ファンと我慢の限界
体育祭が終わってから私にいろいろなことが起こっている。理由は何となく分かっているが本当にその通りなのかは分からない。
騒がしい廊下を一人で歩いているとすれ違い様に耳元で何かを呟かれた。バッと後ろを振り返ってもそこには友達と楽しくお喋りをする人達しかいない。
だが、確かに私は聞いた。大人しめの綺麗な女子の声であの言葉を呟いたのだ。
『呪われろ』
怖いわ!と内心で叫んだが表向きは何も顔には表れてないのだろう。廊下にいた人達も私のことなんかは気にしてないみたいだし。
それよりも「呪われろ」とか凄い。そんなことを言う人もいるものだと尊敬してしまう。
だが、これで最近の不思議なことは私の思っていた通りということになる。
シャーペンが床に落ちていたり、鞄が違う人の机に置かれていたり、プリントが自分の分だけ足りなかったり、靴が片方だけどこかにいっていたり。一つ一つはショボいがこれが立て続けに起こると流石に苛つく。
「うん、分かった」
これでハッキリとした。今は苛々よりもスッキリしている。
そうこれは会長ファンによる私に対する嫌がらせだ。理由は体育祭で会長に膝を付かせたこと。
会長ファンは桐島先輩が好きな女子とは違い、表立って活動することはない。陰でやるのが多いのだろう。大人しめの美人が多いらしいが、陰でやるというのは駄目だと思う。桐島先輩が好きな先輩方は直接的に私を攻撃してきたというのに。
「直接こいよ…」
はぁ、と最近はよく吐くようになったため息を零して、小声で呟いた。
せめて、私に嫌がらせをする会長ファンが誰かというのが分かればいいのに。
放課後。玖珂先輩との下校の前に先生に運ぶように頼まれたファイルを運んでいる最中に床が滑りやすくて転けてしまった。転けた時に手に持っていたファイルが窓から落ちてしまった。
窓を覗き込んで場所を確認する。すぐに階段で下に行き、ファイルが落ちたであろうところでファイルを探した。
ファイルを見つけ、拾おうとしゃがみ込んだ。
「おい、アンタ!」
やけに聞き覚えのある焦った声が聞こえたと思ったら、庇うように抱き込まれた。
バサァァという音が聞こえ、体の一部が濡れた感触がする。
「チッ…逃げたか」
頭上で声が聞こえる。声の持ち主は私を離し、頭をポンポンと叩いた。
顔を上げれば、思っていた通りの人だ。
「玖珂先輩…」
玖珂先輩は全身が濡れていて、片手でぺっしゃんこになった前髪を掻きあげる。
玖珂先輩の目が校舎を見ていることから、水が上からかけられたことを知る。きっと私に対する嫌がらせだ。それを玖珂先輩が庇ってくれた。
勢いよく頭を下げ「ありがとうございます!」と言うと、フッと笑われた気がした。
「あの、寒くないですか?」
「いや」
「せめて、着替えるまでこれで拭いてください」
ポケットからハンカチを取り出し、玖珂先輩の手に握らせる。ジッとハンカチを見たと思ったら、濡れている私の髪をハンカチが拭いた。
玖珂先輩が庇ってくれたおかげで私はあまり濡れてない。だから玖珂先輩が、という風に言ったが彼は聞いてはくれなかった。
体育祭が過ぎ、10月に入って少しずつ肌寒くなってきているのに、申し訳ない。私だけ拭くなんて。
「オレはあと家に帰るだけだから」
「じゃあ、今日は別に帰りましょう」
「いや、駅まで送る」
「だったら着替えを…」
必要ない、というように玖珂先輩は私の腕を掴んで歩き出す。玖珂先輩の手には私が頼まれたファイルがあり、本当に申し訳なさでいっぱいになる。
ファイルを運び終え、生徒玄関で靴に履き替える。
少しずつだが自然乾燥で玖珂先輩の制服が乾いてきた。でも、それが危ない。風邪引かなければいいなと心の中で何度も祈る。
「本当に大丈夫なんですか?」
「あぁ」
小さく頷いたがヒューと風が吹く。濡れている体ではいくらまだ冬ではないといっても寒いはずだ。しかも、今は夕方。段々と寒くなってくる季節の夕方は昼間よりも肌寒くなってくる。
心配で見上げていたら、玖珂先輩が安心させるように笑う。気を使われているのだ。
少しだけ温かくなりますように、と玖珂先輩の手を包む込むように握る。
「アンタは……」
驚くかな?と思ったが、違ったらしい。玖珂先輩は呆れた顔をしたと思ったら、困ったように微笑んだ。
私の手を離そうとはしないので、嫌ではないのだろう。それとも本当は寒くて温かさが欲しかったのだろうか。
「玖珂先輩、ありがとうございます」
再度お礼を言うと「気にすんな」と言われる。だが、私は気にしてしまう。
私が嫌がらせを受けるだけならまだ我慢出来ただろう。出来たのだが、私を庇った人がいるという事実で私は我慢なんて出来るわけない。その人が庇ってくれたおかげで私に何もなく、その人に何かがあるとか嫌だ。
それに会長が膝を付いただけで嫌がらせとはどういうことなのだろうか。会長ファンだったら「膝を付く会長も格好いい」と言わなければいけないだろう。実際、様になっていたし。
まぁ、嫌がらせをする会長ファンは会長が絶対に一位じゃないと駄目という人達だと思う。
「私、決めました!」
嫌がらせをした会長ファンを探し出す。確実に、と意気込むと玖珂先輩が自身の頭を抱えてため息を吐いた。
「くれぐれも変なことはすんなよな」
そんな玖珂先輩の呆れ声は私には聞こえなかった。