体育祭と持久走と本音
体育祭が始まりました。
行進、開会式も終わり、今はプログラムの最初らへんだ。
私は暇なので、もうすぐ始まる持久走を近くで見ようと思い、ゴール付近に行く。ゴールした時に真っ先に駆けつけられるから。
持久走には愛莉姫が出る。そして、玖珂先輩も出るらしい。らしいというのは本人に聞いたわけではないからだ。
先に女子が800メートル走り、男子が1500メートル走る。しかも、リレー形式でするみたいだ。といっても女子から男子にバトンパスするだけだが。
それに持久走は得点が高い。優勝を狙うなら、ここは取っときたいところだ。なので、持久走は本気で一位を目指す人がいっぱいいる。
「あれ、東堂チャン?」
「え、あ…蓮見先輩」
ゴール付近にいた私に気付いたのは、同じくゴール付近に一人でいた蓮見先輩だ。
「蓮見先輩も持久走を見にきたんですか?」
「陸翔と愛莉チャンを見に来たんだよ。そういう東堂チャンも?」
「そうですね」
蓮見先輩の言葉にやっぱり玖珂先輩も出るんだと納得する。玖珂先輩は運動神経がいいので体育祭は活躍すると愛莉姫に聞いたので楽しみだ。
それに愛莉姫も運動が出来る。違う団だが愛莉姫が一位でバトンパスをしてくれることを応援している。
「聞いてほしいことがあるんだ。聞いてくれる?」
「なんですか?」
目線は次ある持久走の方に向け、蓮見先輩はいつもの笑顔ではなく無表情に近い顔をしていた。横顔なのでよくは分からないが、そんな顔をしている。
そのことは追及せずに私も蓮見先輩と同じようにグランドに目線を向けた。
「……愛莉チャンって不思議だよね」
体育祭のみんなの声援でかき消されるのではないかと思うほどに小さく囁かれた声が耳に残る。
愛莉チャンは不思議だよね、とは疑問系ではない。私の答えを必要としていない。蓮見先輩はただ聞いてほしいんだ。
何も答えない私に気分を害するわけではない様子なので私が思ったことは正しかった。
「眩しいんだよ、愛莉チャンは。あと陸翔も悠真も陽輝も眩しすぎるんだ」
でもやっぱり、愛莉チャンが一番眩しいよ。そんなことを呟き、私の方を向く気配がした。
私も蓮見先輩の方を向くと、彼は笑っていた。泣きそうなほど顔を歪ませて、笑っていた。
丁度その時、持久走が始まったピストルが鳴る音が聞こえたが、それがどこか遠くから聞こえた気がした。
「昔から陸翔と悠真の関係が羨ましかった。そして、学校でも人気者の実の弟の陽輝のことが羨ましかった。どうして、この三人は眩しいのだろうと何度も考えた。この三人は特別なのだと、だけど自分は特別ではないのだと気付かされた時は愕然としたよ」
話し出す蓮見先輩の言葉に口を挟むことはせずに聞きに徹する。
この人がどんな思いでいたかなんて、私はゲームをしてても知ることはなかった。それは彼がサブキャラであって、攻略キャラじゃないからだ。
だけど、ここは現実。彼の気持ちを知ってもいいんだ。私に話すことで少しでも楽になったらいい。
「あの時までは三人が特別と思ってた。だけど、違ったんだね。特別なのは愛莉チャンであって、三人はさしずめ姫を守るナイトなんだね」
「羨ましいよ、本当に」と、そう言い放つ蓮見先輩の目線は走っている愛莉姫を追っていた。
「蓮見先輩は愛莉ちゃんが羨ましいんですか?それとも、玖珂先輩や会長や蓮見くんが羨ましいんですか?」
「……さぁ、どっちでしょう?」
クスクスと笑いながらも、蓮見先輩は未だに愛莉姫を目で追っている。それが何だかもどかしい。
「じゃあ、蓮見先輩が玖珂先輩になれたらどうします?」
「……さっきからボクが悩んでるところを言ってくるね…東堂チャンは」
私の質問に答える気がない蓮見先輩は誤魔化しながら、笑う。寂しそうに笑った。
前に愛莉姫が蓮見先輩のことが好きと分かった時に玖珂先輩から「意外に察しがいいな」と言われた通りかもしれない。
私は一つだけ気付いたことがあった。それは多分、私しか気付かないことだと思う。玖珂先輩も愛莉姫もきっと気付かない。だって、二人の前ではうまく隠しているから。私も今日、蓮見先輩と話さなかったら気付かなかった。
「蓮見先輩は愛莉ちゃんのことが好きなんですね」
肯定も否定もせずに蓮見先輩はただ微笑んだ。それはさっきのような寂しそうな笑いではなく、穏やかに微笑んでいた。
蓮見先輩は前まで円城寺先輩のことが好きだったと思っていた。だが、それは本当に恋だったのだろうか。
グランドに目線を向ければ、愛莉姫が黄団の男子にバトンをパスしていた。
「ボクってズルいんだよ」
「そうですね」
「えっ、そこ肯定しちゃう?東堂チャンは手厳しいなぁ」
ズルい、だけでは私も同じようなものだと思ったが、それは言わなかった。だって、私はズルいから。
グランドでは玖珂先輩がトップで走っているのが見える。心の中で応援しながら、蓮見先輩を見た。
「まぁ、ボクは陸翔と悠真がとにかく羨ましかったんだよ。だからかな、麗奈が気になったんだ。彼女がボクと付き合ったら、二人のところに追い付くかなって…不純な動機だったんだ」
「自分で自分を幻滅したよ」とため息を吐き出す。
だが、蓮見先輩が言いたいことは分かる気がする。玖珂先輩と会長は仲が良かった。今は仲が悪いけど、互いにライバルだと意識している。その二人の親友としているのはつらいものがある。
輝かしい二人に追い付きたいという気持ちも分かる。
「だからさ、愛莉チャンに会ったときに思い知っちゃって。あぁ、この子は純粋に恋をするのかってね」
「…愛莉ちゃんは一途ですもんね」
「そうだね、そこらへんは陸翔に似てる。陸翔も一途だしね」
「玖珂先輩も…」
ふと玖珂先輩を目で追ってしまう。真剣に走る姿は普段の意地悪な感じとは違い、胸が締め付けられる。
この胸の締め付けを誤魔化すように目を閉じてから、息を吐いた。
「……それよりも蓮見先輩は愛莉ちゃんの気持ち知ってたんですか?」
「え、あぁ…うん、そうだね」
珍しく歯切れが悪い。
愛莉姫は結構に分かりやすかったから本人にバレていても不思議ではないけど納得がいかない。両思いなのに蓮見先輩に動きがないことに。
私が睨んでいることに気付いたのだろう。すぐに蓮見先輩は「自信がないんだよ」と言った。
「愛莉チャンは眩しいから、誰にでも愛される。ボクのこともいつかは好きじゃなくなって、本当に愛莉チャンのことを大切にする人のところに行くかもしれない」
自虐的に笑う蓮見先輩に「そんなことないですよ!」なんて言えなかった。
タイミングよく、玖珂先輩が一位でゴールテープを切った。