ヒロイン①
愛莉姫が学校を休んだ日にメールをしたら返信が返ってきた。ちょうど、学校を休んだ日の翌日は休みだったので愛莉姫の「明日、会えるかな?」というメールに大丈夫ということを伝えた。
そして、現在。待ち合わせの場所に行こうとしている最中だ。
まだ待ち合わせの場所ではないのに、愛莉姫を見つけた。いつもなら何も考えずに話しかけるのだが、今日はそれが出来ずに見つからないように物陰から隠れて様子を見ている。
どうして私が見つからないように隠れているのかは、それは愛莉姫と一緒にいる人がいるからだ。
「お前は何かを勘違いしているようだが、俺はお前のことなんか何も気にしていない」
冷たい言葉を愛莉姫に言っている声がここまで聞こえる。今いる場所は二人に近いのだ。
人目が付かないところで話をする二人に、また人目が付かないところで盗み聞きをしている私。これが人目が付くところだったら「何してるんだ、こいつ」という目線を送られていたに違いない。
私が愛莉姫を見つけたのは本当に偶々だった。昨日は玖珂先輩のことを何だかずっと考えてしまってしばらく寝れなくて、寝坊してしまった。それで近道を通ろうとしたら愛莉姫がいたというわけだ。
「確かに俺はお前みたいにヘラヘラ笑っている奴は嫌いだ。だが、俺が憎んでいるのは父親だ。お前じゃない。いや、今は誰も憎んでない…誰もな」
「……っっ」
愛莉姫の顔が泣きそうなほど歪んだのを見逃すはずもなかった。
でも、私は「父親」と聞いた瞬間にドクンと嫌な意味で心臓が鼓動した。
あぁ、彼が悲しんでいる。本当は誰よりも泣きたいのは彼のはずなのに、とそんなことが頭をよぎった。
愛莉姫の目の前にいる彼ーー終壱くんは愛莉姫には分からないように、だけど昔から一緒にいた私は分かるように顔を歪めた。痛みに顔を歪めている感じだ。
「わたしは…」
「お前に何が出来る?俺に何をするって言うんだ?お前には何も出来ない…俺は……」
ドクン、ドクンと心臓が激しさを増す。頭が割れるぐらいの激痛を感じ、その場でしゃがみ込んだ。
私は何かを忘れている。それはきっとあの夢のこと、少し前に感じた違和感のこと。
私は何も考えたくなくて、この痛みから逃げ出したくて、その場から逃げた。
気付いたら愛莉姫との待ち合わせ場所にいた。その場で息を整える頃には愛莉姫の姿が見えた。
「海砂ちゃん、いきなりごめんね」
さっき終壱くんと会っていた時とは違い、笑顔を浮かべる愛莉姫。
私はさっきのことを頭の隅にやり、考えないようにする。考えるのは後から出来る。それを愛莉姫に悟られないようにしなければ。
「愛莉ちゃんはもう大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね」
待ち合わせ場所から移動をして喫茶店に来た。この喫茶店は静かな雰囲気で落ち着いて話が出来そうだ。
喫茶店で愛莉姫はコーヒー、私は紅茶を頼み、注文がきたら愛莉姫が真剣な顔立ちで話し出した。
「あのね、海砂ちゃん…聞いてくれる?」
「うん。私でよければ聞くよ」
「ありがとう。多分、信じてもらえないかもしれないけど…あのね」
そわそわと落ち着きがなくなってくる愛莉姫に優しく微笑んだら、意を決したように息を深く吐き出す。
「乙女ゲームって知ってる?」
「えっ、うん。知ってるけど?」
何か重大なことだと思ったのでそう聞かれて一瞬だけ何の話だ?と思った。だが、愛莉姫が緊張しているのが伝わり、この言葉は前振りなんだと分かる。
「海砂ちゃん…お、落ち着いて聞いて、ね」
「愛莉ちゃんも落ち着いて」
「う、うん…」
私は多分落ち着いている。来る前に愛莉姫と終壱くんを見て動揺したが、今は落ち着いていた。
「私、前世の記憶があるの。この世界は前世では乙女ゲームの世界だったの」
「えっ!」
「ごめんね、信じられないと思うけど…お願い、海砂ちゃん、信じて!」
「信じて!」と何度も言う愛莉姫。信じている。私は言われなくても愛莉姫を信じている。
だって、ここが乙女ゲームの世界だって知っていた。そして今は現実だと分かっている。
「信じているよ」
私はゲームの記憶を持っているが、それは全部というわけではない。だって私はおか高と合同文化祭のことも知らなかった。
だけど、愛莉姫は違うみたいだ。だって、本来ならイベントが起こってもいい状態なのに見事に回避して攻略キャラとのイベントが発生していない。
「ありがとう…」
涙ぐむ愛莉姫に出来るだけ優しく笑う。
きっと話はこれだけではない。愛莉姫は今から本題に入ろうとしている。それをしっかり聞いて、何か私が出来ることをしよう。
「攻略キャラは、まぁ…私達の学校の生徒なんだけどね」
「うん」
「隠しキャラがいるの。その隠しキャラに私は会いたくなかった。だけど、さっき来る前にたまたま会った…」
「あっ…」
さっき来る前に会った。それが誰かなのか私は知っている。
この後に続く言葉を聞きたくない。耳を塞いで、叫びたい。
「隠しキャラは、東堂終壱。龍ヶ丘高等学校の三年生、風紀委員長……で、私の兄なの」
夢の中の彼が泣きそうな顔で、いや泣きながら見つめいていたのは、楽しそうに笑い合う家族の姿だった。