ヒロインである私
姫野愛莉視点
最近の乙女ゲームにはやけに兄妹や姉弟ものが多い気がする。それに、幼なじみで兄的存在という設定もよく見かける。
そして、そして、異母兄妹設定も多い。
『桜咲乃学園』
ヒロイン名、姫野愛莉。攻略キャラは隠しキャラ含む七名。
隠しキャラの出し方、隠しキャラ以外の攻略キャラ六名の全エンディングを見ること。
隠しキャラはヒロインの異母兄妹だが、ヒロインはそれを知らずに彼に恋をする。彼は昔からヒロインの存在を知っており、復讐するために近付いたが、愛情を欲するためにヒロインに執着する。
愛莉は自分の頭にあるストーリーにため息を吐いた。
どうして、兄的存在の攻略キャラは皆さん大概はヤンデレなのだろう。禁断な関係がそうさせているのか、それまた違うことなのか。
沈みゆく夕日を眺めながら、またため息を吐き出した。
さっきまで自分の友達の東堂海砂に自分のことを打ち明けた。彼女なら受け止めてくれると思ったからだ。
彼女は東堂終壱のいとこらしい。だが、最初は彼女の兄が東堂終壱だと思った。彼女の兄を見た時に顔は似ていて驚いたが、性格が全く違った。名前を聞いて、やっぱり違うのだと安心した。
それなのに、大友という生徒。大友は東堂終壱ルートに出てくるサブキャラだ。その人に出会い、そして偶然にも彼女に会う前に東堂終壱に出会った。
最初は驚いて彼の名前を呼んでしまい、愛莉は自分が彼の存在を知っていることを知られてしまった。だが、彼は何も言わなかった。
ただ冷たい瞳で愛莉を見つめた。
『お前は何かを勘違いしているようだが、俺はお前のことなんか何も気にしていない』
嘘だ!と叫びたくなった。だってゲームの中の彼はヒロインを憎んでいる。憎んでるあまりに愛してしまったんだ。
だけど、目の前にいる彼は自分のことなんかどうでもいいように見ていることに愛莉は気が付いた。
追い討ちをかけるように彼は更に言葉を紡いだ。
『確かに俺はお前みたいにヘラヘラ笑っている奴は嫌いだ。だが、俺が憎んでいるのは父親だ。お前じゃない。いや、今は誰も憎んでない…誰もな』
『……っっ』
その言葉に愛莉は気付かされた。
彼は自分と父親に愛情を求めてない。何も求めてないんだ。
愛してほしいから憎む。自分の存在を認めてほしいから嫌う。
なのに、彼は何も求めてない。兄妹だという事実もなくていいんだ。
彼はこの世界で生きている。私の兄なのだ。他人じゃない。家族になってもいい人なんだ。
愛莉は確かにそう思った。彼は兄なのだと、父親が彼に愛情をあげないのなら、自分が家族を教えてあげたいと。
『わたしは…』
『お前に何が出来る?俺に何をするって言うんだ?お前には何も出来ない…俺は……』
綺麗事が一番嫌いなんだ。彼は皮肉げに笑った。
失敗をした。もっと早くから彼に歩み寄っていれば、今は兄妹のように互いに笑い合えたのに。
自分の兄なのに自分が逃げていたせいで、愛莉は彼を「お兄ちゃん」と呼ぶ前にその場からいなくなっていた。
少し前のことを思い出し、ふぅと息を吐き出す。
彼が自分のことを妹と思ってないと知った時に寂しいという気持ちが溢れた。
「愛莉チャン…」
「えっ?」
無性に聞きたかった声が聞こえ、声がする方に顔を向ける。そこには蓮見晃樹の姿があった。
蓮見晃樹はサブキャラだ。愛莉は前世のころから晃樹のことが好きで、晃樹がいっぱい出て来る玖珂陸翔と蓮見陽輝ルートばっかりしていた。
「隣いいかな?」
「はい…いいですよ」
愛莉の隣に座り、晃樹は優しく微笑んだ。その笑みは愛しの人を見るような目で、愛莉は勘違いしそうになる。
「愛莉チャンが何を心配しているのか知らないけど、ボクはいつでも愛莉チャンの味方だよ」
「晃樹先輩…」
「愛莉チャンを助けてあげたいんだ。守ってあげたいんだ」
「ダメかな?」と付け加えるように言う晃樹に全力で首を横に振った。
嬉しいと、愛莉は泣きたくなった。
自分にこんなこと言ってくれる晃樹をまた更に好きになる。
だけど、この気持ちはまだ言わない。まだ、何も解決していない。
東堂終壱のことを「お兄ちゃん」と笑顔で呼べる日まで言わない。
「晃樹先輩、頑張ります…」
「うん、ボクも愛莉チャンを守ることを頑張ろうかな」
フフッと笑みを零した晃樹に愛莉もまた笑みを零した。
愛莉は誓った。彼、東堂終壱と本当の兄妹になり、みんなが幸せになる。
それが綺麗事だと言われても、もう諦めない、と。
だが、愛莉はまだ分かってなかった。なぜ、現実の東堂終壱が妹の愛莉に愛情を求めなくなったことの理由を。