久しぶりの資料室で
夏休み後期補習が今日から始まった。やっぱりハードな補習だと思う。
合宿以降は見てなかった柳葉先生が凄く懐かしい気がする。そう思うと、無性に先生のお手伝いが懐かしい。
補習が終わったので、先生のところに行く。懐かしいと思うお手伝いをしたくなったからだ。
「せんせー、何か手伝うことありますか?」
「おう、いいところに来たな。ファイルに挟めるプリントが溜まっているぞ」
「おぉー」
先生専用の部屋でプリントを取って、そのまま資料室へと行く。
久しぶりのお手伝いは、凄くいいことをしていると感じられた。そう思う私は、きっといつかパシられそうだ。「焼きそばパン買ってこい」とか言われそう。
変なことを考えながら歩いていると、もう資料室の前まで来てしまった。資料室は電気が付いてるみたいで明るい。
ふと思い出すのは、会長の顔だ。前に何度か、資料室に会長が居たからだ。
流石に今日は居ないだろう。私はゆっくりとドアを開ける。そしてすぐに、閉めた。
「いたよ…」
小さく呟いて、ドアの前でうなだれた。勢いあまってドアを閉めてしまったことを後悔する。
しかも、チラッと見えた会長は椅子に座り、ドアを凝視していたので目が合った。一瞬しか見てないが机の上にはファイルもプリントもなかったと思う。
何のために資料室に居るのか分からない。まさか、資料室が会長の憩いの場ではあるまいし。
「何をやっている?」
「…っっ!?」
いきなりドアが内側から開き、会長が不思議そうに私を見下ろした。
ドアの前でしゃがんでいた私は驚いて飛び上がってしまう。
「わ、わたしは決して、ふ、不審者なのではないのですよ!」
「動揺するのが逆に怪しいと思うが?」
「うっ…」
痛いところを付かれたが、私は決して不審者なのではない。ちゃんとした理由があって資料室に来ている。
不審者のようにキョロキョロとしていたら、フッと笑みを浮かべられる。
「待っていた」
「はい?」
「君が来るのを待っていたと言っている」
「うん?」
待っていた?なぜ、私を待っていたのだと言うのだろうか。
首を傾げ、会長の顔を窺うように見上げる。
少し考える素振りをしてから、会長は私の腕を掴んで、資料室へと入る。ドアを閉め、私を壁と自分で挟めるように手を付く。
「かいちょ!?この態勢は……」
「嫌か?」
「あ、あた、当たり前です!」
「そのわりには、動揺し過ぎだ」
さらりとした青味を帯びた黒髪が揺れる。私を見下ろし、誰もが魅了されてしまう深い紫の瞳に私だけが映し出された。
先日会った桐島先輩をふと思い出してしまう。どうして、会長も桐島先輩も私だけを瞳に映すのか理解出来ない。
戸惑う私をよそに、会長は優しく頬を人差し指の腹でスッと撫でる。
「私は…君を待っていた」
「なん、で?」
聞いてはいけない。そう全身で訴えている。だけど、聞かなければいけない。そう私の心が訴えた。
会長は頬を撫でていた指で唇をなぞる。
「君に逢いたかったからだ」
バクバクと心臓が張り裂けそうなぐらい鼓動する。
息をするのを忘れるぐらい驚いて目を見開く私の唇の形をなぞりながら、目を細めた。
「何か言うことはないのか?」
「え、えっと…わたしに会いたかったんですか?」
「あぁ、逢いたかったな」
片方の手は私が逃げないように壁に付き、もう片方の手は唇や頬を撫でる。
私は自分の状態に付いていけず、ただ会長を見つめていた。
「君は直球に言わないと駄目らしいからな。それとも一度では理解出来ないか?」
「ふぇ!?」
唇を撫でていた指で首を撫でられる。あまりにも驚きすぎて、ビクッと体が跳ねてしまった。
私の反応を見逃すはずもない会長は、何度も撫でまくる。
「いやっ!」
「嫌と言ってるわりには嫌そうには見えないのだが?」
「私が嫌と言えば嫌なんですよっ!」
撫でるのを止めてくれた会長にホッとしつつも睨み付けた。
クックと笑いながら、また私の首筋を撫でた。
「んっ、もう…やめて、ください」
「まぁ、いいだろう。だが、君が首を弱いということを知るのは私だけだ」
耳元で息を吹きかけるように言葉を発する。ビクビクと反応してしまう自分の体が恨めしい。
会長は間違いなく私の反応を楽しんでいる。にやにやといった顔はしてないが、意地悪な笑みを浮かべているのだから。
「うっ、ひどいです…いじめです」
「酷くも虐めてもない。私は君を愛でているんだ」
愛でている、というのは嘘だ。絶対に嘘だと思う。愛でているというのならば、もっと優しくしてほしいものだ。
玩具として愛でているのならば、納得がいくが。
「今日の会長は意地悪です!ひどいです」
「今日の、か。そういう言葉が出るぐらい一緒に居たんだな」
「なっ、なな…何言っているんですか!?」
「なぜ、動揺する?」
この言葉で動揺しない人はいないと思う。あの天下の会長が、あんなことを言ったんだ。
これが現実ではなかったら、言われたのが私でなかったら、萌え死んでいた。
「会長がいけないんです!」
「君は酷いな…人を悪者みたいに扱うなんて」
目を伏せ、寂しそうな会長に心が揺れる。
言い過ぎだ。私はなんで言う言葉を選ばないのか。心底、後悔をする。
「ごめん、なさい…」
しゅんとする私を見て、会長はプルプルと体を震えさせる。
怒らせた?と思い、更に身を縮こまらせる。
「クッ…君は飽きないな」
「えっ?」
「さっきのは冗談だというのを気付けないのか?」
「え、えぇぇ!」
嘘だったのか。嘘だというのか。
会長は未だにクックと笑い続けている。
「もう、いいです…会長が意地悪だということは十分に分かりました」
私は会長を見ないように離れ、ファイルを探そうとした。だが、その時に手からプリントが抜き取られる。
驚いて会長を見れば、さっきと全く違う笑みを浮かべていた。
「なら、今からは優しくしてやろう」
その笑みは、どこまでも優しい笑みだった。
意地悪な会長と優しい会長。これが、前にも感じたギャップ萌えというやつか。
「ファイルを探すのだろう?一緒に探した方が早い」
「あ、その…ありがとうございます」
返事の代わりにプリントを持ってない手で優しく頬を撫でられた。