実家で②
縁側に腰を下ろし、庭を見つめる。
こうやって、庭を見ていることが私は好きなのだ。
東堂家の庭は、マツやアオキなどの木があるほか、大きな石などが見える。庭についてはよく分からないが、それを眺めるのは好きなのだ。
「海砂は庭を見るのが好きだなぁ」
「終壱くん!」
ただボーっと眺めていたら、終壱くんがどこからか現れて、私に話しかける。
王子様スマイルで微笑んで、終壱くんは私の隣に腰を下ろした。
「いるかな?」
スッと、私に袋を差し出す。その袋に私は見覚えがあった。
「私の大好きなアイスじゃないですか!」
「はい、あげる」
「終壱くん、ありがとう!」
「どう致しまして」
袋から棒アイスを取り出して、かぶりつく。濃厚なバニラの味が口いっぱいに広がった。んー!と幸せいっぱいに言葉にならない声を出していたら、クスリと笑みを零された。
「早く食べないと溶けちゃうよ」
自分の手をトントンと叩くので、私はアイスを持ってる方の手を見てみると、溶け出したアイスが手に付きそうだった。
慌てて、溶けた部分を舐めようとするが、既に遅かった。溶けたアイスが手に付いてしまったのだ。
手に付いたところを舐めようと、口元に近付けたが、その手が終壱くんの手に掴まる。
「終壱くん?」
クスッと笑みを零し、私の手を自身の方に近付け、既に手を伝って滴り落ちそうな雫をペロッと舐めとる。
「っっ…」
舐められた感覚の疼きと驚きで、手に持っていたアイスが地面に落ちる。あっ、とアイスを見つめるが、それさえも許さないというように終壱くんが私の腕を引っ張って抱き締めた。
「海砂…」
「しゅ、いちくん?」
低くて甘い声が私を震え上がらす。バクバクと心臓が張り裂けそうだ。
熱の籠もった瞳で私を捉える。
だめ、この目を見たらだめだ。分かってはいるのに、私は終壱くんの瞳に囚われている。
「だめ、だよ」
「海砂…」
そんな目で私を見ないでほしいと叫びたかった。
だけど、私は終壱くんが寂しそうに微笑む姿を見たくない。見たくないから、彼を受け入れてしまう。
なぜ、そんな風に思うのか分からない。そうしなければならないと思っている。
「少しだけでいい。もう少しだけ、こうしてていいか?」
抱き締める力を強くして、終壱くんは私の顔を覗き込んだ。
小さく頷くと、優しく微笑んで、目を瞑った。
終壱くんと私はよく抱き締め合うけど、そのほとんどが私から抱き付く。だが、ほんの稀に終壱くんから私を抱き締めることがある。その行為はまるで、子が親の愛情を求めるかのように。
時間にしたら数秒ぐらいだろう。だが、私にしたら何時間もの間だと感じた。
ゆっくりと私を自分から離し、終壱くんは困ったように微笑んだ。
「ありがとう」
いつもの終壱くんだ。そう思うと全身の力が抜けたように、私はぐったりとしてしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよー、私はいつでも元気です!」
「それは頼もしいね」
クスクスと笑い出す終壱くんを見ながら、私は今更ながら地面にアイスを落としていたことを思い出した。地面を見ると、既にアイスは全部溶けている。
私の視線の先を見た終壱くんは罰が悪そうな顔をする。
「ごめん、俺の所為だね」
「アイスは終壱くんから貰ったので、終壱くんの所為じゃないよ?」
「だけど、俺に何かさせて?」
「えっ、うーん?」
何かさせて、と言われたので何かを言わなくてはならないと思う。
うーん?と考えていると、ハッと思い立った。
「勉強を教えて下さい!」
「いいよ。少しだけ厳しいけどね」
「構いません!慣れてますから!」
「へぇ、それは楽しみだ」
黒い笑みを浮かべる終壱くんに、少しばかり早まったか?と思う。
ここは根性だ。教えてもらうのだから、スパルタぐらいドンとこい。私は玖珂先輩や英語スパルタ教師の桐島先輩や柳葉先生に教えてもらったんだ。
終壱くんのスパルタも乗り越えられるはずだ。そう思っていた私は甘かった。
「もう、無理…お兄ちゃんに教えてもらうー」
「海砂」
「うっ、お兄ちゃんが恋しい」
なんでこういう時にお兄ちゃんはお買い物なんかしに行ってんだよ。
終壱くんは一言で表すなら、玖珂先輩よりスパルタだ。玖珂先輩は暴言で私の心を削るが、終壱くんは無言の圧力で私の心を削る。
「ほら、まだこの問題は解けてないだろ?逃げたら……」
「逃げたら?」
「どうなるんでしょうかねぇ?」
ビクッと体が反応して、嫌な汗が流れ落ちる。口調は優しいのに、雰囲気が怖い。
逃げ出したい。逃げ出したら、自分がどうなるか想像するだけで怖い。
机にかじりついて勉強をしていたら、終壱くんが席を立ってどこかに行く。
しばらくすると何か持って帰ってきた。手に持ってきていたのは、かき氷だ。
「少し休憩しようか」
「かき氷ー!」
かき氷をスプーンですくい、そのスプーンを私の口元に持ってくる。「はい、あーん」と、にこやかに笑う。
「え、え?」
「ほら、食べな?」
「うぐっ」
なかなか食べない私に痺れを切らしたのか、終壱くんはスプーンごと私の口に押し入れた。
食べさせることも強引ですな、終壱くんよ。そんなことを考えていると、またかき氷を私の口元に持ってくる。
これは食わないとさっきと同じ結末になると考えた私は、口を開けてかき氷を食べた。
「海砂は可愛いね」
そんなことはない。私が可愛く見えるのは身内だからだ。
終壱くんの周りには、きっと可愛くて美人が集まるのだろうな。高校でハーレムでも作っているのでは?と疑ってしまう。そんな人が私を可愛いと言うのは身内贔屓だ。
それが、いとこの特権だろう。
「いとこって素晴らしい」
「そうだね。こうやっても、警戒されないって凄いことだよねぇ」
「うん?なにが?」
「なんでもないよ」
クスクスと声を出して笑っている終壱くんに私は首を傾げた。
かき氷を全て、終壱くんの手で食べさせてもらった私は疲れていた。終壱くんはそんな私に勉強を教えるときも容赦がなかった。そして、更に疲れた私は畳に倒れ込むのだった。