だから、君を諦めることにした
碓氷悠真視点
碓氷悠真は雨が降り続ける空をガラス越しで見上げた。フッと笑みを零して、これでよかったのだと自分に言い聞かせる。
『まず、私は会長のことは好きでもないし嫌いでもないです。恋愛感情とか持ち合わせてないですのでご心配なく』
あの日、裏庭に訪れた悠真はこの言葉を聞いた。紛れもなく彼女自身の言葉だった。
彼女の他にも生徒会の子が二人いたが、それよりも彼女の言葉が気になった。
言葉を聞いた時に無性に笑いがこみ上げてきた。あぁ、彼女は自分のことなんか眼中になかったか、と。悲しくなる心とは反対になぜか吹っ切れたようにスッキリした。
それにさっき彼女に会ったが、声をかけるまで自分に気付くことなく空を見上げていた表情に何とも言えなくなる。彼女の表情を見ていれば何となくだが誰のことを考えているか分かった。
その人の名前を出すと彼女自身は気付いてないと思うが無意識にピクッと反応するところが微笑ましい。
廊下の突き当たりを曲がり、階段の近くに彼女に会う前に少しだけ話をした玖珂陸翔が壁に背中を預けていた。悠真が近くに行くと、瞑っていた目をゆっくりと開ける。
その時、悠真は彼女のところに行く前の陸翔の言葉を思い出していた。
『碓氷、アイツは向こうにいる。だが、忘れるなよな。あいつが嫌がらせの対象になったのはアンタの所為だ…オレはアンタなんかにアイツを渡すことはしない』
目線だけで人を殺せるんじゃないと思わせるほどに陸翔は悠真を睨んでいた。
オレンジの瞳からは燃える炎が見え、自分にはない激情を羨ましいと思う。それと同時に負けたのかという気持ちが悠真の心の中を占めた。
『私は君みたいな激情は持ち合わせてないな』
陸翔は真っ直ぐで自分の気持ちに正直だ。そこが羨ましいとずっと前から悠真は思っていた。
ふと思い出した出来事に笑いがこみ上げて、笑い声を漏らした。そうすれば、陸翔は眉をひそめ、険しい顔立ちで悠真を見る。
「……変なことはしてないだろうな」
「クッ…今日はしてないが?」
今日は、のところに反応する陸翔に爽やかに微笑んでみせた。
さっきよりも更に睨みをきかせるが、悠真は笑顔を崩さずにいられた。なにせ、悠真は彼女に言った通りに「陸翔が嫌がること」をしたいのだ。そうでもしないとやってられない。
「私は彼女のファーストキスを貰っている」
「……っ」
微かに息をのむ音が聞こえ、ますます笑みを深める。
信じるか、信じないか。炎のように揺れる瞳が見極めていた。
もう少しだけでも自分に夢を見させてほしい。彼女がどんなに自分に興味がなくても、すぐに陸翔と彼女がどうこうなるのは見ていて辛いものがある。だから、あと少しだけでいい。
もう少しだけ、彼女と陸翔の仲を近付けたくない。それが悠真の嫌がらせだった。そして、最後の悪足掻きだ。
「陸翔がうまくやれることを願っていてやろうか?」
「……いらん」
でも、これが本当に嫌がらせになっているのかは悠真にもよく分からなかった。
でも、陸翔が怒っていることは確かなのでそれでいいかと思っていた。