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我が自宅での出来事

 いつも通りと思いたくはないが、もはや日常化してしまった玖珂先輩との登下校四日目の金曜日。一緒に駅まで歩く。

 四日目にして分かったことがある。玖珂先輩はいつも私の斜め前を歩き、時々チラッと後ろを向く。私が付いて来ているか確認しているのだ。

 言葉や行動は乱暴なのに、そんな風に優しくされると嬉しくなる。自分って、なんて単純なんだ。

 にこにことしていたら、後ろを向いた玖珂先輩の眉が寄る。目だけで語っている「なに、笑ってんだ」と。

 それに対して更ににこにこと笑っていたら、玖珂先輩はため息を吐いた。


「気持ち悪いな」

「なっ、ひどいですよ!玖珂先輩は悪魔です!」

「……そういえば、アンタは酷くされた方が嬉しいんだったな」


 燃えるようなオレンジの瞳が私を射抜く。ビクッと体が跳ねて、玖珂先輩の瞳を見てられなくなり、目を逸らす。

 いつの間にか、斜め前を歩いていた玖珂先輩が隣に来ていた。

 手を伸ばし、私の頭を掴む。グッと手に力を込める。


「いたい、です…ひどいです」


 いきなりの痛さにうっすらと涙が溜まる。涙目のまま玖珂先輩を見上げると手を離してくれた。

 私を見つめ、玖珂先輩は指で私の涙を掬う。

 玖珂先輩の行動に驚き、後ろに一歩下がる。そんな私を見て、玖珂先輩は何もなかったように歩き出した。

 後ろ姿を追いかけるように歩き出すが、胸がキュッと締め付けられるように痛い。

 後ろを振り返ってほしい。その挑発的に燃える綺麗なオレンジの瞳に私を映し出してほしい。

 そんなキャラじゃないのに、私はそんなことを考えてしまった。馬鹿らしいと思っていても、考えてしまった。



 それからは何も話さずに、駅に着いて別れてしまった。

 電車に乗り、ゆらゆらと揺られる。四駅ほどで降りるところに着く。

 電車を降りて、家へと急いだ。

 家に着いた私は「ただいま~」と言うと「おかえり」とお母さんがにこにこしながら迎えてくれた。普段は玄関まで来ないのにどうしたのだろうか?

 首を傾げていると「さっさと着替えて来なさい」と言われたので、そうすることにした。

 動きやすい服装に着替えるとご飯の準備をしているお母さんに近付く。いつもより夕飯の材料が豪華な気がする。


「ほら、海砂も手伝って」

「はーい」


 手伝えとはめったに言わないのに今日は珍しい。そう思いながらも何も言わずに夕飯の準備をしていく。

 料理は出来ないことはないと思う。昔から何かと私の手料理を食べたがる兄の所為で作れるようにはなった。自分では味はよく分からないが、不味くはないはずだ。

 最近、蓮見先輩の言葉を信じるなら私を心配?して登下校を一緒にしている玖珂先輩にお礼で弁当でも作ろうかな。


「はっ!?何を考えているんだ!」


 お母さんが変な目で私を見てきたが、この際スルーだ。

 私は何を考えていたんだ。馬鹿じゃないのか。玖珂先輩に弁当を作る?なにそれ、絶対迷惑に決まっている。

 お礼で、って何のお礼ですか!玖珂先輩が一緒に帰る理由は分からないんだ。玖珂先輩も「気にすんな」って言ってたし。

 それに、私はなんでこんなにも玖珂先輩のことを考えているのだろうか?

 初めてのことで戸惑いが生じた。


 しばらくすると玄関のドアが開く音と「ただいま~」という声が聞こえ、私はお母さんを見る。にっこりと頷くお母さんにあとは任せて、私は玄関に走った。

 聞こえてきた声は紛れもないお兄ちゃんの声だ。まさか帰ってくるとは思いもしなかった。

 さっきまでもやもやした気持ちも少しだけすっきりとする。考えすぎはよくないし。

 玄関に向かうと、そこにはお兄ちゃんともう一人予想外の人が居た。その予想外の人に向かって私はドンッと抱き付いた。


「終壱くんっ!」

「海砂、お邪魔するよ」

「海砂ちゃんはおれよりも終壱さんを取るの!」

「おかえり、お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんに向かってにっこりと笑みを浮かべれば「可愛いよぉー!」と後ろからぎゅうぎゅうと抱き締められる。

 前からは終壱くん、後ろからはお兄ちゃんに抱き締められながら自分は幸せ者だと実感する。

 だけど、当たり前のことだが、お兄ちゃんや終壱くんに抱き締められても胸がドキドキと高鳴ることはなかった。

 ぐりぐりと終壱くんの胸に顔をうずめると「どうしたんだ?」と優しく髪を梳くように撫でてくれた。それに顔をうずめたまま、首を振ると柔らかい声色で笑われる。


「終壱さんばっかりずるいなぁ」

「ふっ、負け惜しみか?」

「海砂ちゃん!おれに抱き付いて!」


 お兄ちゃんの声に反応して顔を上げると、両手をバッと広げているお兄ちゃんが居た。

 私はお兄ちゃんを変なものを見るような目で見れば、終壱くんが私を離し背中を押す。


「さぁ、あんなのは置いて行こうか」

「うん」


 終壱くんの言葉に頷くとお兄ちゃんがわざとらしく泣き真似をする。

 さっきのは冗談の度が過ぎたかなぁと思い、お兄ちゃんの頭をよしよしと撫でる。


「文化祭が楽しみだよ」


 思い出したように言葉を言う終壱くんに頭を撫でていた手が止まる。

 そうだ。今年はお兄ちゃんと終壱くんの高校と合同文化祭なのだ。準備期間中や文化祭当日も二人に会う機会が増える。

 本当なら素直に喜びたいことだが、二人は学校ではモテると聞いた。特に終壱くんは学校一のモテ男で、風紀委員長だ。

 そんな人に気軽に話しかけていいものなのだろうか。しかも、私は終壱くんを見ると抱き付いてしまう人物だ。絶対にダメだろ。せめて、この癖だけはしないようにしなければ。

 私が考えている分かったのか、終壱くんは私の頭を撫でる。お兄ちゃんも私を心配そうにのぞき込んでいた。


「海砂はいつも通りでいいんだよ」

「うん…」


 分かっている。いつも通りでいいというのは。

 だけど、私は抱き付く癖はどうにかしようと思った。いきなり、学校一のモテ男に抱き付く女子って何だよって思うだろう。ずっと終壱くんのことが好きな女子からしてみれば、いとこだろうと嫌だろうし。

 私はもう終壱くんに抱き付かない。そう心に決めたのだった。無理かもしれないとやる前からそう思ってしまうが、出来るだけ抱き付かないようにしよう。


 お母さんが作っていた豪華なご飯は家に終壱くんが来るからだったらしい。お兄ちゃんが帰ってくるだけなら、こんな豪華なものは作らないと言っていた。

 夕飯をお父さんお母さん、お兄ちゃんに終壱くんと一緒に食べる。

 夕飯を食べ終えたら、お母さんが片付けをしている間に風呂に入れと言われたので終壱くんに勧めたら、隣に居たお兄ちゃんが「一緒に入る?」と私に聞いてきたので全力でお断りをした。お兄ちゃんの本気にしか聞こえない冗談にのって終壱くんまで「一緒に入ろうか?」と言ってきたのにはびっくりした。

 そんなことで金曜日の夜が過ぎようとしていた。


「そういえば、海砂は前に会った時より変わったね」

「変わった?」


 終壱くんの言葉に首を傾げると、肯定された。

 今は私の部屋で終壱くんと二人きりだ。お兄ちゃんはお母さんからいろいろと手伝わされている。


「凄く…綺麗になった」

「んー?それはいつも言ってるような身内贔屓だよ!」


 優しく頬を撫でながら「身内、ね」と終壱くんは小さく呟いた。

 私は小さく呟いた言葉の意味を聞き返そうとした時にお兄ちゃんが部屋にやってきて、聞くことは出来なかった。


 お兄ちゃんと終壱くんは一日しか家に居なくて、土曜日には学校に帰って行ってしまった。


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