合宿一日目の先生
柳葉伊吹視点。凄く短いです。
桐島奏汰の母親は結婚しても仕事を止めなかった。仕事は確かに大切だが、少しは奏汰と一緒に居ればいいのにと何度も思った。
決して、奏汰の両親は奏汰のことを愛していない訳ではない。ちゃんと奏汰のことを考えて、今やっている仕事を止めきれなかったんだ。
奏汰の大学までの学費を母親は貯めたかったらしい。だから、父親に無理をいってホステスを続けていた。
共働きである奏汰の両親の代わりに、家が近かったということで柳葉家が奏汰の面倒を見ていた。
奏汰はすぐに面倒見の良い柳葉家の一人息子である伊吹を兄のように慕った。伊吹も奏汰のことを弟のように思っていた。
だが、親戚は奏汰に良い顔をしない。いや、奏汰の母親に良い顔をしなかった。
親戚は、年が違う伊吹といつも比べた。年が違うので、やることも違うのに、いつも比べられ、いつしか奏汰は伊吹のことが嫌いになっていた。
それでも、伊吹は奏汰のことを弟だと思っている。
「何の用だよ」
「一つだけ言っておきたいがあってな」
合宿一日目の肝試しが終わったあとに、奏汰を呼び出した。
言っておきたいことは一つだ。
あの肝試し中に、伊吹は分かってしまったことがある。
それは、いつも女子には優しい奏汰だが、作ったみたいの優しさだ。それなのに、ある女子に偽りではない優しさを見せていた。
それが、伊吹には嬉しいことでもあったが、同時に寂しくもあった。
「お前に任せた」
「はっ?何がだよ」
「さぁ、何だろうな?」
「伊吹…」
「昔は、伊吹お兄ちゃんと呼んでいただろ?」
「黙れよ。さっきも、海砂ちゃんの前でバラそうとしたよな!」
奏汰は、一歩前に出てつっかかる。
俺が言わなくても彼女は気付いたと思うけどな、と心の中で伊吹はそう思った。
怒りを顔に出している奏汰を見て、本気なんだなと思う。
「本気なんだな」
「はっ?」
「何でもないさ。まぁ、頑張れよ」
奏汰のことは応援したいと思っている。今でも奏汰のことは弟のように思っているのだから。
「だけど、まぁ…東堂のことは結構に気に入っていたんだがな」
奏汰の後ろ姿を見つめながら、そんなことを呟いた。