合宿二日目の昼の海
合宿二日目。
朝勉強も終わり、今から遊びの時間だ。大半の人は、勉強をし過ぎて熱くなった体を冷ますために海に入る。
海に入ったあとは日焼けして痛いのだが、海には入りたい。
愛莉姫と琴葉ちゃんと私の三人で、海のすぐ近くにある女子更衣室で着替えている。
あの時に新しく買った水着を着ている二人は美人だ。いや、もう素晴らしい。私が蓮見兄弟だったら、完璧に惚れている。
それに比べて、私は…。
「だめだよね…」
「そんなことないよ!可愛いよ」
「うん、これで玖珂先輩も惚れちゃうねっ!」
鏡の前に映る赤の水着を着た私を見ながら、そっとため息を吐いた。
日焼け止めを塗ってから更衣室の外に出る。外には既に、玖珂先輩と蓮見兄弟が居た。
蓮見先輩は水色の水着、蓮見くんはオレンジの水着だ。二人と愛莉姫と琴葉ちゃんがペアになっていて、素晴らしい。
問題の玖珂先輩は、通気性が良さそうな長袖のパーカーを着て、水着は髪と同じ赤色だ。見事に私とペアになっている。あくまで、色だけだがな!
「愛莉チャン可愛いねぇ。しかもお揃いだよっ!」
「えっ、と…凄く似合ってるよ、琴葉ちゃん」
「…………はぁ」
上から蓮見先輩、蓮見くん、玖珂先輩の順だ。
あの四人が良い雰囲気のなか、玖珂先輩だけが私を見てため息を吐いた。私の水着を見てだ!
別に可愛くないし、似合ってないからいいんだけど…やっぱり、私も女子だ。少しぐらいは褒められたいと思う。それが、お世辞でも。
「おい、アンタ」
「はい…」
「見苦しい。これでも着とけ」
バサッと頭の上に玖珂先輩が着ていたパーカーを被らせられた。
「…袖通せ」
「は、はい!」
鋭い目つきで睨まれたので、パーカーに袖を通す。
袖を通したのを確認すると、玖珂先輩は私に近付いて、パーカーのファスナーを全部上げた。
「えっと、玖珂先輩?」
「…汚すんじゃねぇよ」
「うっ、はい…」
玖珂先輩は男子にしても身長が高い方だ。そんな人のパーカーを着たら、水着が隠れてしまった。
そんなに私の水着姿は見苦しかったのだろう。
悲しくなり下を向いたら、上から舌打ちが聞こえた。
「あぁ~、陸翔って乙女心が分かんないよね」
「本当に有り得ないです。本当に」
「………うるさい」
それだけ言うと、玖珂先輩は海の方へ歩き出してしまった。
少しだけ玖珂先輩の後ろ姿を見つめると、チラッと玖珂先輩が後ろを振り返ったのでバッと下を向く。
「東堂チャンごめんね。陸翔はバカだから…」
「いえ、いいんです。それよりも、遊びに行って下さい!私はパーカーを守る義務があるんです!」
「海砂ちゃん…」
「さぁさぁ、行って下さい!」
愛莉姫と蓮見先輩の背を押しながら、海の方へ行かせる。そのあとに、琴葉ちゃんと蓮見くんの背を押す。
四人はチラチラと私の方を心配して見てくるが、私は笑顔で四人に手を振った。
パーカーを汚すから海には入れない。なので、砂で遊ぼうと思う。
まずトンネルを作り、作ったので砂の城を作りたいが技術的に無理だ。あの素晴らしい技術を持っている人は凄い。
「ひま…」
砂の山を作っては壊して、作っては壊してを繰り返す。
海に入りたいなぁ、と楽しそうに遊んでいる人達を見つめた。
海水に足をつけるぐらいならパーカーも汚れないよねと思い、そっと浅いところで足をつける。
「おい!」
「えっうぉ!」
いきなり後ろから声をかけられて、驚いて海の中にこけそうになった。危機一髪のところで、腕を掴まれ、こけずにすんだ。
「はぁ、アンタは何がやりたいんだ」
「え、玖珂先輩?」
私の腕を掴んでいる人は玖珂先輩。
玖珂先輩は私のバランスを整えさせてから、手を離した。
改めて玖珂先輩を見ると、彼は髪から下まで全身濡れていて、ひと泳ぎしてきたことが分かる。
そんな人が私に用があるということは、パーカーを取りに来たのだろう。
「パーカーですか?」
「いらねぇ…」
「えっと、いらないんですか?」
「あぁ、アンタが着とけ」
海に入って来たから、パーカーを貰ったら汚れるからだろうか?私は不思議に思いながら、上を見上げる。
濡れている前髪を掻き上げながる玖珂先輩は、水も滴るいい男だ。
「いいなぁ、私も海に入りたい」
「ん、入ればいいだろ?」
「えっ?」
入っていいのか?だが、パーカーは着とけと言うし、汚すなと言うから結局は入れないのでは?
そんなことを考えていると、頭上でため息が一つ零れた。
「パーカーごと入れば?」
「へ?でも、このパーカーって玖珂先輩のですよね?」
「あぁ、そうだな」
「じゃあ、海に入るのは駄目なんですよね?」
「別に構わない…」
いいのか!?と驚きながら、玖珂先輩を凝視する。
何度目かのため息を零したあと、私の肩を掴み、方向を海の方に向け、私の背中を思いっきり押した。ざっぱーん、とパーカーを着たまま、海水の中に突っ込んだ。
ここが浅瀬で良かったと思う。浅瀬じゃなかったら、絶対に溺れてた。だって、私は泳げない。浮き輪でプカプカ浮いていたかったのだ。
というより、これはわざとか?私が泳げないと知ってのことか?新手の嫌がらせ?
服を着たままだと服が海水を含み、重くなって溺れさせる気だったのだろうか?
「まさか、玖珂先輩は私が泳げないと知っての嫌がらせですか!?」
「…へぇ、アンタって泳げないのに海に入りたかったのか?」
「うっ、いいじゃないですか!浮き輪でプカプカ浮いときたいんです」
「浮き輪ないのにか?」
「ううっ」
玖珂先輩の言った通り、私は浮き輪を持ってきてない。なら、私はどうせ海に入っても浅瀬で遊んどくしかないのか。
海水を含んだパーカーを脱ごうとファスナーに手をかけるが、パシッと手を掴まる。
ジッと観察するように私を見つめる玖珂先輩は小声で「白だと駄目か」と呟いていた。
「パーカーは脱ぐな。分かったか?」
「え、何でですか?」
「……とにかく、脱ぐな」
ギロッと睨まれれば、私は「はい!」と言うしかない。それしか言えなかった。
それからは、なぜか玖珂先輩は泳ぎに行こうともせずに、私の監視をしていた。
「あの~、玖珂先輩?」
「なんだ?」
「泳ぎに行かないんですか?」
「アンタが溺れそうだから、な」
「あう。すみません」
私が頭を下げると、フイッと顔を背ける玖珂先輩。
きっと、玖珂先輩は私と居たくないのだろう。だけど、私は少しだけ玖珂先輩の優しさを垣間見て、嬉しいと思っている。
「玖珂先輩、ありがとうございます!」
「……はぁ」
ため息を吐かれたが、玖珂先輩は少しだけ口角を上げているのが見えて、私は笑みを零した。