不思議な行動
昨日が始業式であった。そして、今日は課題テスト最終日であったのだが、いまいちの出来だ。終わったからいいとしよう。
帰りのHRが終わり、自分の席で帰りの準備をしていた。その時だった。クラスの廊下がざわめきたつ。「ねぇ、あれって」や「おい、やばいだろ」などと言った言葉が聞こえてくる。
不思議に思ったが、私の席は廊下より窓の方が近い。席からは廊下を覗くことは出来ない。
帰る時に騒ぎの原因を見ればいいかと思い、鞄の中に今日使った教科書を入れていく。
帰りの準備が終わったので、席を立った。机の上に置いた鞄を取ろうとしたら、その数秒前に大きな手が私の鞄を取る。
「へ?」
意味が分からずに机を凝視すると、加減した力で頭を叩かれた。「こっちだ」とため息混じりの声にハッとしたように、上を向く。
私の鞄と自分の鞄を持っている玖珂先輩がそこに居た。なんで居るんだろう、と首を傾げたら鞄を持ってない方の手でガシッと腕を掴まれる。
「帰るぞ」
「え、はい?」
私を引きずるように歩くので、私はただ玖珂先輩に付いて行くしかなかった。
こそこそと私達を見て話し出すクラスメイトに気付かされる。廊下が騒がしかったのは玖珂先輩が来たからだということに。
玖珂先輩は学校で問題のある生徒として有名である。一年生でもすぐに噂になった。目が合って睨まれたら逃げろと言われている玖珂先輩のことを。
そんな有名な先輩が一年のところに来るなんて、みんなが騒ぐ気持ちが分かる。
みんなの注目の的だな、とチラッと上を見ると整った顔がある。きっと、注目されているのは問題児というだけではないのだろう。
私の視線を感じたのか、玖珂先輩は私の方を見て、そのあとに周りを見てため息を吐く。ため息を吐くぐらいなら一年の教室に来なければ良かったと思う。
しかも、私に何の用なのか。何かしたかな?
「…見てんじゃねぇ」
グイッと腕を引っ張られたと思ったら、玖珂先輩の胸に倒れ込む。軽々と私を受け止めた玖珂先輩がフッと笑みを浮かべた。
やけに静かになったと思った。鞄が床に落ちる音だけがその場に響き渡る。
ただ、私は玖珂先輩の腕の中で彼の胸に顔を埋めるだけしか出来なかった。
「行くぞ」
私を自身から離し、右手を握り締める。空いた手で鞄を拾い、玖珂先輩は歩き出した。早歩きだったため、私は足が絡まらないようにするために小走りで玖珂先輩のあとを付いて行く。
玄関に着いたら手を離してくれたが、鞄は返してもらえなかった。理由を聞くと「逃げるだろ」と言われた。今更、どこに行けと言うのだろうか。教室に戻ったら玖珂先輩とのことを質問されるに決まってる。なら、帰るしかない。
私は素早く靴に履き替える。同様に靴に履き替えた玖珂先輩が私を見たあとに歩き出したので、付いて行くしかない。今度は手を掴まれてない。
「玖珂先輩…あの、なんでですか?」
なんで一年の教室に来て、私を連れ出したのですか?という意味で言葉を発した。
少し前を歩いていた玖珂先輩の歩みが止まり、驚いたように私の方を振り返る。驚いた玖珂先輩とか珍しいと思った。
玖珂先輩は私に近付き、手を取った。え?と自分の手を見れば、手が握られている。
「あ、あの…玖珂先輩?」
出来れば手を離してほしい。自分で歩けるから手を離してほしかった。
しかも、私の問いかけに答えてもらってない。手を握られた今ではそんなことはどうでもいい。手を離してくれれば。
元から暑い夏の季節なのに、繋がれた手から更に気温が上昇しているみたいだった。
「え、その…玖珂先輩?なんで…」
「少しは黙れ」
私を睨むように見たあとに、前だけを向いて歩く。私もそのあとは何も言わずに無言で歩き続けた。
玖珂先輩に連れられてたどり着いた先は、いつも使っている駅だった。
駅に何の用なのだろうと不思議そうに玖珂先輩を見れば、ため息を吐かれた。
「アンタは電車通学じゃないのか?」
「そうですけど…」
なぜ、玖珂先輩がそのことを知っているのだろうか。私は一度も電車通学とは言ってない。
しかも、私が電車通学としても玖珂先輩が駅に来るのはどういうことなのか。不思議でたまらない。
ますます首を傾げると、弱く頭を叩かれた。特に痛くもなかったが条件反射で「いたい」と呟けば、鋭い目つきで射抜かれた。
「はぁ…まぁ、いいか。ほら」
「えっ、おっと!」
ほら、と投げられた鞄をキャッチする。いきなりだったが、ちゃんと取れたことを褒めてほしい。などと、どうでもいいことを考えた。
「朝は何時に、ここに来るんだ?」
「はい?」
「……何時だ」
さっさと答えろ、と無言の圧力が私にのしかかる。答えないと命がない!とそう思った私はいつもの朝の行動を振り返る。
八時半に学校が始まる。いつも学校にはギリギリ十分前に着いている。駅から学校までは基本は歩いて二十分だ。
「駅には八時ぐらいに着いてます!」
「そうか。なら、明日の八時にちゃんとここに来いよ」
「は、はい!」
有無を言わせない言葉に、つい返事をしてしまった。返事をしたあとに、ん?と言われたことを振り返る。
「明日の八時にちゃんとここに来いよ」と言われた。そう言われた。もしかしたら私の聞き間違いかもしれないが確かに言われた気がする。
「おい、聞き間違いとか思うなよ?」
「な、なんと!聞き間違いじゃないんですか?」
「…当たり前だ」
ペシッと額を叩かれる。
叩かれた額をさすりながら、下から玖珂先輩を見上げる。不機嫌そうな表情をしているのはいつものことだ。
だから、私はますます分からなくなった。玖珂先輩の行動が。
「なんで、ですか?」
「さっきからアンタはその言葉しか言ってないな」
「すみません…です」
鋭い目つきが更に鋭くなる。
睨まれてビクッと反応してしまう体だが、私は目を逸らさないように玖珂先輩のオレンジの瞳を見つめた。
目は逸らした方が負けだ。その言葉を信じるように逸らさずに見つめれば、先に玖珂先輩が目を逸らした。
「理由なんてどうでもいいだろ。アンタがちゃんと来れば、オレはどうでもいい」
ぶっきらぼうに言葉を言い放つ。私の返事を待たずに、玖珂先輩はどこかに行ってしまった。多分、帰ったのだろう。
一人残された私は、ただ玖珂先輩の遠くなる背中を見つめていた。
「なんで?」
今日で何回も使った言葉を呟くが、それに答えてくれる声はない。
私は自分が乗る電車が来るまでそこに突っ立っていた。