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図書館で急接近

 ミンミンと蝉が鳴く音を聞きながら、私は図書館に向かっていた。

 もうすぐで夏休み最後の週にある補習が始まる。その前に私は宿題を終わらせないといけない。

 玖珂先輩やお兄ちゃんや終壱くんのおかげで、残り少しとなった宿題を持って図書館に行く。


「あついー」


 コンクリートの焼けるような熱さにくらくらしながら、クーラーが付いた図書館に向かう。私が図書館に向かう理由は家のクーラーが壊れ、宿題が捗らないからだ。


 図書館に着いた私は、適当な椅子に座り、長机の上に宿題を広げる。

 図書館の中はクーラーが付いていて涼しいし、本に囲まれているので勉強するのに快適だ。だけど、私は宿題が捗らない。

 なぜなら、私にこの英語の問題が解けないからだ。あとは英語だけだというのに、その問題の英語がかなり残っているという。


「大丈夫、辞書がある」


 辞書があった時点で文法のやり方が分からないから意味がないのだが。

 ふぅ、と息を吐き出して気分転換に図書館の中を椅子に座ったまま見渡した。


「あ、桐島先輩だ」


 図書館の中では目立つ金色の髪の桐島先輩を発見してしまった。桐島先輩は本棚のところで何かを探しているみたい。

 改めて桐島先輩を見るが、彼は綺麗な金色の髪に瞳は青と黄色が混じったように見える不思議な色合いをしている。自然に人目を惹きつける容姿をしているが、見た印象はチャラ男に見えるのは先入観だからだろうか。

 今日は居ないが、いつもは周りに女子が居るのでそう見えるだけなのかもしれない。それに、私には少しだけだがゲームの記憶もあるからだろう。

 ゲームの時の彼は常に軽そうな言葉に笑みを浮かべていた。だが、現実はそう思わない。タラシだとは思うが、彼は真剣に今を生きている。

 あまりにも桐島先輩を凝視し続けていた所為か、彼はゆっくりとこちらを向いた。私をその瞳に映すと、驚いた表情を見せたあと、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、会えて嬉しいよ」


 私に近付いて、そう言う桐島先輩に微笑む。

 広げていた宿題を見つめる桐島先輩に首を傾げた。


「ここの訳が違うかな。俺で良かったら教えるけど?」

「えっ、いいんですか?」

「いいよ」


 願ってもない申し出だ。

 私は桐島先輩に甘えて英語を教えてもらうことにした。前に経験したが、やっぱり厳しい桐島先輩だ。

 それでも、私一人では絶対に無理だったので正直助かっている。


「ほら、ここはこうして…って、もうこんな時間になっちゃったね」


 隣に座った桐島先輩に教えてもらっていたら、昼になってしまっていたらしい。


「教えてもらったお礼に奢ります!」

「えっ?」

「あっ…すみません。迷惑ですよね、約束があるかもしれないのに…」


 自分から食事に誘う台詞を口走っていたことに気付き、恥ずかしいと思った。顔に全身の熱が集まって、クーラーが付いているのに暑い。

 桐島先輩の顔を見られないので下を向き、手でパタパタと顔を扇ぐ。


「あ、えっと…海砂ちゃん。そのお誘い受けてもいいかな?でも、自分の分は自分で払うけどね」


 バッと勢いよく顔を上げると、隣に座っている桐島先輩の顔が近い。桐島先輩が私の顔を覗き込むように見ていたことが分かる。


「す、すみません…」


 いきなり顔の距離が近くなって目を見開いている桐島先輩に小声で謝り、また下を向く。


「こっちこそ、ごめん」

「いえ…すみません」


 心なしか、声が震えている気がする。

 今までも、顔の距離が近かった時もあった。だけど、あそこまで近くはなかった。

 唇があと少しで触れ合いそうで、息がかかるほど近い距離。遠くから見たら、きっと触れて見える距離に桐島先輩が居た。

 思い出すのは、私だけを映し出す不思議な瞳に、くすぐったくなる息がかかる感触。思い出しては、全身の体温が何度も上がった気がした。


「今日は…暑いですね」


 何か言葉を発しなければならないと思い、口から出た言葉がこんなのだったのでどうかと思う。きっと、桐島先輩も変に思っただろう。


「そうだね。今日は凄く暑い…」

「そうですよね…」


 私の不思議な言葉に同意した桐島先輩をチラッと見ると、彼は私が居る逆の方を向いていた。

 肘を立て、手に顎を乗せている桐島先輩の耳が少しだけ赤くなっている。更に恥ずかしくなった私は、見ないように、見なかったふりをして、熱が冷めるのを待ち望んだ。


「海砂ちゃんてさ、本当に」

「桐島先輩?」


 熱が冷めてきた時に桐島先輩を見ると、彼は私の方を向いて笑みを浮かべた。

 私の頭を優しく撫でる仕草に、引いたはずの熱が触れたところから発する感覚を覚える。


「ふふ、やっぱり海砂ちゃんは世話が焼けるよね」


 優しい手、優しい声色、優しい笑みで私に触れる桐島先輩を意味もなく避けてしまった。


「すみません…私、用事を思い出しました。お礼は後日に!」


 急いで支度をして、逃げるように図書館を去る。後ろを振り返るが、桐島先輩は来ていないみたいだ。

 私はその場で座り込んでしまい、鳴り響く心臓を落ち着かせるために深呼吸をする。


「あんなに、優しくしないで…ください。反則ですよ…」


 誰に言った言葉なのか分からないまま、私は小さく呟いた。


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