合宿三日目の夕飯時
合宿三日目。
今日の夕飯はみんなでバーベキューなのです。夕方から肉を焼いたり、野菜を焼いたり。
バーベキューに必要なグリルとかは合宿所にかなりの数があるので、人が多くても大丈夫なのだ。だから、数人に一個借りれるという。
愛莉姫に琴葉ちゃんに千尋ちゃん、玖珂先輩に蓮見兄弟という、もはやいつものメンバー化してしまった面子で野菜を焼いている。
まだ、野菜だけしか焼いてないのは、肉と魚貝類が準備出来てないからだ。
「みなさーん、お待たせしました。取りに来て下さい!」
いろいろなところに聞こえるように動きながら、声を張り上げている生徒会の子の言葉にみんなが反応する。
メインである肉と魚貝類が用意出来たということなのだろう。
「私、取りに行きます!」
「海砂ちゃん、いいやつをお願いね!」
「了解です!」
私は取りに行くために持ち場を離れる。
取りに来る人は多かったが、無事に肉も魚貝類も貰えることが出来た。だが、ここで重大なことに気付いてしまった。
人が多すぎて、自分たちのしていた場所が分からなくなってしまったのだ。
一人で取りに来るんではなかった、と落ち込んでいると、肩を叩かれた。迎えに来てくれたのか!と肩を叩いた人を見れば、一人の女子の先輩と金髪ピアスの桐島先輩だった。
女子の先輩は笑顔で私の頭を撫で始め、桐島先輩はその様子を見守っていた。
「海砂ちゃーん!海砂ちゃんは一人で取りに来たの?」
「あっはい。でも、自分の場所が分かんなくなってしまって…」
「迷子なの?ねぇ、奏汰」
「そうだね、俺も一緒に探してあげるよ」
私の顔を二人で覗き込んで、微笑んだ。
桐島先輩はイケメンで、女子の先輩は可愛い。そんな二人が同時に私の顔を覗き込むとか、鼻血もんだよ!
私が悶えている内に、女子の先輩がどこかに行ってしまって、桐島先輩だけが残った。
「あっ、先輩が…」
「彼女には持って行って貰ったんだよ。俺は海砂ちゃんを送る役目があるからね?」
「え、でも…いいんですか?」
「海砂ちゃんの世話は俺が焼くって決めてるから」
にっこりと私に笑いかけ、桐島先輩は私の手を握って、歩き出した。
一人じゃないだけ心強いが、申し訳ない。
しばらく周りを歩くが、見つからない。見つかりやすいと思っていたのに、見つからない。
髪の毛が桃色とか赤とか分かりやすいと思うのに、全く見つからない。
「いた?」
「うっ…」
「いないんだね」
随分と遠くまで来た。こんなに遠くではなかったはずなので、引き返そうとした。その瞬間、手を繋がれていない方の腕をグイッと引っ張られる。
衝撃で桐島先輩の手が外れた。私は誰かに腕を掴まれたまま、背中にその人が当たった。
後ろを見ようとするが、前に居る桐島先輩が驚いた顔からスッと不機嫌丸出しの顔になったので、つい桐島先輩の顔を凝視してしまった。
「アンタの知り合いか?」
頭上で声が聞こえる。この声は紛れもない玖珂先輩の声だ。
私は下から顔を確認するために上を見る。玖珂先輩が私を見ていたので、思ったより顔の距離が近くて、バッと下を向いた。
「……なんだ?」
「いえいえ、何でもありません!顔が近すぎで驚いたとかなど思ってません!」
「そうか…それはご苦労なことだ」
フッと笑みを零して、私の腕を離した。これで離れられる!と思ったが、すぐに後ろから玖珂先輩に抱き締められた。
なぜ!?とパニック状態になっていたら、頭の上に玖珂先輩の顎が乗る。
「海砂ちゃん…」
「へ?桐島先輩?」
少し離れているけど目の前には桐島先輩が居た。さっきから居たのだけど、玖珂先輩の衝撃で居ることを忘れていた。
ヤバい見られた?てか、玖珂先輩が私を抱き締めている時点でアウトだ。
「えっ、えっと…」
「海砂ちゃんって、本当に世話が焼けるよね」
にっこりと笑う桐島先輩だが、目が笑ってない。あなた誰ですか?優しい桐島先輩を返して下さい。
夏だというのに震えが止まらない。怪談より桐島先輩が怖い。桐島先輩って実は腹黒だった。
私が震えていることは玖珂先輩にも伝わっているらしくて、彼は私の頭上で軽く声を立てて笑っている。玖珂先輩が笑っていることで、私は気付いてしまった。
これは、玖珂先輩が桐島先輩を怒らせるために仕組んだことだということを!
でも、なぜこれで桐島先輩が怒ったのかが分からない。
「海砂ちゃんを離して下さい。学校一の問題児、玖珂先輩?」
「へぇ、オレのこと知っているのか」
「玖珂先輩を知らない人はいないのでは?」
「それもそうだな」
私には見えないが、きっと玖珂先輩は桐島先輩を睨み付けているだろう。玖珂先輩の睨みを笑顔で対応している桐島先輩を尊敬する。
私は幽霊より問題児の方が怖いというのに、桐島先輩は問題児の方が怖くないんだな。
ふむふむと感心していたが、私はみんなを探していたんだ。玖珂先輩がここに居るということは、私は自分の場所に戻れるということだ。
「そうでした!桐島先輩、ありがとうございます!探していた人が見つかりました!」
「海砂ちゃん?」
「玖珂先輩さえ居れば、私は帰れます!」
驚いた表情の桐島先輩に、玖珂先輩はため息を零して、私から離れた。
めんどくさそうに頭を掻いて、冷たい目で私を見る。
「やっぱり、アンタは迷子だったのか」
「う、まぁ‥そうですね」
「はぁ…」
もう一回、ため息を零した玖珂先輩は、桐島先輩を視界に入れる。
桐島先輩は顔から笑顔も驚いた表情も消えていて、ただ玖珂先輩を睨み付けていた。それを見た玖珂先輩はフッと笑みを浮かべ、私の手を引っ張っていく。
桐島先輩にお礼を言ってない、と立ち止まって言葉を発しようとするが、もう片手で口を塞がれて声が出ない。
私は桐島先輩を見つめながら、玖珂先輩に引きずられるように移動した。
やっとのことで、みんなのところにたどり着いたが、私はもやもやしたまま桐島先輩のことを考えていた。そして、思い出した。
そういえば、桐島先輩のメアドを知っていたんだ。
すぐさま、ケータイでメールを作成してお礼の文章を送る。そしたらすぐに返信が来た。
「負けないから……何に?」
私は首を傾げながら、メールをしばらく見ていた。