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守ってやる、何があっても

 愛莉姫と別れ、一人で公園のベンチに座った。今日はまだ帰りたくなかったんだ。

 ぼけーっと沈みゆく太陽を見つめた。

 今日はいろいろなことがあって、頭が付いていけない。

 まさか、愛莉姫と終壱くんが異母兄妹だったなんて。私は全く分からなかった。いや、知っていたのに忘れていたんだ。

 確か、父親が終壱くんのお母さんと終壱くんが生まれた後にすぐに離婚して、愛莉姫のお母さんと結婚したらしい。なので、終壱くんは父親という存在を知らないんだ。

 終壱くんは自分の父親が家族を持ち、楽しそうに笑っている姿を見て何を思ったのだろう。


「おい、アンタ…」

「…っ!」


 頬に熱い何かを当てられ、バッと顔を上げた。

 顔を上げて見えたものは、沈みゆく太陽と同じ色をした瞳に髪。

 玖珂先輩だ。玖珂先輩が温かいココアの缶を私の頬に当てていた。


「くが、せんぱい…」


 玖珂先輩が私の気持ちを察して優しく髪を梳くように頭を撫でた。優しくて、優しすぎて涙腺が緩む。

 あなたはどうしてこんなに優しくしてくれるのか。最初はただ私のことが嫌いなだけだったのに。

 そう問いかけたいのに口から漏れる声は嗚咽だけ。零れる涙は止められなかった。


「アンタに何があったのか知らないが、アンタはオレが守ってやる」

「ぅ…っぁ…」

「何があっても、アンタは笑っとけばいい」


 一気にいろんなことがあった。忘れていた過去の記憶もゲームのことも、愛莉姫のことも。全て重すぎた。

 笑い飛ばすなんて出来るわけない。でも、私では何も出来ない。何かを出来たらいいのに自分は無力だ。

 愛莉姫を支えることは出来る。だけど、愛莉姫が本当に必要にしているのは蓮見先輩だ。

 そして、終壱くんにも何も出来ない。


「だから、泣くんじゃねぇ」


 乱暴に自身の袖で私の目元を拭く。涙に濡れた目元はゴシゴシと拭かれ、若干だが痛い。

 不器用な優しさ。それが何よりも嬉しい。玖珂先輩の側にいると自分が自分でいられる気がする。

 安心する。ずっと側にいたい。


「玖珂先輩…側にいてください」

「あぁ、アンタが望むならいくらでもいてやるよ」

「ありがとう、ございます…」


 優しく包み込むように玖珂先輩は私を抱き締めた。そのぬくもりが心地よくて、私はそっと微笑んだ。


 しばらくして落ち着いたら、急に恥ずかしくなる。

 高校生にもなったのに人前で泣き、「側にいてください」と願い、抱き締められる。なんて恥ずかしいのか。

 玖珂先輩の腕から逃げようと身をよじるが、力が強いので離れられない。


「玖珂先輩っ、どうか離してくださいませ!」

「…嫌だ」

「え、いやって、離してください」


 胸を押すがビクともしない。玖珂先輩は離す気なんてないんだ。

 それが嬉しいと思ってしまう私は何なのだろうか。どうしてしまったのか。

 後ろに回していた腕で玖珂先輩がトントンと私の背中を軽く叩く。


「もっと泣いていいんだ…甘えん坊」

「なっ…」


 耳元で子どもに言い聞かせるかのように囁く玖珂先輩。

 さっきと言っていることが違う。さっきは「泣くな」と言っていたのに今度は「泣け」と言うのか。

 戸惑う私を余所に玖珂先輩は抱き締めたまま、私の前髪を横に払う。そしてあろうことか、額にわざとらしくチュッとリップ音付きでキスをした。


「うぉっ!」

「…少しは可愛らしく恥じらえよ」


 抱き締めている力が弱まったので急いで玖珂先輩の腕の中から逃げ出す。出来るだけ距離を取って玖珂先輩を睨み付けた。

 睨み付けているのに玖珂先輩はどこか楽しそうに形のいい唇を歪めていた。


「ほら、そんなところにいねぇでこっち来いよ」


 こいこいと手で呼んでいる。私は動物か何かか!とつっこみたい気持ちを伝えるために更に睨み付けた。

 だが、玖珂先輩は全くそんなことを気にしていない。楽しそうに笑うだけだ。


「大人しくしてろよ」

「嫌です!なんで、近付いてくるんですか!」


 一歩ずつ近付いてくる玖珂先輩。じりじりと後退していくが、玖珂先輩の方が速い。

 腕をパシッと掴まれ「暴れんな」と耳元で囁かれた。


「な、なんか、玖珂先輩おかしいですよ!」

「そうかもな」


 私の言葉に唇を更に歪めた。

 楽しんでいる。直感的にそんなことが分かった。

 玖珂先輩に腕を掴まれた状態でジタバタしていたら、抱き寄せられる。動けないように抱き締められた。


「アンタは小さい。オレの腕の中にスッポリと収まる」

「なに、言ってるんですかっ!」


 私にしてみたら恥ずかしい台詞を次から次へと言う。いつもと違う玖珂先輩に動揺するが、嫌という気持ちはしなかった。

 ドキドキと心臓が痛いほど高鳴り、呼吸がしづらくなる。


「アンタはそうやって元気で吠えとけばいい」


 最後に耳元でそう囁き、体を離す。

 さっき言った言葉にもしかしたらと思ってしまう。もしかしたら、玖珂先輩は私を元気付けようとしてくれたのかもしれない。


「あの、玖珂先輩!」


 思い立ったら聞いてみようと名を呼んだら、玖珂先輩は意地悪な笑みを浮かべた。

 手を伸ばし、スッと指で私の額を突っついた。


「バカだな」

「へ?」


 それはどういう意味なのか聞こうとしたら、手を握られ「送る」とそれだけ言われた。

 握られた手は温かくて、寒くなってきた日々にちょうど良かった。いや、本当は凄く嬉しかった。


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