝つとは限りません」

「なら、賭けようか」

「え?」


 それはいい考えだというように玖珂先輩は笑った。

 賭けとは一体何を賭けるのか。私の考えを読んだように「敗者が勝者の願いを叶える」と言い放った。


「これはアンタとオレの賭けだ」

「いいでしょう、やりましょう!」


 願いを叶えてくれるのか。いい賭けじゃないか。

 こっちの売上を助けてくれるのは愛莉姫がいる。それに琴葉ちゃんに蓮見くん。柳葉先生までいるんだ。


「負ける気がしません!」

「オレも負ける気はしないな」


 玖珂先輩は私の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。目の前に玖珂先輩の顔があり、同じ目線だ。それが新鮮で楽しくなってきた。


「オレは叶えたい願いがあるんだ」

「叶えたい願い…」

「あぁ、それにアンタから貰えるものの答えも一緒に言ってやるよ」


 よしよしと玖珂先輩にしたら優しい手付きで頭を撫でる。気持ち良くて、目を細めれば「猫だな」と言われる。

 前はリスと言われた気がする。それに玖珂先輩からは動物扱いの気がする。


「動物じゃないですよー」

「あぁ、知ってる」


 知っていると言っても玖珂先輩は分かってない。だって未だに私の頭を撫でている。

 だけど、その手をどかそうとかは思わなかった。その手は温かくて心地がいい。そんな手をどうやってどかせと言うのだろう。


「アンタにしか叶えられない願いなんだ…」


 恋人に囁くような甘い声が私の鼓膜を刺激する。

 そんな声で囁かないでほしい。心臓が張り裂けそうだ。

 それに私にしか叶えられない願いとは何なのだろうか。気になる。出来るなら、賭けとか言わずに叶えたいと思った。



 そんな日の夜。今日は終壱くんから電話がかかってきた。


「終壱くん?」

「海砂…海砂は思い出したんだね」


 終壱くんが言っているのはきっとあの大雨の日のことだ。そう、私は思い出している。愛莉姫の言葉で私は思い出したのだ。

 だから、私は愛莉姫に協力する。二人が笑い合う姿を見たいから。


「なら、俺の約束も?」

「え、約束?」


 約束とは一体何のことだったか。ふと思い出すのは、あの日に言った言葉だ。


『そんなことないよ…私が私が、あなたを愛するから!他の人の分まで、あの人の分まで!そしたら、もう悲しそうに笑わなくても、泣かなくてもいいでしょ?』


 その言葉だった。もしかして、これが約束なのだろうか。

 終壱くんが悲しいと嫌だった。終壱くんを守りたいと思った。

 今もそう思うが、少し前までの私はずっとそう思っていた。それは親が子を想うような気持ち。

 私は終壱くんの父親の代わりをしようとしていたのか。代わりにはなれなくても愛情は渡せる。それを私はしていた。

 だけど、私は本当の家族じゃない。兄妹といとこでは全く違うものだ。


「……終壱くんは愛莉ちゃんと向き合った方がいいよ」

「…そう、それがお前の答えなんだね」


 ふぅと息を吐くのが電話の向こうから聞こえてきた。

 私は何も話さない。終壱くんも何も話さない。電話越しの沈黙がこんなにも辛いものだったなんて。

 何かを言った方がいいのかなと思うが私の決意は変わらない。だから何も言うことはない。

 いろいろと考えている内に終壱くんが話し出した。


「なら、賭けようか」

「えっ?」


 その言葉は玖珂先輩も言っていた。そんなにみんなは賭けが好きなのか。

 考えている私を置いて終壱くんは言葉を紡ぐ。


「文化祭の売上でそっちが勝ったら、俺は姫野愛莉と向き合おう。だが、負けたら……俺の言うことを聞いてほしい」


 私は元から負ける気がしない。負けるわけがない。

 その提案には「はい」としか答えるわけがない。


「私は負けません」

「…お前は負けるよ」


 電話越しに聞いた終壱くんの声は冷たかった。

 それでも、私は負けたら駄目だと自分に言い聞かせる。私は負けないと。そして、ヒロインである愛莉姫が負けるわけないと。


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