打ち合わせ
今日は午後からの授業を使って文化祭の出し物の打ち合わせだ。
合同でやるため、顔合わせはちゃんとしないといけないということで打ち合わせがあるのだ。一気に全クラスは無理があるから毎日数クラスずつ打ち合わせがある。
因みに、文化祭の会場は我が高校より広いおか高である。なので、打ち合わせもおか高である。
金持ち学校であるおか高のスクールバスで揺られ、丘の上にあるおか高に着いた。
「全寮制だったらスクールバスとかいらないと思うんだけど…」
「東堂、お前なぁ」
私のつぶやきに反応を示したのは近くにいた担任の柳葉先生だ。呆れたように私を見て「それ、他の先生の前で言うなよ」と注意する。
おか高の校舎を見上げ、校舎だけでも広いということが分かる。我が高校も広い方だが、それよりも倍はあるだろう。それに敷地内も広い。多分、一人でこの学校の敷地内を歩いていたら迷子になる。
お兄ちゃんがまだ高一の時に寮から校舎まで距離があると愚痴を零していた。それも納得がいく。まず、校舎を前にして寮が見えない。
お兄ちゃんと終壱くんがこの学校に行っているが私はここには来たことがなかった。興味はあったが、お兄ちゃんがいい顔をしなかったので行事があっても行かなかった。
「ここが……」
隣で息を吐き、心配そうな声が聞こえた。隣は愛莉姫がいたはずだ。
チラッと愛莉姫を見ると、校舎を見上げた瞳は不安そうに揺れていた。
「愛莉ちゃん、大丈夫だよ。何があっても私が守るからね?」
ぎゅっと愛莉姫の手を握る。そうすれば、愛莉姫は揺れる瞳に私を映し出す。そして、戸惑いながらも微笑んだ。
「ごめんね…ううん、ありがとう」
一瞬、謝れた時に首を傾げたが、すぐに愛莉姫が言い直したので私は「ごめんね」の言葉の意味を考えなかった。
打ち合わせは教室では狭いと思ったが、ここの学校は無駄に広い。そう、普通の教室では狭いが空き教室は十分な広さだ。
普通の40人教室の二個分の広さの教室には椅子や長机が人数分用意されていた。
ここまで案内してくれた生徒は私達のクラスと一緒に出し物をするクラスの生徒だ。その生徒に案内されたところがこの広い教室。
教室には先に私達のクラスと一緒にするクラスが集まっていて、思い思いにお喋りをしていた。なので、私達が来た瞬間にお喋りがぴたりと止み、私達を見たあとにまた隣の子とかと喋り出す。
「貴方達、少しは静かにしなさい」
そちらの方の担任であろう先生が注意をしても小声でお喋りをする。やっぱり、おか高の生徒も文化祭ということで浮かれているのだろう。
私達は言われた通りに椅子に座ると、やっと緊張が少しずつなくなってきたのか。周りと小声で話し出す人達が増えた。
「ねぇ、あの人格好良くない?」
「分かる、格好いいよね」
そんな声が女子の間で聞こえた。
ほうほうイケメンがいるのか。などと考えたが、隣に座る愛莉姫の様子の方が気になり、隣を見る。
愛莉姫は顔は強張って一点を見つめているのに、なぜか首を傾げている。独り言なのだろう、私にギリギリ聞こえるぐらいの小声で「少し違う?」と呟いていた。
よく分からないが、取りあえず愛莉姫は大丈夫なのだろう。今は強張った顔がなくなり、ただ不思議そうに首を傾げていた。
そうなると、やっぱり気になるのがイケメンだ。文化祭実行委員の話を聞かずにいる女子の熱い視線がある方に顔を向ける。私もさっきから文化祭実行委員の話を聞いてないので女子と一緒で怒られる覚悟はある。
イケメンがいる方に顔を向けると、そこには見知った顔があった。心のどこかでオチが読めていたはずの自分に呆れてくる。
女子が言うイケメンは黒髪に少しだけつり上がった目元。瞳の色は澄んだ黒で身長も高めのイケメン。そう、まさしく私のお兄ちゃんである。
こうしてお兄ちゃんを見ると、本当にイケメンである。しかも堅物そうとか、怖そうなイメージが付くイケメンだ。注意書きは「ただし、無言に限る」にしとこう。お兄ちゃんは喋らせると残念であるのだから。
私がお兄ちゃんの方を見る前からお兄ちゃんは私を見ていたらしく、目が合うとにっこりと微笑まれた。私の周りにいる女子が「さっき見た!」や「わたしに向けて微笑んだ!」と騒いでいる。
こういうところが女子の可愛さだと思うが文化祭実行委員が可哀想だ。さっきから話が進んでいない。
おか高の方の委員がついに我慢出来ずにギロッとお兄ちゃんの方を睨んだ。因みに、私のクラスの委員と向こうのクラスの委員はどっちも男である。
「愁斗!お前はなんで微笑んだんだよ!俺達を邪魔したいのか!」
「可愛い子がいたからね~、つい。ごめんねぇ、おれが格好良すぎて」
仲がいいのだろう。委員は怒鳴っているが本気みたいではない。お兄ちゃんの方も冗談まじりに話している。
お兄ちゃんが言うからなのか、イケメンだからなのか。自分を格好いいと称すが嫌悪感はない。
「格好いいとか自分で言うなよ!お前が言うと似合いすぎて抵抗がないから!」
「ふふっ、だっておれは愛されるイケメンだからねぇ」
お兄ちゃんのクラスはみんなが仲がいいみたいだ。みんなで笑い合って「もう、お前が出し物決めろよ」などとお兄ちゃんに言っている。
私達のクラスは場についていけないが、話している内容が楽しいので笑っている。
こういう場だから、やっぱり愛莉姫のことが気になる。隣を見るとみんなと一緒になって笑っていた。私の視線に気付き、愛莉姫は「大丈夫だよ」と小声で教えてくれる。それにホッとして、正面を向いた。
「おれはねぇ…妹喫茶がいいな。可愛い妹が"お兄ちゃん、おかえり!”と言ってくれるのがいいなぁ」
この言葉を聞いた瞬間に私はブッと吹き出してしまったのには私に罪はないと思う。
お兄ちゃんのクラスの生徒は爆笑して「もう、それでいいんじゃね」とか「なら、妹&兄喫茶にしようよ」とか言ってる。
私達のクラスはまさかあんなイケメンが予想外のことを言ったために一瞬だけ呆けてしまったがすぐに笑いが起きた。さっきまでの会話でお兄ちゃんの性格を少し理解したらしい。
「じゃあ、妹&兄喫茶でいい人は手をあげてくれ」
向こうの委員の人がそう言うと私達のクラスも向こうのクラスの全員が手をあげる。私もみんなにつられて手をあげた。
これで文化祭で妹&兄喫茶をすることに決まった。衣装などは裁縫が得意な人がやるらしく簡単に決まり、あとは雑談タイムになった。
雑談タイムに入った瞬間にお兄ちゃんは席から立ち上がり、私達の方へ歩き出す。私達はおか高の生徒と向かい合う形に座っている。
私は一番前に座っていたのだ。障害物もなくお兄ちゃんは私の目の前に来て、にっこりと笑った。
「本当はあんまり教えたくないんだけど、仕方ないよね…そのうちバレるものはバレるんだし」
「まぁ、それはそうだけど…」
「海砂ちゃんにはちょっと迷惑かけるかも」
「知ってる」
私達がいきなり話し出したことでみんなが何がどうなってるの?という目線で私達を見る。
いつかはバレる。私達が兄妹だということが。それは早い方がいいと判断したお兄ちゃんは私のところに来た。
迷惑をかけるというのはお兄ちゃんが格好いいからだ。中学の時はお兄ちゃんの妹ということで女子から「お兄ちゃんに渡して?」とかを言ってくる人がいた。そのこと言っているし、あと一つある。
それはお兄ちゃんの妹だと分かると自然に終壱くんがいとこだと分かることになるからだ。きっと文化祭は大変になる。
だから、お兄ちゃんは私がこの学校に来ることにいい顔をしなかったのだ。私に迷惑をかけたくないから。
「ごめんね。海砂ちゃんには迷惑はかけたくなかったんだけど…」
「私はいつもお兄ちゃんに迷惑かけられてるけど?」
ふふんと自慢げに言ったら、教室全体がみんなの驚きの声でいっぱいになった。
お兄ちゃんのクラスの文化祭実行委員なんか「いもうとぉ!」と叫んでいる。楽しそうな人だ。
お兄ちゃんは眉を一瞬だけ寄せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そう、妹の海砂ちゃん。みんな仲良くしてね」
私は小さくお辞儀すると何人かが返してくれた。それが嬉しかったりする。このお兄ちゃんのクラスは感情表現が豊かでいい人が多い。
終始にこにこしていたお兄ちゃんは「あぁ、でも」と付け加えるように言葉を発する。その声はどこまでも低く、容姿に似合った声だと思った。
「おれさぁ、シスコンだから海砂ちゃんに手とか出したやつは…痛い目みるよ?」
声は低いのに、顔はいい笑顔だ。それに疑問系なのが更に怖さが増している気がする。
お兄ちゃんのクラスはお兄ちゃんが本気なのが分かったみたいなのでコクコクと全員が全力で頷いていた。
でも、きっと私のことを気に入らない人は出て来そうだが、それはこのクラスからではないだろう。なにせ、さっきの一瞬は恐怖した表情だったのに今はみんな笑っていた。
「いや~、妹ちゃんか。さっきはすまなかった、大声を出して」
「いえ、大丈夫です。慣れてますので」
「いやいや、悪かった」
実行委員の人が代表で謝る。それに続いてみんなが謝ってくれた。
みんなにここにいていいと言われた気がして嬉しかった。優しい先輩達だと思う。
きっと、このクラスとだから楽しい文化祭が出来る。心からそう思った。
帰りのバスの中でかなり質問されて疲れたが、楽しい文化祭になると思うと楽しくなった。