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優しい先輩

 今日は後期補習最終日で、それもさっき終わった。

 土、日と休んで二学期が始まる。初日は始業式があり、なんと課題テストがあるのだ。しかも二日間も。

 夏休み中にあった宿題と補習内容がテストに出る。


「あぁ~、もう嫌だなぁ」


 テストとか、テストとか、テストとか、憂鬱だ。なくなればいいのに。

 ぐったりという感じで資料室の机に倒れ込む。

 柳葉先生の夏休みに溜まりに溜まったプリントを日々消化していき、それも今日で終わりだ。資料室には初日しか会長が居なかったので楽だったと思う。

 私は気を取り直すために、ペチッと頬を叩く。よしっ!と気合いを入れた。


「ん?」


 近付く足音とドアが開く音が聞こえ、ドアの方を見る。ゆっくりと開き、金色の髪が隙間から見えた。

 私しか居ない資料室に入って来たのは、桐島先輩だった。


「あれ、海砂ちゃん?」

「おはようございます!」

「ふふっ、おはよう。そんな時間ではないけどね」


 昼はとっくに過ぎているので、桐島先輩の言うことは正しい。だが、今日初めて会ったら言いたくなるのが私なのだ。

 ドアを閉めてこちらに来る桐島先輩を観察すると、手には数枚のプリントを持っていた。というと、桐島先輩も誰かの先生に頼まれてプリントをファイルに挟むように言われたのだろう。


「先輩、手伝いましょうか?これでも、ファイルの場所には詳しいんですよ!」

「なら、お願いしようかな?前のお礼ってことで」


 桐島先輩の言葉で思い出す。前に勉強を教えてもらったお礼が出来てなかった。

 あの時のことを思い出して、顔が熱くなる。桐島先輩の顔を見られなくて、プリントに視線を向けた。

 無言でファイルを探していたら、桐島先輩が笑う声が聞こえた。不思議に思って桐島先輩を見ると、彼は私を見て嬉しそうに笑っている。


「ごめんね。ちょっと考え方していて…笑っちゃった」

「あ、いえ…」


 何に対して笑ったのだろうか?

 聞きたいけど聞けないのがもどかしい。

 うずうずしている私を可笑しそうにクスクス笑う。


「海砂ちゃんは俺が来るまで、テストのこと考えてたでしょ?」

「えっ!?」


 なぜ分かったのか。

 驚いて、桐島先輩を凝視すると「なんとなくね」と言われた。

 ファイルを探す手が自然に止まる。桐島先輩もプリントをひらひらとさせ、私の方を見た。


「ここのテストって難しいけど、大学には入りやすいからいいよね」


 そう、この学校は大学に入りやすい。それは、エスカレート式だからだ。

 もちろん、他の大学を受験する人も少なくないし、外部から大学に入ってくる人も多い。

 エスカレート式だからといって気を抜いたらいけない。この学校の大学に行くために、学力調査といって一月末にテストがある。そのテストに合格しなければ大学には入れない。

 まぁ、真面目に授業を受けていれば合格するのだが。


「でも、英語がですね…」

「海砂ちゃんの問題は英語だからね。今度の課題テストも英語が駄目なんだよね?」

「そうなんです…」


 今は大学受験のことを考えるのではなく、目の前の課題テストを考えなければ。

 ふぅと息を吐いて、止めていた手を動かした。


「良かったら、俺が教えるけど?」

「えっ?」


 後ろから声が聞こえたので、バッと勢いよく後ろを向く。すぐ近くに桐島先輩の顔があって、慌てて逸らそうとしたが、両手で顔を挟まれる。

 なぜ、桐島先輩が私の後ろに来たのか。なぜ、私の顔を固定して目を逸らせないようにするのか。分からなかった。


「あ、の…桐島先輩?」

「俺が教えたいんだ。いいよね?」


 更に顔を近付ける桐島先輩から逃げるように体を動かせば、トンッとファイルが置いてある棚に背が当たった。棚に全身を支えさせ、桐島先輩は私に密着する。


「き、きり…しませんぱ、い」

「その顔、反則だよ」


 はぁ、と息を吐く桐島先輩の頬は心なしか少しだけ赤くなっていた。

 私はどうにも出来ずに、ただ必死に桐島先輩を見ないようにギュッと目を閉じる。


「君は何も分かってない」


 小さい声で、こんなに密着してなかったら聞こえてなかったぐらい小さな声で桐島先輩は呟いた。その言葉に心の中で首を傾げたが、現実では未だに頭を固定されているため、動けなかった。

 片手が私から離れ、顔の近くに手を付いたので、顔が更に近くなった気がした。目を開けて確認したいのに、確認するのが怖い。

 今の桐島先輩は私が知ってる彼ではないように感じられたので怖かった。


「海砂ちゃん、目を開けて」


 耳たぶに柔らかい何かが当たる。ぞくぞくと全身が震えるような感覚を感じ、言葉とは逆に強く目を閉じる。ふとした瞬間に目が開かないように。

 離れて!と心の中で強く願った所為か、桐島先輩が何かから引っ張られるように離れた。


「何やってんだ」


 聞き覚えのある怒りを含んだ低い声に泣きそうになる。

 今にでも溢れ出そうな涙をグッと堪えて、私は目を開ける。目の前には、その大きな背を私に向けて、桐島先輩を真っ正面から対峙している赤い髪の生徒が居た。


「くが、せんぱい?」

「あぁ」


 決して後ろを振り向かない玖珂先輩にホッとする。

 あぁ、彼だ。そう思うと凄く安心した。


「海砂ちゃん、ごめん」


 ホッとしていたら、玖珂先輩の隙間から桐島先輩が私を見ていた。申し訳無さそうに桐島先輩の瞳が揺れる。

 それと同時に疑問が浮かんできた。私はさっきの桐島先輩を怖いと思った。今までも、さっきのように近くに居た時もあったというのに、さっきのことを考えると怖いと思った。今まで、どうして怖いと思わなかったのか不思議でたまらない。

 だけど、どうして私は桐島先輩を悲しませているのだろう。


「桐島先輩…すみません」

「………これは、相当キツいかもしれないね」


 微笑んだ桐島先輩は悲しみを耐えている感じだった。

 私は何かをした。それで、桐島先輩を傷付けた。それが分からない私は最低だ。


「一つ聞いていいかな?」

「…はい」

「海砂ちゃんにとって俺はどんな先輩?」


 いつの間にか、玖珂先輩は私の前からどいて私の隣に居る。私が真っ直ぐ向かって、桐島先輩を話せるようにしてくれたのだろう。

 私にとっての桐島先輩は、最初から優しい先輩だ。私に優しくしてくれる先輩だ。


「私にとって桐島先輩は優しい先輩です」


 私はその言葉しか言えなかった。きっとその言葉は桐島先輩を傷付けると思う。だけど、私はそうとしか答えられない。

 「やっぱり…ね」と小さく呟いた声は震えていた。そんな桐島先輩を私は真っ直ぐ見つめるしか出来なかった。


「答えてくれて、ありがとう」

「あ……」

「これからも、優しい先輩として仲良くしてね?」


 にっこりと、悲しさとか感じない笑顔で桐島先輩は笑った。心からの笑みなのだろう。

 私は桐島先輩に応えるように、元気よく笑った。


「はい!こちらこそ、宜しくお願いします!」

「うん」


 近付いて、桐島先輩は私の頭をポンポンと撫でる。

 最後に玖珂先輩を睨んだあとに、桐島先輩は資料室を出て行った。ファイルに挟める途中だったプリントを持って、行ってしまった。


「アンタは、もうちょっと危機感を持て。そして、鈍すぎだ」

「……はい、すみません」

「そんな顔すんな」


 ガシガシという効果音が聞こえてきそうなほど、強く頭を撫でられる。

 髪が凄いことになりそうな勢いだったので慌てて玖珂先輩の手を掴むと、フッと笑みを浮かべられる。


「ひどいです…いじめですよ!」


 下から玖珂先輩を睨んだら、ますます意地悪な笑みを浮かべられ「アンタは元気がいいな」と言われた。

 玖珂先輩は私を元気にさせようとしている。分かりづらいような分かりやすいような玖珂先輩に嬉しくなる。


「玖珂先輩…ありがとうございます」


 玖珂先輩といると安心する。だけど、同時に緊張していた。

 それは、桐島先輩といた時には感じなかったもので、二人は違う人なのだと強く思った。


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