揺れる心に触れる指
会長と不思議な会話をしてから数日。玖珂先輩の様子がどことなくおかしい気がする。
あの時の会長が「陸翔が嫌がることがしたい」などと言っていたが本当にしてしまったのではないかと疑っている。
駅への帰り道。ちらちらと何度も玖珂先輩を見るが、やっぱり何かがおかしい。
こんなに私が見ているのに私の方を全く気にしていないというわけではない。その逆だ。私の方をよく気にしていて、気が付けば視線を感じていた。
「どうしたんですか?」
「………なんでもねぇよ」
フイッと顔を背ける。不機嫌というわけではないみたいなので逆に気になった。
でも私もよく玖珂先輩が不機嫌なのか、そうでもないのか分かるようになったな。そんなことを考えては首を振った。
きっとそれは長く玖珂先輩と一緒にいたからであって、私が彼のことを気にしているからではない。だけど、本当は気にしていることを認めろと囁いている自分もいる。
けれど、それは裏切りではないのか?
「いやいや、なんの裏切りだよ…」
自分で自分の心で言った言葉につっこんだ。
玖珂先輩は「なんだ?」というような目で私を見たと思ったが、すぐにため息を吐き出して、顔を背ける。
さっきから玖珂先輩が私に向ける視線の意味に気付いた。玖珂先輩は私に対して何かを言いたいんだ。ジッと私を見て、口を開いたがすぐに閉じるの繰り返し。
「玖珂先輩!言いたいことがあるなら言ってください!」
一瞬だけ驚いた表情で私の目を見たあと、目線を下に向ける。足元を見るというのではない。ほんの少しだけ目線が下になったのだ。
通学路の途中で立ち止まった私達だが、それを邪魔だと思う人はここにはいない。私達だけしか、ここにはいないんだ。
ジッと何かを言おうと口を開いた玖珂先輩だが、何かを話す前に口を閉じる。これはさっきまでの玖珂先輩と同じだが、今回は口を閉じたあとに手を伸ばした。
私の頬を撫でたと思ったが、その手の親指で唇を拭うように触る。
「く、が…くがせんぱい?」
いつもの玖珂先輩は絶対にしないだろうなと思うことをやっている。しかも、無表情でだ。まだ意地悪な笑みだったら、からかわれていると分かるのに、なぜなんも顔に表情を出してないんだ。
戸惑ってしまうのに微かに鼓動が速くなっていくのが分かる。気付かれないように必死で心臓を落ち着かせそうとするが、もう遅い気がした。
「アンタは……」
「…えっ?」
玖珂先輩の声が私の気のせいかもしれないがどことなく震えていた気がした。
聞いてはいけない、だけど知りたい。そんなことを揺れる瞳が語っているようだ。
いつの間にか、唇から指は離れている。それが寂しいなんて思ってはいけない気がするのに、そう思うことはいけないことなのか。
「はぁ…らしくねぇな。碓氷の言葉一つでここまでとは…」
「やっぱり会長から何かされたんですか!」
がしがしと自分の髪を掻く玖珂先輩に詰め寄ると「あぁ」と短い肯定の言葉。
会長はやっぱり、玖珂先輩の嫌がることをしたのか。だからこんなに玖珂先輩が変なんだ。
そう納得し、嫌がらせだけでここまで動揺するということはそんだけその嫌がらせが辛かったんだと思った。
玖珂先輩の手を取り、両手で包み込む。驚いて目を丸くさせるが気にするものか。
「玖珂先輩、大丈夫です!会長に嫌がらせされても私が助けます!玖珂先輩が私を助けたみたいに!」
「はっ?」
何言ってんだよ、と玖珂先輩の目が語っているが私はそれをスルーする。
玖珂先輩が変なだとおかしいと思っていたころにもやもやとした気持ちはきっと私が彼を助けたいと思ったからだ。玖珂先輩を気にしているのは助けてもらったお礼が出来てないからだ。
どこかずれていると言われる私の思考回路を止めるものはここにはいない。
「会長に何をされても何を言われても、玖珂先輩は私が守るのでご心配なく!」
「いや、アンタ…何を言ってんだ?」
残念な人を見るような目で私を見たあとに玖珂先輩は声を出して笑い始めた。「なんか、どうでもよくなってきたな」と呟く玖珂先輩の顔は晴れやかだ。
「そうです!会長の嫌がらせなんかどうでもいいんですよ!」
「あぁ、そうだな」
握っていた玖珂先輩の手が私の手を握り返した。
握っていない方の手で私の頭を何度か撫でるように叩いた。
「アンタはきっと、いつまでもバカなままなんだな」
フッと、さっきまでとは全く違う人を馬鹿にした笑みで私を見る。何かを言い返そうと思ったが、今は慰めていた最中だ。
「私の広い心でその言葉は聞かなかったことにしますね」と言ったら頭を叩かれた。
だが、それが玖珂先輩の笑いを誘い、さっきよりも声を上げて笑い出す。それが嬉しくて、私も笑い出した。
今日の空は雲一つない澄んだ青空だった。