この感情とは
文化祭のために今日はおか高で下準備だ。まず、作られた衣装合わせに、店になる教室をどう綺麗にセッティングするかを数人で話し合っていた。
放課後なので忙しくない人ということで私と愛莉姫が参加している。あとはクラスメイトが数人。おか高のお兄ちゃんのクラスもそんな感じだ。因みに、お兄ちゃんは風紀委員が忙しいみたいで不参加だ。
「衣装って普段着ぽいですね?」
「あぁ、それはね…」
疑問に思ったことを口に出したら近くにいた女子生徒が教えてくれた。
妹&兄喫茶なので、普段着にちょっとだけおしゃれを加えればいいと話し合った結果らしい。妹と兄と思ってくれなければいけないので凝った衣装はその妨げになるらしい。
ほうほうと頷きながら数ある衣装を眺めた。女子はふんわりとした衣装が多いのに、男子はなぜかジャージが多かった。
なぜ、ジャージなんだ。そんなつっこみは口に出さずに飲み込んだ。
「なんで、ジャージが多いんだろう?」
私の代わりに愛莉姫が首を傾げながら、そんなことを呟いた。
「ジャージって萌えない?」
近くにいた数人のおか高の先輩がそんなことを言った。
その先輩達が言うには、ジャージを着て腕捲りをしている男子が格好いいとか何とか。寮の部屋だと普段はジャージを着ている男子がこのクラスには多いとか何とか。
そんなことで男子はジャージらしい。
この日の下準備が早く終わったのでバス出発時刻まで学校探検をしようということになった。まずは、今日は下準備のために玖珂先輩と蓮見先輩も来ていたのでそちらの方に行って、終わってないかを確かめることにした。
玖珂先輩がわざわざ準備のためにここに来るなんて似合わない。玖珂先輩は見た目が不良で中身も問題児と言われているのに真面目なんだ。
そのことを来る前に蓮見先輩に言ってみたら「心配してるんだよ~」という答えが返ってきた。一体何を心配しているのか聞こうとしたら、その前に蓮見先輩が玖珂先輩から殴られていたので聞けなかった。
「この教室だね」
教室には私たちが分かりやすいようにドアにどのクラスが文化祭に使うのかが書かれている紙が貼ってある。
クラスが玖珂先輩達のだと分かると、愛莉姫は躊躇いもなく教室のドアを開けた。
「あれ、愛莉チャン?」
私の場所からは教室の中は見えないけど、聞き覚えのある声が中から聞こえた。
愛莉姫はドアに手をかけたまま、ぼーっと教室の中を見ている。少しずつ頬が紅潮していくのが分かった。
一体何が教室の中にあるのだろう。私は気になって、教室の中が見える場所に行き、中を覗く。
「わぁ、玖珂先輩かっこいい」
中にはホストクラブと言っていいほどの格好をした人達がいた。
胸元のボタンを開け、程よい筋肉質の体が服の間からチラチラと見える。首もとは寂しくないようにジャラジャラとした装飾品。腕捲りをした腕にも腕輪があり、玖珂先輩はワイルドな雰囲気を更に醸し出していた。
「良かったね、陸翔!」
「……別に」
玖珂先輩に見惚れていると、蓮見先輩が玖珂先輩の肩を叩く。
さっきから玖珂先輩にしか目がいってなかったので改めて蓮見先輩を見た。確かに玖珂先輩とまではいかないがちゃんとしたホストになっている。だから、愛莉姫が蓮見先輩に見惚れたのだろう。
「愛莉ちゃん、おーい」
わざとらしく愛莉姫の顔の前で手を振ると、ハッと気が付いたように私を見る。恥ずかしそうに顔を背けながら「格好いいね」と小声で言ったのでそれに頷いた。
「晃樹先輩達が終わるまでここにいていいですか?」
可愛く首を傾げる愛莉姫。おか高の男子生徒が愛莉姫を見ながら「あの子、可愛いな」とか話していた。
可愛いだろ、うちの愛莉姫は!と叫びたい気持ちを抑えつつ、蓮見先輩がどう出るかを見る。
男子生徒の言葉に顔をしかめたが、すぐに愛莉姫に「いいよ、こっちもあとは制服に着替えるだけだから」と笑いかけた。
改めて教室に入り、奥の方にカーテンで仕切られた場所があるのが分かった。きっとそこで着替えているのだろう。
「君達、可愛いね。さく高だよね、何年生?」
教室に入った私達に話しかけたのは、おか高の男子生徒だ。玖珂先輩達のクラスと合同でするのは三年生だったはず。なので、男子生徒は三年生だろう。
玖珂先輩とは違い、パッとした華やかな印象はないが蓮見先輩と同じような印象を与える格好良さだ。そんな男子生徒をどこかで見た覚えがある気がして、首を傾げた。
隣で愛莉姫が男子生徒を見た時に「なんで…」と呟いたのが耳に届いたので反射的に愛莉姫の方を向く。愛莉姫はただ男子生徒を見つめていた。
「愛莉ちゃん、どうしたの?」
「え、ううん…何でもない」
首を振りながらそう答える愛莉姫。
心配していると蓮見先輩が愛莉姫の方に来たので愛莉姫は任せることにした。
私は目の前にいた男子生徒に笑いながら「一年生です」と答えたら、にっこりと微笑まれた。
「僕はおか高の三年生で大友です。よろしくね」
「あっ、はい…」
手を差し出されたので握手だろう。自己紹介をしながら握手を返した方がいいと思い、口を開いたが出てきた言葉は「玖珂先輩…?」だった。
大友先輩との間に玖珂先輩が入る。私に背を向け、大友先輩と対面している玖珂先輩の雰囲気がピリピリとしている気がした。
「ナンパなら余所でやってくれ」
「ふぇ、なんぱ?」
玖珂先輩が大友先輩に言った言葉に首を傾げながら言葉を反復した。
ナンパとはあのナンパなのか。いやいや、まず愛莉姫ならともかく私がナンパされるとか有り得ない。玖珂先輩は何を言っているのか。
大友先輩は玖珂先輩に言葉にキョトンとしてすぐに微笑んだ。何かを企んでいるような、そんな笑みだ。
「ナンパね。僕がこの子をナンパしたら殺されるよ」
おかしそうに笑いながら、大友先輩は玖珂先輩の背に隠れている私をその瞳に映し出した。
何とも言えない空気がこの教室内に漂った。それに警戒心を強める玖珂先輩。
一体何がどうなっているのか。私にはさっぱりだ。
「君、東堂海砂さんでしょ?」
「えっ、なんで…」
何で知っている。私は大友先輩とは初対面のはずだ。
「東堂」という名字でおか高の先輩方がざわついたが、私は大友先輩のことを考えるのに必死だった。
そんな私に気付いた大友先輩は更に笑みを深めた。
「見たから…終壱の携帯に入っていた君の写真を見たからね」
「あっ…終壱くんの」
「そう、終壱に聞いたんだ。僕は副風紀委員長で終壱のクラスメイトで親友だよ」
終壱くんのケータイを見たなら納得がいく。終壱くんはなぜかパシャパシャと私の写真を撮る。それはお兄ちゃんもだから何も言えない。
その写真を見て、私のことを聞いたのだろう。
「残念だけど、今日は終壱いないんだよね…ごめんね」
「あ、いえ…私は玖珂先輩に」
会いに来た。そんな言葉を言う前に玖珂先輩が私の腕を掴んだ。
いつの間に私の方を向いていたのか。玖珂先輩は何か言いたげな表情で私をジッと見たが、すぐに腕を離し、顔を逸らした。
「へぇ、そういうこと」
「……え?」
「こっちの話」
何かいいことを知ったような顔で笑う大友先輩に言いようもない感情がこみ上げてくる。いや、違う。この感情が何なのかはっきり分かる。
不快。私は大友先輩が嫌いだ。何を企んでいるのか、何を思っているのか。なぜ、あんなことを人前で言ったのか。全てが私を不快にさせた。
その日の帰りは、愛莉姫も何かを考えていて、それを蓮見先輩が心配そうに見ていた。玖珂先輩も私に何かを言いたそうにしていたが、結局は何も言わなかった。