青空と変化する心
登下校を共にする玖珂先輩との下校中。一緒に愛莉姫と蓮見先輩もいる。
愛莉姫はさっきから何か聞きたそうな顔で私をチラチラと見るので、声をかける。
「あー、あのね」と言いづらそうに口ごもりながらも、私を見ては玖珂先輩を視界に入れる。
「ねぇ、東堂チャン?」
「はい、なんですか?」
いつもと違い、今日はだんまりを決め込んでいた蓮見先輩が口を開いた。
蓮見先輩の方を向くと自然に玖珂先輩も視界に入れることになる。因みに今日は私と愛莉姫が前を歩き、後ろに玖珂先輩と蓮見先輩が並ぶ形だ。
視界に入った玖珂先輩は何だかあまり機嫌が良さそうではない。むしろ、私を凄い目つきで睨んでいる。
「晃樹先輩…聞くんですか?」
「うん、こんな面白いことは聞くしかないでしょ!」
「そうですね!」
意気投合している二人は手を叩き合い、そろって私の方を向いた。
「ねぇ、東堂チャンが悠真と二人三脚出るってホント?」
「えっ!?なんで、知ってるんですか?」
「やっぱり出るんだー!」
なんで知っているのだろうか。私は現実逃避がしたくて誰にも言っていないのに。
そう考えるが、私は一つだけ見落としていたことがあった。それは千尋ちゃんの存在だ。きっと彼女が愛莉姫に言ったのだろう。
ふと視界に入った玖珂先輩がフイッと私から顔を逸らした。
「あぁ~、陸翔クンが拗ねちゃったよ。これは大変だね、頑張って!」
「頑張ってね!」
「えっ、ちょっと…二人とも!」
大変機嫌が悪い玖珂先輩を残し、愛莉姫と蓮見先輩は行ってしまった。
私は玖珂先輩を見上げるが、彼は私を見ようとしない。何をしたのか、心当たりがない。無自覚が一番怖いというのに。
「あの…私、何かしましたか?」
やっとこっちを見た玖珂先輩は眉を寄せ「何かした、か」と呟いた。
私を見下ろす玖珂先輩の瞳は火傷してしまいそうなほど燃えている。触ったら熱くはないとわかるのだが、火傷しそうなのだ。
「アンタが同じ団だったら、と何度思ったことか」
「…へっ?」
「無自覚、鈍感が一番酷いって知っているか?」
無自覚、鈍感が一番酷い。確かにそうかもしれない。
知らず知らずの内に私は玖珂先輩を傷付けていた。
もっと大人にならなければ。そう考えること自体が子どもぽいと思われるだろう。
「そうですね、無自覚っていけませんよね…」
玖珂先輩の顔を見ることが出来ずに顔を逸らして言葉を紡ぐ。深いため息が頭上から聞こえたが、私は見上げることはしなかった。
「アンタが言うなよ」
ほんの小さな囁きが耳に入ってきたが、その言葉は私からの答えなんてほしいわけではない。
だけど、どうしても玖珂先輩がどんな表情をしているのか気になってバレないように彼を見る。玖珂先輩はまだ明るい空を見上げ、穏やかに微笑んでいた。
「なぁ、どうして上手くいかねぇんだろうな」
「それは思います。どうして、ここにいるんだろうってのも思います」
時々、ふとした瞬間に何かを忘れている気がして、どうして忘れてここにいるんだろう。そう思う日が多くなった。
忘れていることは重要なことだったかもしれないし、違うかもしれない。
「玖珂先輩は何かを忘れていることってありますか?」
「……いろいろあるだろ」
「そうですよね…」
玖珂先輩が見ている空を私も見たくなって、顔を上げた。太陽がギラギラと光り続け、眩しい。
雲一つない蒼天は、決して大雨なんかに似ても似つかないのに繋がってしまう。
「雨…嫌いです」
なんでそう言ったのかわからないが確かにそう思った。
空から玖珂先輩に視線を向ければ、彼も私を見ていた。
あぁ、玖珂先輩は太陽みたいなんだな、と赤い髪にオレンジの瞳を見てそう思う。
「オレも雨は好きじゃないな」
同じだな、と子どもぽく笑う。そんな玖珂先輩を初めて見た気がする。
少しずつだけど、最初のころより確かに玖珂先輩と仲良くなれている。それって、凄く嬉しいことではないか。
心臓らへんが温かくなっていく。外は暑いのに、それが心地がいいというように。
「玖珂先輩は太陽ですね!」
「…はぁ、アンタは何が言いたいんだ」
秘密です、と笑えば、乱暴に頭を撫でられて髪がぐしゃぐしゃになる。
もう少しだけ、雨が降らずに青空が続けばいいのに。空で輝いている太陽を見ながら願った。
「明日も晴れるといいですね」
「そうだな」
意味もない会話だけど、それが心地いいとか、そんなことばっかりを考えていた。