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嫌な笑み

「やあ、東堂海砂さん」


 にっこりと微笑む彼ーー大友先輩に嫌そうな顔で私は眉を寄せた。

 大友先輩は終壱くんのクラスメイトで副風紀委員長であって終壱くんの親友だ。そして、ゲームではサブキャラとして出ていた。

 なぜ、この人が私の目の前なんかにいるんだろう。私はただ、先輩に頼まれて荷物を違うところに運んでいる最中なのに。

 大分、おか高に来ていたので迷子になることはまずない。だから、早くここからどっかに行ってほしい。あなたに何も頼むことはないんですよ、大友先輩よ。

 それに今は風紀委員の腕章を付けている。仕事ではないのか。


「荷物重そうだね、手伝おうか?」

「いえ、結構です」


 優しい声色で問いかけてきたが、私は大友先輩が嫌いだ。というより苦手なのかもしれない。

 笑顔の裏には何かがありそうで怖い。


「遠慮しなくていいのに…」

「いいえ、してないです」


 私の言葉にクスクスと笑い出す。それが何だか人を馬鹿にした笑い方だ。

 大友先輩は荷物を持っている私をジッと見つめる。見つめるぐらいなら、早くそこを退いてほしい。

 大友先輩がいる場所は私が荷物を置きに来た教室の入り口である。入り口はそこの一つしかないので大友先輩が退けないと入れない。

 嫌がらせか!と怒りたいが我慢だ。我慢をしなければいけない。


「終壱の女の趣味がよくわからないね…ボクだったらもっといい子を選ぶよ」


 うるせぇ、黙れよ、この野郎!

 そう叫ばなかったことを褒めてやりたい。

 なぜ、私がこの人からそんなことを言われなくてはいけないのか。全くもって意味が分からない。

 まず、顔が普通だとは分かる。だから何なのさ。そして「いい子」って何なのか。この人の「いい子」の基準って何なのか。

 単純に性格がいい子なのか、それとも、この人に服従している子なのか。はっきりしてほしい。


「ん?僕は忠実な子が好きだよ?」

「はっ?私は何も言ってないですけど?」

「人の気持ちを読むのは得意なんだ。だから、君が僕に対する気持ちも知ってるよ」


 「嫌いでしょ?僕が」とにっこりと微笑みながら言う。

 だったら私に構うなよ!と何度目か分からないつっこみを心の中でする。

 そうだ、なぜこの人はこんなにも私に構うのか。よく分からない。


「なんで、私に構うんですか?」


 大友先輩の言う通りだったら、彼の好きなタイプでも何でもないはずだ、私は。

 問いかけに大友先輩は「どうして、そんなことを言うのか分からない」と言いたげな表情で首を傾げた。そして、いつも見せる笑顔を顔に張り付けた。


「愉しいから」

「はっ?」

「だって愉しいじゃないか。君をどうすれば、君は泣くのか?君をどうしたら、終壱は怒る?それとも、終壱より先に玖珂陸翔が怒るかな?」


 クスクスと笑っていたのにいつの間にか、顔を手で隠して盛大に笑っていた。

 この光景を私は恐ろしいものを見るような目で見て、あることを思い出した。

 この男はゲーム中でもこんな性格だった。終壱くんルートでヒロインを引っ掻き回した後で、高みの見物というような感じで上からヒロインを見下ろし、笑っていた。


「そこ、退けてください」


 もう、この人には付き合ってられない。大友先輩を睨み付けながら、無理やり教室へと入った。


「いいねぇ、その表情…泣かせたくなる」


 後ろからクスッと笑みを零す声が聞こえた。

 肩を掴まれ、ビクッと体がわざとらしく反応する。


「おい、お前…何をしている」


 廊下から聞き覚えのある声が聞こえた。

 肩から手が離れ、私は大友先輩から距離を取りながら廊下を見た。そこには「風紀委員長」の腕章を付けた終壱くんがいた。

 大友先輩はわざとらしく肩をすくめ「あぁ~、終壱か…」と残念そうに呟いた。


「俺では不満かな?」

「あぁ、どうせなら玖珂と喧嘩してみたかったよ」

「……風紀委員が喧嘩を求めるとは」


 ピリピリとした空気がその場に漂う。

 今すぐその場から走って逃げ出したいのに、私は教室の中。二人は教室の入り口付近の廊下にいる。どっからどう見ても逃げれる状態じゃない。

 それに初めて終壱くんが学校にいるところを見た。私に会う時とはまるで違う雰囲気に昔を思い出す。私が嫌われていたころの終壱くんみたいだ。


「意外に楽しめたし。さて、僕は戻るとしよう」


 軽やかな足取りで大友先輩はその場からいなくなった。

 終壱くんは大友先輩が去った先に睨んでいたが、すぐに私に近付き、優しく微笑んだ。


「何か変なことはされなかったか?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、終壱くん」

「どう致しまして」


 にっこりと微笑む終壱くん。大友先輩とは違い、安心するような笑みだ。

 終壱くんは常々お兄ちゃんみたいと思っていたので、愛莉姫という妹がいることに納得だ。お兄ちゃんみたいだ。


「大丈夫ならいいんだけど…」

「終壱くんは心配症ですな!」

「海砂限定でね」


 私の髪を梳くように撫でる手付きがうっとりするほど気持ちがいい。玖珂先輩はそういう風に撫でても乱暴だから。

 そして、私は気付く。どうして玖珂先輩のことを考えたのだろう。

 うーん?と考えていると床に散らばっている荷物が目に入った。いつの間にか、荷物を床に落としていたみたいだ。

 急いで荷物を拾うと終壱くんも手伝ってくれた。


「ありがとう」

「いや、当然のことだよ」

「そんなことないよ」


 とっさに人の手助けをするなんて出来るもんではない。

 そんな私の考えを余所に終壱くんは意味深な笑みを浮かべた。


「俺は海砂にそれ以上のことをしてもらったから」

「えっ、どういうこと?」

「まだ、忘れているのかな?」


 「仕方ないか」と自分自身を納得させるように呟き、荷物を拾い終えた終壱くんは立ち上がった。


「俺は海砂から貰えればそれだけでいいのに……本当に困るね」


 終壱くんはにっこりと笑った。

 その言葉の意味を私は知らない。いや、分からなかった。


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