過保護な彼、ハンカチの彼
傍観から大分遠退いています。
桐島先輩のハンカチを濡らしてしまうことをしたのは私なので、ただ洗って返すだけでは駄目だろうと思い、私は今タオル売り場でハンカチを見ている。友達の琴葉ちゃんも一緒だ。
「んー?男の人ってどんな感じのがいいのかな?」
「そうだよね。私、彼氏とか居ないから…海砂ちゃんは?」
「琴葉ちゃんが居ないのに居るわけない!」
きっぱりと断言すると琴葉ちゃんは困ったように笑い「海砂ちゃん可愛いのに」等と呟く声が聞こえた。それに答えるようにぶんぶんと頭を振った。
「私は琴葉ちゃんの方が可愛いと思います!まじで、最高に可愛い!彼女にしたい」
「ありがとう」
照れ笑いをする琴葉ちゃんは最高に可愛かった。
「ハンカチの彼ってどんな人だったの?」
「ん?何かねー、金髪ピアスのタラシ?」
「…そうなの?」
「チャラくはないんだけど、タラシ?周りに女子を侍らせて愛想を振りまいてる男かな?」
ますます分からないと琴葉ちゃんは首を傾げる。
そういう私も彼のことは何て表現すればいいのか分からない。とにかく、彼はタラシなんだと言うしかない。
実際にゲームのイベントスチルに周りを女子に囲まれたものがあった気がする。きっと言ってることは間違ってないだろう。
「そうなんだ。じゃあ、ハンカチの色は明るいのとかがいい?」
「んー?」
随分と時間を使い、決めたのは小さくロゴが入った紺色のハンカチだ。これなら、男の人なら誰でも使える感じだったからだ。
買ったハンカチをラッピングしてもらい、あらかじめ買ってあった袋に洗ったハンカチと一緒に入れる。
「よし完璧!後は、どうやって渡すかだよね」
「名前も学年もクラスも聞いてないんだよね?」
「うん」
実際は名前と学年は分かっている。だけど、本人や他人には聞いてない。全てはゲームの知識だ。
なので、ここは聞いてない、知らないと言っておいた方がいいと考えたのだ。
「まぁ、先生ぐらいに聞いてみるよ。あんな派手な人は先生にも覚えられてるでしょ!」
「そうだといいね」
「うん!」
その後は琴葉ちゃんに付き合ってくれたお礼にカフェで奢り、楽しく談笑して過ごした。
ハンカチを買いに行ってから一日が経ち、先輩に会ってから二日が経った。
さっき帰りのSHRが終わり、今は放課後だ。
終わったすぐに担任の柳葉先生のところに急ぎ、先輩の情報を探る。
「金髪でピアスのタラシな男子生徒か?」
「そうです。多分、先輩だと思います」
「一人思い当たる生徒なら居るが、会うのか?」
「はい。会わなければいけないです」
先生は微妙な顔をして考え始めた。数秒間、考えた後に先生は口を開く。
「俺はお勧めしないぞ」
「はっ?」
先生が言っている意味が分からずに思わず聞き返してしまった。
真剣な表情で私に言い聞かせるように口を開く。
「そいつは止めといた方がいい。後でそいつにその気がないことを知り、泣くのはお前だ」
「えぇっと…え?」
「だから、止めとけ」
念を押してくる先生。
先生よ、何か勘違いしてませんか?私は別に彼を攻略しようとか思いませんから。ハンカチを返すだけだ。深い意味もない。
「先生、誤解です」
「………はっ?」
「だから、誤解です。初めて会った人を好きになるとかないですから…」
「あ、あぁ」
私の言葉に曖昧に頷いたが、きっと誤解は解けてないだろう。そういう表情をしている。
とにかく、先輩が帰るまでに彼のところに行かなければならない。
ゲーム知識で名前と学年は分かっているのだが、先輩が何組なのかは分からない。二年生のクラスを片っ端から当たっていくのだけは勘弁してほしい。
「せんせー、金髪ピアスの人って」
「…ん?あぁ、そうだったな。そいつは多分、二年二組の桐島 奏汰だ。気を付けろよ?」
「えぇまぁ、そうします」
先生はまだ誤解しているみたいだ。さっきから不安そうな瞳で見てくる。
一瞬、誤解を解こうと考えたが誤解を解くのにかなりの時間を必要としそうだ。何度も言うようだが、先輩が帰ってしまう前に私はハンカチを渡さなければならない。
私は曖昧に笑い、二年二組に向けて出発をした。
二年生の教室は一年生の一階下の三階だ。
そこまで行き、丁度二年二組の教室の前にちょっとした人だかりが出来ていた。主に女子生徒だ。
何だろうか、と目を凝らして見ると人だかりの中央に桃色の髪と金色の髪が見えた。確実に愛莉姫と桐島先輩だろう。
イベントか。このタイミングでイベントを見れたことは嬉しいが、桐島先輩の周りに居る女子生徒の顔が怖い。愛莉姫を睨んでいる視線が怖い。よく平常心保てるな、愛莉姫よ。
イベントを見るのは好きだが、ここに下級生が居るのは良くない。愛莉姫を睨んでいる女子の先輩方に睨まれたくない。
私は持っていたハンカチを見つめ、これは桐島先輩が一人の時を狙って渡そうと決心した。
どうせ、私はチキンでメンタル面が弱いですよー!
イベントを見れないことを悔しがりながら、私は階段に急ぎ足で向かい、玄関まで猛スピードで歩いた。
玄関口を出て学校の門を出る。そうしたところで、やっと歩くスピードを緩めた。
「教室は駄目だ。先輩に恨ませる」
もういっそのこと、渡さなくていいかなとも思い始めた。
何せ、女子の先輩方が怖すぎる。先輩方に睨まれたら学校不登校になる。確実になる。
「あぁ…嫌だ嫌だ」
「何が?」
「うぉ!」
いきなり声をかけられて体がビクッと跳ねた。
脅かすなよ、このやろうと睨み付けたら、桐島先輩だった。
とっさに周りを見て、女子の先輩方が居ないことを確認したのは悪いことではないはずだ。
「……桐島先輩?」
「名前バレちゃったね。俺の口から直接言いたかったんだけど、仕方ないね。改めて、桐島 奏汰です。よろしく」
「はぁ、よろしくお願いします?」
「うん。で、君は?」
首を傾げて聞いてくる先輩に答えないのは人として失礼だ。
「東堂です」
「東堂、何ちゃん?」
「……海砂です」
「みさちゃん。海砂ちゃんね、分かった。可愛い名前だね。君によく似合ってるよ」
「はぁ…」
私の名前と可愛いを言ってくる先輩に曖昧に返事を返す。
この人は誰にでも同じことを言っていると思うのでまともに返事をしたら駄目だ。
「ところで海砂ちゃんさ、さっき二年のところ来てたよね?俺の姿を見て居なくなったから、追い掛けてきたんだけど…用事だった?」
用事?あっ、ハンカチ。
先輩の言葉で思い出して、私はカバンに入れたハンカチの入ったラッピング用の袋を出す。それを先輩に渡した。
先輩は渡されたものの中身を覗き、驚いた表情を見せた。
「これ…」
「あの時はありがとうございました。ハンカチは綺麗に洗いました。それにあの時のお礼もかねて買ったハンカチも入れてます。使わなかったら、誰かにあげてください」
「…いや、使うよ。有り難う」
先輩は買ったハンカチを嬉しそうに見つめ、はにかんだ笑みを見せた。
嬉しそうな先輩を見ている分には目の保養だが、これ以上先輩と居ると先輩方が来る予感がする。
目的のハンカチも渡せたのだ。帰ってもいいだろう。
「あの先輩、私はこれで」
「そう、だね。うん、今日は有り難う。また君に会えるかな?」
「へ?」
「ふふっ、そんなに驚かなくても」
「え、いえ」
「君は世話が焼けるからなぁ。俺が居ないと困るんじゃないの?」
えっと、何のことですか?
意味が分からず頭にハテナマークを浮かべていたら、また笑われた。
「じゃあ、今度は俺から君に会いに行くよ。待っててね」
「はっ?」
「じゃあ、またね」
そう言って、先輩は最初に会った時のように手をひらひらと振りながら、校舎へと帰って行った。
私は先輩に言われた「今度は俺から君に会いに行くよ」の言葉を頭の中で何度もリピートした。何度も言葉の意味を確認する。
「これって、先輩方に睨まれてしまうフラグですか?」
それは大変だ。
先生の「気を付けろよ?」の意味がやっと分かった気がした。
それはきっと、桐島先輩自身に気を付けろではなく、先輩の周りに居る女子生徒に気を付けろということだったのだろう。
先生は自分が担当するクラスの生徒には過保護になるんだな。