ヒロインの会いたくない人
「もう、11月か…嫌だなぁ」
机に頭を預け、綺麗な桃色の長い髪がぱさりと机の上から流れ落ちる。
愛莉姫は深くため息を吐き出し、瞳を潤わせながら私と琴葉ちゃんを見つめた。
儚さを秘めた愛莉姫に見つめられれば誰だって守ってやりたくなるものだ。いつもの元気な愛莉姫を知っているから今がおかしいということぐらいすぐ気付く。
「文化祭嫌だなぁ…」
愛莉姫は前に言っていた文化祭を一緒にする龍ヶ丘高校、通称おか高の生徒が嫌いと言っていたことに関係があるのだろう。よっぽど、その嫌いな生徒に会いたくはないのだと分かる。
「愛莉ちゃんが会いたくない人ってどんな人?」
琴葉ちゃんが愛莉姫にそんな質問を投げかけた。
そっと息を吐きながら眉を寄せ、愛莉姫は嫌そうな顔をする。
「他人から見れば完璧な人」
「他人から見れば…?」
それはどういうことなのか。首を傾げると「私もよく分かんないの。ごめんね」と言われた。よく分かんないのにとにかく会いたくない人なのだということだけが分かった。
「せめて、一緒にやることにはならなければいいのに…」
「そうだね」
一緒にやる、というのは文化祭の出し物を一緒にやるということだ。
私達の高校とおか高のクラス数が同じということで、私達の高校の各クラスとおか高の各クラスずつ合同で出し物をするということになっている。どのクラスとするのかは文化祭実行委員がくじで引くらしいのでまだ分からない。
「愛莉ちゃんが会いたくない人はどのクラスか分かる?」
「それが……」
視線を私達から外し、再び机に頭を預ける。その仕草は会いたくない人がどのクラスにいるか知らないと言っているみたいだ。
愛莉姫は何度目か分からないため息を零した時、文化祭実行委員になった人がクラスに戻ってきた。
「おれたち、二年生のクラスと合同になったぞー」
ピクリと愛莉姫の肩が跳ね、バッと顔を上げる。文化祭実行委員の顔を凝視したと思ったら「二年生…」とホッと息を吐いた。
愛莉姫の行動がよく分からないので名前を呼んだら「ううん、何でもない」と言われる。
「うじうじ悩んでも仕方ないよね。文化祭を楽しもうか!」
いつものような元気のいい愛莉姫になり、ひとまずはこれで良かったのだと思うことにした。
その日の帰り道。いつものように玖珂先輩と駅まで帰る。
玖珂先輩のところのクラスは同じ三年生のクラスと合同らしい。
「文化祭とかめんどくせぇな」
「そうですね。楽しみのようで楽しみじゃないです」
「…どういう意味かよく分かんねぇけど、楽しめばいいんじゃね?」
さっきはめんどくさいと言っていたのに今度は私を慰めるようにポンッと頭に手を置く。ぐりぐりと髪をかき乱すかのように頭を撫でた。
嬉しい気持ちと文化祭を楽しもうという気持ちになるのだが、愛莉姫のことが気になる。何だか心がもやもやする。
「玖珂先輩は愛莉ちゃんが会いたくない人って知ってますか?」
「姫野の?いや、悪いが知らないな」
「なら、蓮見先輩は知っていると思いますか?」
静かに首を振る玖珂先輩。それは蓮見先輩も知らないだろうと言っているんだ。
「アンタに教えてないなら晃樹も知らないと思うな。多分、姫野が隠したいことなんだろ」
「そうですよね……」
はぁと息を吐き、足元を見る。
私は愛莉姫の力になれないのだろうか。もっといっぱい頼ってほしいのに。でも、隠したいことはあるというのは分かる。分かるけど、一人で抱え込まないで頼ってほしい。
頭に乗っていた玖珂先輩の手が優しく髪を梳くように頭を撫でた。見上げれば、玖珂先輩が優しく微笑んでいる。
「アンタはアンタに出来ることをすればいい。アンタは何をしたい、姫野をどうしたいんだ?」
「私は…愛莉ちゃんが元気で楽しんでいるのが好き」
「なら、そうなるように頑張ることだな」
心がホッと息を吐いた。安心という言葉が染み込むようにスッと心に入り込む。
玖珂先輩といると安心する。それがどんなに嬉しいことなのか、きっと玖珂先輩は知らない。
「私、頑張ります!」
「あぁ」
そこまで話すわけでもない。でも、その空間にいることで安心する。
怖いと思っていた玖珂先輩は優しいんだ。それさえ分かるともういい。
「やっぱり、玖珂先輩は優しいんですね!」
「さぁな」
フッと意地悪な笑みを浮かべたと思ったら、がしがしと私の髪をめちゃくちゃにする。
これ以上、ひどくされたら帰りの電車の中で笑いものだ。必死に玖珂先輩の手を頭から離そうとする。
「ちょ、玖珂先輩!」
やっと玖珂先輩の手を掴んだと思ったら、もう片手ででこピンをされる。
玖珂先輩の顔は悪戯が成功した子どものような顔で笑っていた。
「アンタは本当にバカだ」
「くっ…子どものような悪戯するなんて、玖珂先輩は子どもです!」
「そう言い返すアンタが子どもだな」
余裕な笑みで私を見下ろす玖珂先輩をキッと睨み付ける。だが、玖珂先輩は余裕な笑みを浮かべたままだ。
「…っ、玖珂先輩も子どもです!」
「そうだ、オレは子どもだ。だから、甘やかしてくれよ」
「…えっ?」
何を言われたのか分からないまま玖珂先輩を見上げていたら、腕を引っ張られる。よろめいた私をそのまま自分の胸に抱き寄せた。
「え、ちょっ…玖珂先輩っ!」
心臓が激しくバクバクと鳴り響く。
胸を押すが、所詮は女の力には男には適わない。だから願うしかない。この心臓の音がどうか聞こえないようにと。
「なんてな。冗談だ」
私を自分から離し、またしても悪戯成功という顔で笑う。
「冗談の度がすぎてますよ!」
私の必死の言葉に玖珂先輩はフッと笑みを零すだけだった。