ヒロイン②
私がまだ中学一年生で彼が三年生だった頃だ。
連日の雨で私は濡れてしまい、風邪を引いてしまった。意識がふわふわとした状態で休んでいた。
その日のあの時はちょうど、家のみんなが出ていて家には私しかいなかった。なので家のチャイムが鳴り響いたので、私は何も考えずにベッドから抜け出し、玄関へと行く。
大分休んでいたので歩けるぐらいにはなっていた。
玄関を開けると、中学の制服を着た彼がずぶ濡れで立っていた。
『終壱お兄ちゃん、どうしたの?早く着替えないと!』
『うるさい!』
彼は私の手を掴み、外へと出る。傘も差さずに外に出たんだ。
家の前で言い争いを少しだけしたら、彼は私の手を掴んだまま歩き出す。雨で濡れる体を気にしないかのように歩き出した。
『ここか…』
たどり着いた先は一軒の家だ。その家の表札を見る。
『ここって、姫野さんの家?』
表札には、はっきりと「姫野」と書かれていた。それを聞くと、彼は自虐的な笑みを浮かべた。
彼はある一点を指差し「あぁ、よく見てみて」と呟く。指差した方を見ると家の様子が見えた。
楽しそうに笑い合う家族がそこにいた。可愛らしい私と同じぐらいの桃色の髪をした女の子に、その子の両親だと思われる仲のよい男女の二人。
その男の方を指差して、彼は微笑んだ。寂しそうな笑みだと思った。
『あれが、俺の父親なんだ』
『えっ、終壱お兄ちゃんの父親?』
私の問いかけに「そうだ」というように私を見る。
『俺と母親は父親に捨てられたんだよ。父親に俺という存在はいらなかった』
『でも……』
でも、彼の父親は楽しそうに笑っているじゃないか。娘と娘の母親と楽しそうに笑っているじゃないか。
そんな人が彼と彼の母親を捨てたなんて有り得ない。
だけど、それが事実なんて私は知っていた。それでも信じきれなかったんだ。
『だから、俺は愛されなかったんだ!』
『そんなことない!』
父親には確かに愛されなかったのかもしれない。だけど、彼は彼の母親から愛情を貰っていた。
それでも、それだけでは足りないというなら、私が父親の分まで彼を愛そう。家族になろう。
そしたらきっと、彼は悲しまずにいられるはずなんだ。
『そんなことないよ…私が私が、あなたを愛するから!他の人の分まで、あの人の分まで!そしたら、もう悲しそうに笑わなくても、泣かなくてもいいでしょ?』
家族を想う気持ちを彼にあげたかった。そうすれば、彼は誰も憎まずに笑っていられる。
あの後で熱が酷くなり、数日間寝込んでしまう。その雨の日の記憶は熱で朦朧としてあまり覚えてなかった。
その後からお兄ちゃんは更に過保護になり、終壱くんは私に甘くなった。
前に祭りの日に愛莉姫の父親を見て、見覚えがあると思ったのはあの雨の日に見ているからだ。あの時の愛莉姫は笑っていたのに、目の前にいる愛莉姫は苦しんでいた。
今なら分かる。彼、東堂終壱は隠しキャラだ。夢に見た過去の記憶と一緒にゲームの記憶も少し思い出した。
東堂終壱は攻略キャラの全エンドをクリアした後に攻略可能になる。そのエンドは彼だけ全てがバッドエンドではないのかと疑ってしまう内容ばっかりだった。
ヒロインの姫野愛莉と東堂終壱は異母兄妹だ。そのため、そんなエンドしかないということは分かる。だから、悲しいんだ。泣きたくなるぐらい悲しいだ。
トゥルーエンドでヒロインを監禁、陵辱するのも彼だ。ハッピーエンドもハッピーというような終わり方ではなかった。彼だけのエンドだけ幸せがないんだ。
なので、愛莉姫も彼には会いたくなかった。そうなる終わりにはなりたくなかったんだ。
目の前にいる愛莉姫は泣きながら、私が考えていることと同じことを言っている。
ゲームの内容はヒロインも彼から憎まれ、それが狂った愛情になる。そんなストーリーだった。
だが、さっき会った彼は愛莉姫のことを「憎んでいない」と言った。愛莉姫に「お前に何が出来る?」と問いかけた。
「わたし…最低だった。ただ、自分が逃げることしか考えてなかった……本当は東堂終壱も助けないといけないのに…私は半分だけど血の繋がった兄を見捨てようとした!」
助けたい、本当の家族を教えてあげたい。愛莉姫はそう訴えた。
私はいとこだから本当の家族を教えてあげることは出来ない。だけど、愛莉姫なら彼女なら出来る。
だって、姫野愛莉は東堂終壱の妹なんだから。
「出来るよ、愛莉ちゃんは終壱くんの妹なんだから…家族になれるよ」
「遅いかもしれないけど…お兄ちゃんって呼んでいいのかな?」
「呼んでいいんだよ…話し合わないと仲直りしないと」
「うん、うん…」
愛莉姫は本当にいい子だ。優しくて、人のことを一生懸命考えている。
終壱くんと会って、何か思うことがあったんだろう。
「私ね、本当は兄妹が欲しかったんだ。だから、嬉しいの…」
本当に嬉しそうに微笑む愛莉姫は綺麗だった。
私は愛莉姫と終壱くんが兄妹のように話せるように、仲直り出来るように私が出来ることをしようと誓った。