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未だに続く不思議な行動

 私は電車に揺られながら、大きくあくびをした。昨日の玖珂先輩の所為で寝れず、ずっと考え事をしてた。

 「明日の八時にちゃんとここに来いよ」という言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。どういうつもりでそう言ったのか分からないが、玖珂先輩は確かにそう言ったのだ。

 昨日のことを思い出すと、その言葉と不思議な行動に意味が分からなくなって、変なことを考えてしまう。握られた手は大きくて、夏で暑いというのに心地よかったとか。抱き締められた時の胸の厚さを意識してしまったとか。前までは気付かなかったが、いい匂いがしたとか。頭を叩く時に手加減をして、私が痛くないようにしてくれたとか。


「あぁもうっ、なに考えてるの!」


 電車の中に居た人達が一斉に変な目で私を見たが、気にすることはない。それよりも、大変なのだ。

 暴走気味の脳内を落ち着かせるために、大きく息を吸って吐き出す。

 それを何度か繰り返していると、着いてしまった。そう、降りる駅に着いてしまった。いつもより、短く感じた電車の旅は終わりを告げたのだった。

 電車から降りた私は、昨日玖珂先輩と別れた場所にスローペースで向かう。何度も足が止まっては、心の中で自分を叱りつける。

 気持ちを切り替えるように、あることを考える。玖珂先輩は私を困らせるために、あの言葉を言ったのだ。本当は来るわけない。きっと、あの場所には来ない。

 そう思うと心が少しだけ軽くなるが、同時に悲しくなるのはなぜなのだろうか。

 矛盾している心に気付かなかったことにして、勇気を振り絞ってあの場所へ行く。そして、あの場所に行く前に私の足が完全に止まった。

 数十メートル先に居る赤い髪の玖珂先輩を発見したからだ。玖珂先輩はあの場所に居て、きっと私を待っている。

 人が多い駅でもはっきりと分かるのは、玖珂先輩の髪が目立つからだ。そう自分に言い訳をして、私は誰にも気付かれないように赤い頬を隠した。

 いつまでも、ここに突っ立っとくわけにはいかないので、ゆっくりと歩き出す。

 近付くと玖珂先輩は私が来たことが分かり、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「お、おはよう…ございます」


 語尾が段々と小さくなったのは言うまでもない。

 多分、最後まで聞こえてなかったと思うのに、玖珂先輩は「あぁ、おはよう」と返してくれた。


「おおお、おはようございます!」

「さっきも言っただろ…」

「すみません…」


 玖珂先輩が「おはよう」と返してくれるなんて思わなかったんだ。驚いてまた挨拶をしてしまうだろ。

 はぁ、と玖珂先輩はため息を一つ吐いて、私の鞄を奪い取った。取り返そうと手を伸ばすが、高いところに鞄を持っていかれたので届かない。

 んー!と力いっぱいに背伸びをしたら、フッと笑みを零され、小さく頭を叩かれる。


「ほら、行くぞ。遅刻したいのか?」

「はっ!そうでした!」


 時間を確認すると八時十分だ。今からだとギリギリセーフだ。

 既に歩き出している玖珂先輩の後ろを追いかけながら学校へ行く。学校に行く間も玖珂先輩から鞄を取り返そうとしたが、全て失敗に終わった。

 学校の下駄箱に着いたら鞄を返してくれたのでお礼を言うと不機嫌そうな顔をされた。

 別れ際に「放課後はここで待ってる」と言われ、私は驚いた声をあげるとうるさかったのか、玖珂先輩は眉をひそめた。

 その場に佇んでいる私に「遅刻するぞ」と言って、玖珂先輩は自分の教室に行ってしまった。私も急いで、階段を駆け上がり、教室のドアを開けた。ギリギリ遅刻しなかった。

 自分の席に着くと、クラスメイトの視線が痛い気がする。なぜだろう、何かしたっけ?と考えていると重大なことを思い出した。本当はずっと忘れていたいことだ。

 それは、昨日の放課後のことだ。玖珂先輩が教室に来て、しかも教室の前の廊下で私を抱き締めたのだった。そのことを思い出すと、顔が熱い。夏だから熱いとかそんなものではない。日光に当たるより熱くなっていると思う。多分、いや確実に私の顔は赤くなっている。

 赤い顔を隠すように、腕を枕にして寝に入る。きっと、先生が来るまでには熱は引くだろう。

 やけに長く感じたHRが終わると、にやにやしている愛莉姫が近付いてきた。


「お熱いですねぇ~、海砂ちゃん!」


 愛莉姫のやけに嬉しそうな声にみんなが反応して、私を取り囲んだ。

 そのあとの私は授業が始まるまでみんなから質問責めをされていた。こんなにも授業を待ち望んだことは過去にない。


 やっと一日が終わり、私は凄くぐったりとしていた。疲れた、もうお家に帰って寝たい、と何度思ったことか。

 私はクラスメイトを振り切って下駄箱に向かうと、生徒玄関の外に玖珂先輩が居ることが分かった。急いで靴に履き替え、玖珂先輩のところに行く。


「ヤッホー、東堂チャン?」

「あ、蓮見先輩。こんにちは」

「ふっふーん。噂になってるよ、陸翔との関係が!」

「えっ!?」


 一年だけではなく三年でも噂になっているというのか。流石は、学校一の問題児である玖珂先輩だ。噂になるのも早い。

 妙に納得したように頷いていると、パコッと叩かれた。自分の鞄で私の頭を玖珂先輩が叩いたみたいだ。

 その様子を蓮見先輩がにやにやして見てるので、勢いよく玖珂先輩から叩かれていた。


「陸翔クンったら、照れ隠しだね~。本当は東堂チャンが心配だったから、一緒に帰ってるのに」

「…黙れ」

「えぇ~、黙らないよ?東堂チャンには本当のことを言ってあげる!」

「余計なことをするな」


 蓮見先輩はまた叩かれて、流石に何かを話そうとする気力はないみたいだ。

 頭をさすっている蓮見先輩をあとから来た愛莉姫に引き渡して、玖珂先輩は私に近付く。

 鞄を取ろうとする仕草を見せたので、サッと鞄を隠す。自分で持ちます!と目力で訴えると鞄を取ろうとか、そういうことはしなかった。

 その代わりに、ポンッと頭の上に手が乗る。


「アンタは何も気にすんな」


 時々見せる優しい笑顔に、私は何も言えなくなった。

 本当は聞きたいことがいろいろある。なんで、一緒に登下校するんですか?蓮見先輩が言った通りなら、なんで私を心配するんですか?などと聞きたかった。

 だけど、そんな優しい笑顔を見せられたら、そんな質問が聞けなくなってしまう。代わりに、変な質問が私の頭をよぎった。

 なんで、私に優しくするんですか?


「……帰るぞ」


 頭に乗っけている手でポンポンと叩くように撫で、手が離れる。離れる手を目で追えば、玖珂先輩が困ったように笑った気がした。


「玖珂先輩…その」

「なんだ?」

「ありがとう、ございます…」


 なんでお礼を言ったのか分からないが、何かを言いたかったからかもしれない。

 小さく呟いたお礼は確かに玖珂先輩に聞こえていたみたいで、フッと笑われた。


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