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過去の夢、現実の今

 夢を見る。決まって懐かしい夢を見る時は彼が出てくる。その夢の彼は今みたいに笑わない。怒っているか、悲しんでいるかのどっちかしか夢の中では表情を表さない。

 今、見ている夢の彼は怒っている。今にも泣きそうなほど顔を歪ませて怒っていた。


『いつもヘラヘラと笑いやがって、自分が誰からも愛せされるとか思っているわけか?』

『思ってない!』

『思ってるだろう!自分が幸せだから他人に幸せを分ける?はっ、偽善者ぶるのもいい加減にしろよ。綺麗な人間なんかいるわけないんだ』


 ダンッと勢いよく壁に体を押しやられ、背中がじんじんと痺れるように痛い。それでも私は真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。

 彼は私にとって家族みたいなものだ。そんな彼が何かを子どものように求めている。欲しい、欲しいとだだをこねている。

 私はその何かを知っている。知っているから、彼に渡してあげたい。だって、彼は私の大切な家族だ。


『おれは…俺は!父親が憎いんだ…幸せそうに微笑んでいる家族が憎いんだよ!どうして、俺なんだ…どうして、俺が産まれてきたんだ』


 私の肩を力いっぱい掴み、揺さぶりながら彼は泣いていた。いいや、頬を流れるものは涙じゃない降り続けている雨だ。そう分かるのに私はそっと彼の頬を濡らすものを指で拭う。


『嫌いなんだよ。なんで、いつも海砂は…』

『私は終壱お兄ちゃんのこと嫌いじゃないよ?』

『おれは…嫌いだよ』


 もう一度、彼の頬を優しく撫でると、その手を取られる。初めて、彼と私の手が繋がった。

 そのまま、この大雨の中を歩き続けた。彼が幸せに笑っていられるようにと願いを込めて、行き先も分からずに歩き続けた。




 バッと、飛び起きるように目を覚ました。心臓がバクバクと鳴り響いている。

 時計を見ると、いつも起きている時間より30分早いことが分かった。

 心臓を落ち着かせるために大きく息を吸って吐き出す。それを何度か繰り返していると落ち着きを取り戻した。

 夢の内容がまだ頭にこびりついて忘れられない。

 懐かしい夢だ。あの時の終壱くんは私のことが嫌いだった。何かのきっかけで終壱くんとの距離が縮んだんだ。そう、あの夢のあとに。


「…っ」


 がんがんと鈍器で殴られたような痛みを頭に感じ、何も考えきれない。思い出そうとするたびに思い出すなと心が言っているみたいだ。


「いたい…」


 頭が痛いが少しすれば治るだろうと考え、目覚ましが鳴るまでの間は寝ようと思った。


 目覚ましが鳴って起きると頭の痛みも消えていて、学校に行くための準備をする。

 着替えたり、朝食を食べたりして家を出る。電車に乗って、降りて、玖珂先輩との待ち合わせのところに行く。

 見慣れた赤髪が見え、ホッと息を吐いた。最近は玖珂先輩を見ると安心してしまう。


「玖珂先輩、おはようございます!」

「あぁ、おはよ」


 小走りで駆け寄って元気よく挨拶をすれば、玖珂先輩は口元を緩めて挨拶を返してくれる。これが最近の私の楽しみなのだ。

 初めて会った時はこんな風に挨拶を交わせることはないと思っていた。だから余計に嬉しいのだろう。


「なに笑ってんだよ」

「うっ」


 知らず知らずの内に笑っていたらほっぺたを引っ張られる。痛い、痛いと訴えるが玖珂先輩は楽しそうに笑っていた。

 あの日から、玖珂先輩の様子が少しおかしくなった時から何となくだが頬を抓ったりとか、そういうことが多くなった気がする。その所為で、落ち着かない気分になる。


「アンタ……何かあったのか?」

「えっ?」


 玖珂先輩は私の目元らへんを優しく指で撫でた。

 どうして分かったのだろう。私は普段はあまり見ない過去の夢を見た。それのおかげで頭も痛くなったし、あまりいい記憶でもなかった。

 少しだけ落ち込んでいる私を励まそうとしているのか、頭を何度かポンポンと叩くように撫でる。それが玖珂先輩の不器用な優しさだと分かると、自分の口元が緩んだ。


「玖珂先輩は優しいんですね!」

「……」


 ギロッと睨まれて、若干うろたえてしまうが気にしては駄目だ。

 玖珂先輩は本当は優しいんだ。優しくなかったら、愛莉姫の恋の応援なんてしないし、蓮見先輩の冗談にも付き合ってない。それに、未だになぜかは分からないが私を駅まで送り迎えしてくれはしないだろう。


「照れ屋なんですかね?」

「いい加減、黙れ」


 蓮見先輩を殴るより力を弱めて私の頭を叩く。少し痛いが、蓮見先輩はいつも痛い思いをしても笑っていると思うとマゾなのかと疑問に思ってしまった。この謎は永遠に知らなくてもいいと心の中に閉じ込める。


「いや~、蓮見先輩の気持ちが少し分かったかもしれません」

「それは良かったな」


 蓮見先輩の冗談みたいな本気みたいな言葉は玖珂先輩が本気で怒らないと分かっていて言っているのだろう。流石は親友同士だ。何も言わずに伝わるとか?


「アンタ、変なことを考えてないだろうな」

「うぇ?何も考えてないですよ?」


 首を傾げ、玖珂先輩を見上げる。深いため息を吐き出し、私を見下ろす。

 フッと笑みを零した玖珂先輩に笑い返すと何だか心が温かくなってくる。ぽかぽかと肌寒くなってきている季節なのに温かい。


 夢を見た記憶は既に過去のものとなり、忘れていく。

 季節はもうすぐ、合同文化祭がある11月になろうとしていた。


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