なんだか、安心します
今日は愛莉姫に誘われて、とある店に二人でデートです。
つい最近までの私は終壱くんとお兄ちゃんと一緒に居たので、愛莉姫とは久しぶりのような気がする。
「海砂ちゃんは何頼む?お勧めは…」
「今日のお勧めは、ストロベリーやブルーベリーやラズベリーなどをふんだんに使ったベリータルトです」
「へっ?」
何だか聞き覚えのある声が聞こえ、私はテーブルに水を置く店員さんを見上げた。
私は店員さんを見た瞬間に我が目を疑う。
燃えるように赤い髪に、挑戦的なオレンジの瞳の男の店員さん。紛れもない玖珂先輩だった。
「玖珂先輩!」
「あぁ、ここでバイトしてるんだよ」
ここで働いている人と同じ格好をした玖珂先輩に納得するが、私は夢でも見ているのではないかと思ってしまう。
まさか、玖珂先輩がケーキが美味しいと評判の店に居るなんて!
しかも、愛莉姫は玖珂先輩が居ることを知ってたみたいで笑ってる。玖珂先輩を見て笑っていた。
「本当にいたんですね!海砂ちゃんを連れて来て良かった!」
「黙れ、さっさと注文しろ」
「いいんですか?私達、お客様ですよ?」
ギロッと愛莉姫を睨んだあとに、私をチラッと見てため息を吐いた。
目線だけで「さっさと注文しろ」ということを訴えているのが伝わる。
「私はチーズケーキにしようかな。海砂ちゃんは玖珂先輩のお勧めね?」
「じゃあ、ベリータルトな」
「飲み物はコーヒーで、海砂ちゃんは玖珂先輩のお勧めで!」
「じゃあ、紅茶な」
「え?ちょっ、え?」
私が食べるものなのに二人で勝手に私が頼むものを決めている。
なぜ、なぜなんだ?しかも、愛莉姫よ。全て玖珂先輩のお勧めを頼んでるじゃないか。
玖珂先輩と愛莉姫を交互に見るが、玖珂先輩は注文を取ったのでそそくさと行ってしまったし、愛莉姫は私を見てにっこりと笑っている。
「ふふっ、玖珂先輩のお勧めだよ!」
「うん」
ベリータルトも美味しそうだから、良かったかもしれない。私は決めるのに時間がかかるから、玖珂先輩のお勧めで良かった。そう思うことにした。
私が何も言わないことをいいことに、愛莉姫は嬉しそうに「来て良かった!」と言っていた。
「そういえば、ここに玖珂先輩が居るって蓮見先輩に聞いたの?」
「さぁ、どうでしょう?」
「えっ、違うの?」
「…私は何でも知っているからね!」
笑顔でそう言い切ったのを聞いて、私は首を傾げた。まるで、その言い方は情報通の役割を果たす人の言い方みたいで。
「お待たせしました」
紅茶とコーヒーを持って現れた店員さんは玖珂先輩ではない。違う男の店員さんだが、顔は整っていてイケメンである。
その店員さんだけではない。他の店員さんを見るが、全員がイケメンだった。
「ここの店員さんってイケメンが多いよね」
「うん、そうだよ。ここの店が女子に人気の理由だよ」
「へぇ」
店員さん達をもう一度、遠目で見るがイケメンだ。玖珂先輩や攻略キャラみたいな華やかな印象はないが、イケメンだ。蓮見先輩みたいな格好良さとでもいうのだろう。
「でも、海砂ちゃんは玖珂先輩の方が格好いいって思うでしょ?」
「うん……ん?」
考え事をしていたので、愛莉姫の問いかけに頷いてしまった。
にっこりと微笑んで「海砂ちゃんは玖珂先輩が大好きなんだね」と言い放つ。
「へぇ、アンタはオレが大好きなんだ」
「ふぉ!」
「誰よりも好きか?そう、アイツよりも」
いきなり現れた玖珂先輩に驚くと、ケーキを置くのを利用して私の耳元で「碓氷よりも好きか?」と聞いてきた。
低い声にビクッと体が跳ねる。
玖珂先輩は私の反応を楽しんだように口角を上げ、私を見下ろした。
「あぁ~、私ってお邪魔かしら?お手洗いに行った方がいい?」
「……好きにすればいいだろ」
愛莉姫の言葉に玖珂先輩が不機嫌そうに舌打ちをする。愛莉姫を睨んだまま、チーズケーキの皿を周りにバレない程度に乱暴に置く。
「あの、玖珂先輩?」
「なんだ…」
「うっ、ごめんなさい…」
「なんでアンタが謝るんだ?」
それは、玖珂先輩が怒っているからだ。玖珂先輩が怒る時の大概は私の所為でいろいろ言われることだ。
私が嫌いだから、きっと玖珂先輩は私との仲を疑われるのが嫌なんだ。
「だって…私の所為ですよね?」
「……アンタ、バカか?」
「海砂ちゃんの所為じゃないよ?全部、玖珂先輩が悪いんだから!」
なぜか二人にそう言われ、私はいたたまれなくて下を向く。頭上でため息を吐かれたが、私は上を向く勇気がなかった。
私は自分のことが玖珂先輩は嫌いと思って謝ったのに、その玖珂先輩から違うと言いたげな声色で「バカ」と言われて、どうしていいか分からない。私は玖珂先輩に嫌われてないのか?いや、それはきっと自惚れだ。
「オレは仕事に戻る」
「頑張ってくださーい!海砂ちゃんが応援してますよ!」
「あぁ…」
ポンッと頭に玖珂先輩の手が乗るが、すぐに離れる。
玖珂先輩がこの場を離れるまで私は前を見れなかった。
「大丈夫?」
「う、うん…大丈夫」
頭を手で押さえると少しだけ温かいぬくもりが感じられた。玖珂先輩の意外に優しい手に心臓が鳴り響いた。
「なんか、凄い現実みたい」
「何言ってるの?」
私は他の客の対応をしている玖珂先輩の背を見ながら、現実に引き戻された気がした。
お兄ちゃんや終壱くんみたいに甘い言葉を言わない玖珂先輩。なぜか、無性にホッとする。
「いま、疲れがとれたかも」
「あっ、分かった!玖珂先輩が癒やしなんだね!」
曖昧に笑いながら、私はベリータルトを一口食べる。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。