失敗と後悔
いろいろと急展開です。多分…
ぴろりんっと可愛げのないメールを告げる着信が鳴り響く。
差出人の名前を確認すると桐島先輩だった。簡単な操作でメールを開き、用件を確認する。
内容は、今度の連休にデートをしようというものだった。今度の連休とはゴールデンウィークのことだ。
予定は入ってないので簡単に「分かりました」と返信すると、すぐにメールが来た。「連休後はテストも近いし、図書館デートにしようね」と、返信がくる。
「意外だ…先輩って図書館っていうイメージがないのに」
確実に失礼に値することを呟きながらメールの返信をした。
それから、何通かやり取りをして予定を決めていった。
そして、ついにゴールデンウィークに入り、先輩との予定日になってしまった。
待ち合わせ場所は図書館が見える公園だ。待ち合わせ時間までまだあったので、そこでボケーッとしていたら、見覚えのある桃色の髪が揺れた。
え、と驚いていると普段は下ろしている桃色の髪は高い位置で結ばれていて、手には重そうなバッグを持っている、ラフな格好をした愛莉姫が図書館へと入っていった。
休日に愛莉姫を見れるとは!と、興奮して身を乗り出して図書館をガン見していたら、肩を軽く叩かれた。ビクゥッと体は反応して、持っていたバッグが手から落ちる。
「あっ」
「ふふっ、本当に君は世話が焼けるね。可愛い」
肩を叩いた張本人ーー桐島先輩は私のバッグを拾い上げてくれた。
「あ、ありがとうございます」
受け取ろうと手を伸ばしたが、ヒョイッとかわされた。
「えっ?」
「持ってあげるよ。勉強道具が入ってるから重いでしょ?」
「大丈夫です!」
「君が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないの。大人しく俺を頼っときなさい、ね?」
「はぁ…」
会話中でもバッグを取ろうと頑張ったが、ことごとくかわされ、半ば諦めモードで返事をする。
私が諦めたことが分かると、先輩は悪戯っ子が悪戯成功したという笑顔を見せた。
「じゃあ、行こ…あっ」
行こう、と言いかけた言葉を途中で止め、驚いた表情を見せる先輩に私は嫌な予感を感じた。
もしや、女子の先輩方か!
先輩が見つめているところに視線を向けると、視線の先に居るのは先輩方ではない。暗めの茶色の髪をした長身のイケメンだ。
どっかで見覚えあるなー、と目を凝らして見ると、担任の柳葉先生だった。
「まじかよ…なんで、あいつが居るんだよ。ありえねぇだろ」
おや?先輩の口が悪くなりました。
小さい呟き声は全て私の耳に届いていることに先輩は気付いてないみたいだ。なにせ、先輩の全神経は先生の方へといっているのだから。
先生は私達に気付かず、図書館の中へと入っていった。
「ちっ、よりによって図書館かよ」
先生を見ていた時は苦虫を噛み潰したかのような表情をしていたが、先生が図書館に消えてからハッと何かを思い出したかのように私を見る。
困ったらとにかく笑え、とでも言いつけがあるのだろうか。先輩は爽やかな笑みを浮かべる。
「違う図書館に行こっか」
「嫌です」
「即答だねぇ」
即答して何がいけないのだろうか。
私は先生が図書館に入る前に愛莉姫が入って行くのを見てたんだ。もしかしたら、イベントが見れるかもしれない。それなのに、どうしてその萌え要素の詰まった図書館から離れなければならないのか不思議でたまらない。
「と、いうことで行きますか!」
「……やけに元気だね」
「先輩はやけに疲れてますね?柳葉先生と何かありましたか?」
「…いや、ただ好きじゃないだけだよ」
「そうですか」
何も知らないように言い放ったけど、本当は二人がどういう関係なのかはゲーム知識で少しだけ知っている。
二人は親戚同士で家が近い。因みに桐島先輩の父方の親戚だ。
親戚というのはいろいろあるみたいで、桐島先輩はいつも柳葉先生と比べられていたみたいだ。昔から真面目で頭が良くて教師となった柳葉先生に、女子と常に一緒に居るタラシの桐島先輩。
親戚は桐島先輩のことをあまりよく思ってないらしい。なにせ、桐島先輩の母親がホステスをやってたみたいで、それが原因の一つらしい。
まぁ、詳しくはゲーム本編にも出てなかったので重要なことではないと思う。それか、私が忘れているかのどっちかだ。
ただ、桐島先輩は柳葉先生のことが嫌いってだけの話だ。
「さぁ、行きましょうか!」
「本当、元気だね」
先輩を引きずる形で図書館へと入る。目指すは愛莉姫のところだ。
愛莉姫を見つけた私は物陰に潜んで様子を窺う。先輩が変な目で見てきたが、何故か一緒に隠れて様子を見ている。
愛莉姫は勉強をしているみたいだ。教科書と参考書を交互に見ながら、ノートに書き込んでいる。
そんな愛莉姫に近付く影。そう柳葉先生だ。先生は愛莉姫のノートを覗き込んだ。
それに気付いた愛莉姫はバッと顔を上げる。
「先生?」
「熱心だな」
「はい」
愛莉姫は小さく頷き、備え付けの時計で時間を確認すると、席を立ち上がった。
「先生、私はこれで」
「あぁ、勉強頑張れよ」
「はい、失礼します」
一礼してから愛莉姫は先生の前から居なくなり、最終的には図書館から居なくなった。
普通そこは、勉強教えてあげるというイベントではないのか。不思議に思い、首を傾げているとパチッと先生と目が合った。
隣で先輩が「ちっ」と舌打ちが聞こえた気がしたが、この際スルーだ。
「東堂と…奏汰じゃないか。どうしたんだ?」
「どうって、見て分かんないのかよ。デートですよ、デート」
やけに先輩の言い方には棘がある。いつもの先輩の口調とは大分違う。
「柳葉先生も楽しんでましたよね?生徒と…」
「はっ?」
「女子生徒のノートを覗くなんて、下心ありすぎなのでは?」
「奏汰…何言ってんだ」
「さぁ?」
ピリピリとした雰囲気が流れる。私が近く居るということを二人は忘れている絶対に。
こんな息苦しいところを脱出したいのに、なぜか桐島先輩に手を掴まれて逃げれない。
冷や汗を流しながら、二人を交互に見る。どっちもかなりご立腹みたい。
「奏汰…言いたいことがあるなら、言え」
「別にありませんよ。まぁ、一つだけ言うならさっさと出て行って下さい。俺の目に映らないところに」
「ちょっと、先輩っ」
さっきのは言い過ぎだと思う。
図書館は公共の場だ。先生が来ても先輩が何かを言う権利はない。
それにこれは私が悪い。先輩はこうなることを予想して場所を変えようと言ってきたのに、私が拒否した所為だ。
先輩を止めなればならない。そう思って口を開いたのに、先輩は傷付いた瞳で私を睨んだ。
勢いよく、掴んでいた私の手を振り払う。
「あ、先輩‥?」
「どいつもこいつも、結局は伊吹かよ!君は…!くっそ」
「奏汰っ!」
桐島先輩は乱暴な仕草で図書館を出て行った。一瞬追いかけようとした柳葉先生は私の姿を見るなり、追いかけることを止めた。
床に落ちた先輩が持っていた私のバッグを拾い、先生は私に渡してくる。お礼を言いながらそれを受け取った。
「悪いな、俺の所為で」
「いえ、違います。私が悪いんです。先生の所為じゃないです」
「そんなに自分を追いつめんな」
本当に私は馬鹿だった。
イベントだと嬉しくなり、自分だけが楽しんでいた。
ここはゲームの世界ではなく、現実なんだ。何で人が傷付くのか、ちゃんと考えてなかった。
「まぁ、あいつは難しい奴だからな。あまり気にすんなって」
「それでも…」
先生は小さくため息を零して、図書館を出るように促した。
図書館を出て、公園の適当なベンチに座る。そこら辺で買った缶ジュースを貰い、それを両手で包み込みながら先生を見つめた。
「だから、あんまり気にすんな」
「だって…」
下を向くと、ポンッと頭に手が乗っけられた。
「はぁ、お前が泣きそうなのに俺には何も出来ないのか…」
先生は小さく何かを呟いたが、私には聞こえなかった。
首を傾げて先生を見上げると、優しく微笑まれて何だかホッとする。
「とにかく、お前はもう帰れ。あいつも気がすんだなら、自分から謝ってくるだろう。それまではそっとしといてやれ」
「はい…」
「ん、いい子いい子」
そう言う先生の顔は何だか先輩に似ていた。
「先生、いろいろとありがとうございます」
「構わない。あいつは俺の親戚だしな、それにお前は俺の生徒だろ?生徒を助けるのは教師の仕事だ」
そうだろ?と笑みを浮かべる先生に笑い返した。
ゲームでは重要なことではないかもしれない。それでも、現実ではその些細なことが重大なことになることもある。
当たり前のことを胸に刻み、私は複雑な気持ちのまま連休を終えた。