欲しいもの
私は先日の終壱くんが言った言葉について考えていた。終壱くんは私から貰えればいいと言った。それは一体何のことなんだろうか。
「おい、アンタ」
「…いっ」
バシッと頭を叩かれ、一気に現実へと戻る。
叩かれた頭を両手で抑えつつ、叩いた張本人である玖珂先輩を睨み付けた。
「痛いです。何するんですか!」
「アンタがボーっとしているからだろ」
ほらここ、と言うように顎で差すのは駅だ。もう、駅まで着いてしまったのだ。
驚いて目を見開いていると、玖珂先輩がため息を吐いたのが分かった。
すみません、私が考え事をしていて何も見てませんでした。そう、しょぼくれた。
「アンタ、何考えていたんだ?」
「ん?」
何を考えていたといえば、終壱くんが私から貰えるもののことだ。それが何なのか分からないんだ。
そのことを玖珂先輩に聞いていいのか。うーん?と考えていると「言ってみろ」と言ったので言ってみることにした。
「私から貰えるものってありますか?」
「はっ?」
「いや、ですから…私から貰えるもの?」
玖珂先輩は「何言ってんだ」という目で見てきたが、私が再度また問いかけると考え出した。
「アンタから貰えるもの、か」と呟きながら玖珂先輩はジッと私を見つめる。その視線が落ち着かない。
もぞもぞと小さく体を動かしていると、玖珂先輩の手が伸びてくる。そっと指が私の唇に触れた。
「くがっせんぱい!」
「アンタから貰えるなら、欲しいものがオレにはあるな」
「えっ、それって何ですか?」
何をするのかと焦ったが、玖珂先輩の言葉に興味を持つ。
何なのだろうと玖珂先輩を見つめるが、彼は視線を私から逸らした。教えてくれる気はないみたいだ。
でも、私は気になる。気になるのでジッと玖珂先輩を凝視する。
「見んな」
「玖珂先輩が教えてくれるなら見ません!」
「なら、見とけ」
聞き出そうとしたが、それでも教えてくれないみたいだ。そんなに必死に隠そうとすると逆に知りたくなるのは人間の好奇心。
ジッーと凝視していたら、ペシッと額を叩かれる。それでもめげずに玖珂先輩を見つめ続けた。
「なら、アンタがオレから貰えるもんを教えたら教えてやる」
「ふぉ、マジですか!」
言葉の最初に変な声が出たが、これは嬉しい時の言葉だと自分で自分を納得させた。
玖珂先輩は「ふぉ、って」と笑っているが気にしない。それよりも玖珂先輩が言った言葉が大切だ。
貰えるもの、貰えるもの、と玖珂先輩の全身を見つめる。私が玖珂先輩から貰いたいもの。
ふと目があるものを発見した。それは玖珂先輩の手だ。
「私、玖珂先輩からぬくもりが欲しいです!玖珂先輩のぬくもりって気持ちいいんですよー」
「…っ」
片手を取り、指を絡めながら言葉を呟く。
息を飲む音が聞こえ、玖珂先輩は私が取っている手ではない方で顔を覆った。
「どうしたんですか?」
具合でも悪くなったのだろうか。そんな素振りはなかったから凄く心配になる。
手をギュッと握り締めれば、それに応えるように玖珂先輩の手がギュッと握り返された。
顔を覆っていた手が離れ、玖珂先輩の顔が見えるようになる。玖珂先輩はなぜか嬉しそうに微笑んでいた。
それはもう嬉しそうに微笑んでるので、本当に玖珂先輩なのかと疑ってしまった。だけど、目の前にいる彼は玖珂先輩本人である。
「なんで、そんなに嬉しそうなんですか?」
「嬉しいからだ」
他に何がある、と瞳が語っている。
よく分からずに首を傾げるが、玖珂先輩が嬉しそうだからいっかと思うことにした。玖珂先輩が嬉しそうだと私まで嬉しくなるからいいのだ。
それに、玖珂先輩が私の指に離れないように指を自分から絡めてくれたことも嬉しいんだ。
「今、玖珂先輩は嬉しいですか?」
「そうだな、まあまあってとこか」
「私は嬉しいですよ?」
「そうか」
楽しげに歪む唇が語っている。玖珂先輩は嬉しいのだと。
「そういえば、私は玖珂先輩の欲しいもの教えてもらってないです!」
「知らなくていいんじゃねぇか?」
「知りたいです!」
詰め寄ると玖珂先輩が手を繋いでない方の手で私の頭をポンポンと叩くほうに撫でた。子ども扱いみたいで睨み付けたら「後で教えてやるよ」と言われた。
「本当に教えてくれるんですか?」
「あぁ、たっぷりと教えてやる」
何か良からぬことを企むような顔で笑う。それを見て、私は願うのだった。
どうか、この直感は外れてくれと。