実家で③
夢を見た。ひどく懐かしい夢だった。
この時の彼は私のことを嫌っていた。多分、世界で一番といっていいほど嫌いだっただろう。
彼にとって私は、うざくて目障りな存在だったと思う。
だけど、いくら彼から暴言を吐かれても、邪魔な存在のように扱われても、私は彼のことを嫌いじゃなかった。だって、彼はいつも泣きそうな顔をしていたから。
『嫌いなんだよ。なんで、いつも……は』
『私は、……のこと嫌いじゃないよ?』
『おれは……』
この日の彼は酷く不安定だった。何か、大切にしていたものが壊れたような悲しい顔をしていた。
私は彼のそんな顔を見るのが嫌いだった。私は彼に笑ってほしい。
泣きそうな彼の頬に手を添える。驚いて目を見開いた彼は、その手を取り、歩き出した。
大雨のなか、私達は歩き続けた。どこに行くかも分からないまま、傘も差さずに歩き続けた。
「ん、しゅう……おにいちゃん」
何かを呟いて、ハッと目を覚ました。
懐かしい夢を見た気がする。あの夢の続きは思い出せないし、あの時もあまり覚えてない。ただ、懐かしいと思う気持ちと悲しいと思う気持ちがある。
私はあの夢はいつの頃だったかなと考えていると、身動きが取れないことに気が付いた。
つい最近も似たようなことがあったなと思うが、あの時よりも身動きが取れない。頭以外の全身がピクリとも動かない。
かろうじて動く頭で右隣を見ると、やっぱりと言いたくなるようにお兄ちゃんが私に抱き付いていた。もしやとも思い、左隣を見ると終壱くんが私に抱き付いて寝ている。
どうやら、私は二人に挟まれているらしい。どうりで身動きが取れないことだ。
「お兄ちゃん、終壱くん…はなれて」
流石に苦しい。そんなに強く、私を抱き締めないでほしい。私は抱き枕ではないぞ。
手を使って起こしたいことだが、私の手は二人に絡め取られているため、使えない。ひたすら、二人に声をかけ続けるしかないのだ。
「お兄ちゃん、終壱くん」
「ん…」
「…ぅん」
小さく声を出して、ゆっくりと目を開く。
透き通るほど綺麗な黒い瞳に私を映し出すと、甘ったるい笑みを浮かべた。
「海砂ちゃん…」
「…海砂」
「「今日も可愛いね」」
二人は同時に私の両方の頬にチュッとキスをする。
シンクロしているよ、本当に双子みたいだなぁ。そんなことを考えていると、終壱くんが私から離れて、畳の上に座った。
寝るときは常に着流し姿の終壱くんなので、今は胸元がはだけている。スッと、胸元に汗が流れ落ちた。
そんな色っぽい終壱くんを直視出来ずに視線をずらす。
「海砂ちゃん、そんな顔で終壱さんを見ないで?」
「え、どんな顔?」
私は変な顔をしていたのだろうか?
終壱くんの胸元を見ないように顔を見たが、彼は王子様スマイルを崩してはいない。不思議に思い、ジッと終壱くんを見つめると、後ろからギュッと抱き締められた。
「お兄ちゃん?」
「だめ、そんな顔で終壱さんを見つめると襲われるから」
「へっ?」
襲われる。私はその言葉の意味を考えるが、さっぱり分からない。
終壱くんはお兄ちゃんの近くに来て、私からお兄ちゃんを離し、私を自分の背に隠す。
「俺はお前の方が危険だと思うが?」
「おれはいいんですよー、兄妹だからねっ!」
「はぁ…シスコンが」
前髪を掻きあげて、終壱くんは呆れたようにため息を吐いた。そんな終壱くんを見て、お兄ちゃんはなぜかどや顔だった。
朝からそんなことを繰り返して、今は墓参りが終わったところだ。
右手はお兄ちゃん、左手は終壱くんに握られている。私は二人に挟まれた真ん中で、バレないようにため息を吐いた。
お兄ちゃんと終壱くんは何度も言うようだが、イケメンである。しかも、双子や兄弟と言ってもバレないほどに顔が似ている。
そんなイケメンが道を歩いていたらどうなるだろうか?勿論、女子は二人を熱い視線で見つめてきます。
それが今の状況だ。
「……う、恥ずかしいから離して下さい」
「海砂は手を繋いでないとすぐにどこかに行くから」
「恥ずかしがってる海砂ちゃんも可愛いねぇ」
小さく抵抗してみるが、二人は一向に離す気配がない。
私は通り過ぎる可愛い女子や綺麗なお姉様方の視線から逃げるように下を向く。
私の心の中は、早く家に着け!だ。
三人で仲良くしているように見えるのか、お父さんお母さんを含む大人組は私達を見て「子どもはいつまでも仲が良いなぁ」と呟いていた。
そんな大人組が私達に近付き、真ん中に居る私をいい笑顔で見てくる。
「海砂ちゃんは、終壱君と結婚するのかな?」
「はっ!?」
なぜそうなる!?
確実に今の私は口を開けて驚いている。仲良く終壱くんと手を繋いでいただけなのに、大人組は不思議だ。
チラッと終壱くんを見れば、機嫌が良さそう。反対にお兄ちゃんは不機嫌そうだ。
「おや、違ったかな?」
「いえ、合ってますよ。俺は海砂を貰うつもりですから」
「へっ?」
いつからそんな話になっていたのか、私にはさっぱりだ。きっと、終壱くんの悪い冗談だろう。
大人組は終壱くんの言葉を真に受けて「今日は赤飯だな、これは!」と騒いでいた。皆様、落ち着いて下さい。今日はお盆の最中です。
そんな大人組を見て、終壱くんが薄く微笑んでいたなんて、一体誰が想像出来ただろうか。
父の実家に帰って来てから、大人組は宴会の準備をし始めた。
私はというと縁側で座り込んで、隣に座っている終壱くんをキッと睨み付ける。
因みにお兄ちゃんは大人組に捕まっている。
「冗談の度が行き過ぎだよ」
「ごめんね。まさか、こんなことになるとは思わなかったから…」
「終壱くんなんて嫌い」
「そう……」
終壱くんは私の言葉に視線を落とし、悲しそうに目を伏せる。
その仕草にズキッと心が痛む。違う、こんな顔を見たいんじゃない。
「終壱くん…ごめんなさい」
「なんで、海砂が謝る?」
「言い過ぎたから…本当は好きだよ?」
顔を覗き込みながらそう言うと、優しく微笑まれて、頭を撫でられた。髪を梳くように撫でられて、私は気持ち良すぎてうとうとしてしまった。
「おやすみ」
「んぅ…」
「俺の可愛いお姫様」
チュッと額にキスをされ、私はまどろみの中に身を委ねた。