似合う、似合わない
今日は愛莉姫からお誘いを受けてデザートを食べにいくことになりました。
どこの店に行くかは教えてくれなかったが、なんとなく分かる気がする。きっと愛莉姫は玖珂先輩がバイトをしているところに行くんだろうなと想像が出来た。
因みに、琴葉ちゃんも誘ったのだが、華道の展覧会が体育祭が終わった次の週にあるので忙しいみたいだ。蓮見くんも初めての展覧会で意気込んでいると聞いた。
蓮見くんは華道をしている姿なんて想像出来ないがなんとなくだが似合いそう。それでも、蓮見くんは運動をしている方が想像しやすい。
華道だけをやっているわけではなく、蓮見くんはバスケ部にも入っている。華道がある時は部活を休んでいるみたい。
我が高校のバスケ部は仲良し部活で有名で練習はちゃんとするが、勉強の合間に体を動かして楽しんでるという表現の方が正しい。蓮見くんが部活を休んでも、仲良しだし、もともと人懐っこい蓮見くんは仲間外れにはされてないらしい。むしろ、凄くが付くほど仲が良い。
「やっほー、海砂ちゃん!」
「あっ、愛莉ちゃん、やっほー!」
いろいろと考えていたら待ち合わせのところに着いてたみたいだ。
同じぐらいの時間に着いた愛莉姫。側に行くと、手を握られて笑顔で「じゃあ、行こうね」と言われる。
「今日はどこに行くの?」
「ふっふーん。前に行ったところだよ!今日は晃樹先輩もいるの」
「ほうほう、なるほど」
今日は前に行った玖珂先輩がバイトをしているところで蓮見先輩もいるということか。だから、愛莉姫は行こうとしたのか。
納得した私は頷きながら、愛莉姫の表情を見る。もともと白い肌は薄くピンク色に染まり、妙な色気を醸し出していた。
こんな乙女の表情をしていたら、ナンパされるんじゃないのか。心配で私は周りにいる男を睨み付けて威嚇した。
二人で仲良く歩いたら、店に着いた。店には大きく看板があり「フェア中」と書かれていた。
なんのフェアかを見る前に愛莉姫に手を引かれ、店の中に入った。
中に入って、私は唖然とした。
店の中はこの前と異なり、綺麗なレースや可愛らしいぬいぐるみなどが置かれてあり、いかにも女子向けの店になっていた。
なによりも一度驚いたのが、店員さんの格好だ。燕尾服を着て、手は白い手袋。髪の毛は人それぞれだが、癖がある人の大体は髪をワックスで押さえつけている。
「お帰りなさいませ、愛莉お嬢様。こちらへどうぞ」
爽やかに笑い、左手を腹部に当て綺麗に礼をしたあと、女性をエスコースするように手を差し伸べる蓮見先輩。その手を嬉しそうに取り、愛莉姫は私を見て微笑んだ。
蓮見先輩も私を視界に入れて微笑み、自分の後ろの方に視線を移した。
蓮見先輩の視線を追いかけるようにそこを見れば、燕尾服を着た玖珂先輩がいる。前髪を後ろにやり、髪の毛を押さえつけている玖珂先輩はフレームが細い眼鏡をかけている。
執事姿の玖珂先輩を一体誰が想像出来たのだろうか。こんなに似合っているということを。
固まった私に気付いた玖珂先輩は困ったように笑みを浮かべ、礼をする。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「こちらへ」と手を取られ、愛莉姫の向かい側の椅子を引かれ、座らせられる。
私は玖珂先輩を視界に入れながら、ふと考えてしまった。もし、燕尾服をスーツに換え、眼鏡をサングラスに換えたらと。
それでも似合うが、いや執事姿より似合う気がする。だが、それではアレではないか。
「マフィアみたい…」
ぶっっ!と吹き出す音が愛莉姫の注文を取っている蓮見先輩の口から出た。口を必死に手で覆い、笑いを堪えていた。ぷるぷると震えながら、目線で私に「ナイス、東堂チャン!」と訴えている。
愛莉姫も笑いを我慢しているみたいで、必死に玖珂先輩を視界に入れないようにしていた。
私は申し訳なくて、ごめんなさいという意味を込めて玖珂先輩を見れば睨まれた。思いっきり、睨まれた。
ビクッと肩が跳ねるが、玖珂先輩はそんなのを気にしない様子で私を睨んだあとにどこかに消えてしまった。注文を取らずに行ってしまった。
蓮見先輩に視線を移すが、彼は笑みを浮かべながら玖珂先輩のあとを付いて行ってしまった。
「海砂ちゃんナイスすぎるよ」
「アレはちょっと考え事していて…。ところで、今日ここに来た理由って」
よくぞ聞いてくれました!と言いたげにパァと笑顔になり「執事フェア中だよ!」と言った。
執事フェアは人気みたいで、席はほぼ満席に近い。ここはイケメンの店員さんが多いので、それ目当てに来ているのだろう。
それにここのケーキは美味しい。ケーキといえば、私の注文はどうなったのか知りたくなった。
ケーキ食べたい。今日はチョコの気分だ。
そう思っていると蓮見先輩が愛莉姫の注文の品を持ってきた。その後ろに玖珂先輩がいるのを見つけた。
「お待たせいたしました、お嬢様。今日は…」
ケーキを置き、愛莉姫に話しかける。二人の姿を微笑みながら見つめていたら、目の前にケーキが置かれる。
ケーキはガトーショコラで、私が食べたいと思っていたチョコ系のケーキだ。嬉しくなり「ありがとうございます!」と笑顔になる。
「お嬢様が何を食べたいと思っていらっしゃるのか、私には分かってしまうのですよ」
「えっ…玖珂先輩?」
「先輩ではありません。今だけは貴女の執事でございます。どうぞ、陸翔とお呼び下さい」
「ふぇ!?」
執事フェア中だから敬語なのは分かる。分かるのだが、まさか玖珂先輩がそんなことを言うのか想像もしなかった。私の中の玖珂先輩は先生にもタメ口の印象しかなかったのに。実際は先生と話している玖珂先輩を見たことはないのだが。
「お嬢様、どうかなされましたか?」
「いえいえいえ!なんでもありません!」
顔を覗き込もうとするので、ぶんぶんと思いっきり首を振った。
私の反応に満足した玖珂先輩は、いつものように意地悪な笑みを浮かべた。
さっきまでの敬語の玖珂先輩は似合っていたが、やっぱりスーツとサングラスをかけてその笑みを見せてほしい。執事姿のままだと鬼畜な執事になりそうだ。
「やっぱり、玖珂先輩はマフィアが似合います…」
ポツリと心の中で呟いたと思った言葉だったが声に出たみたいだ。
ぶはっ!と本日二回目の吹き出す蓮見先輩だ。ぷるぷるとさっきよりも震えが大きい。
執事姿のまま笑いを堪えている蓮見先輩も執事は似合わないなと心の中で今度こそ呟いた。
「アンタ……」
怒るより呆れのため息を吐いた。
言ったのが私だが、申し訳なくて「ごめんなさい」と囁くように呟く。
そんな私を見て何を思ったのか、玖珂先輩は私の頭を優しく撫でる。優しく頭をなでるとか珍しい行動に、目を見開いて玖珂先輩を見つめる。
手を離し、何も言わずに玖珂先輩は仕事に戻っていった。
そのとき、愛莉姫と蓮見先輩がにやにやと私達を見ていたことはあとから知った事実だ。