合宿前日にて
明日は合宿前日だ。必要なものは、この前の時に買ったのでいい。
だが、合宿に行く前にどうしても欲しい本があった。これを買わないと、続きが気になって仕方ない。
私はお目当ての本を買い、ショッピングモールの中をうろうろしていた。
このショッピングモールは前に玖珂先輩と愛莉姫を見たところだ。その時に愛莉姫は浴衣を買ったんだな、と考えていると同時に玖珂先輩のことも考えていた。
あの浴衣、選んだのも買ったのも玖珂先輩ってことになる。本当に私なんかが貰っていいのか?
「ふぅ…」
小さく深呼吸をしたら、後ろから肩を叩かれた。知り合いかなと思い、後ろを振り向いたら、驚くべき人物がいた。
「え、え…円城寺先輩?」
「ふふ、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
なんで、あなたがここに居るんですかー!
ここは、安くて可愛い、安くて格好いいを売りにしているショッピングモールだ。そんなところに円城寺先輩が来るなんて、貴重すぎる。
「わたくしは面白そうだと思って付いて来ただけよ」
「え、誰に?」
「悠真よ。彼が行くと言い出したから付いて来たけど、もう帰るわ。あとは、悠真のこと宜しくお願いするわね?」
ふふっと笑い、円城寺先輩はどこかに行ってしまった。
それと入れ違いのように現れるのは会長だ。会長は私に気付いてないみたい。
それよりも、会長は円城寺先輩が帰ったことは知らないのではないか?円城寺先輩も私に頼むぐらいだ。知らないんだろうな。
これは話しかけた方がいいのだろうか。でも、話しかけて無視されたら心が抉られる。資料室で会った最初らへんの態度を取られたら、今度こそ号泣しそうだ。
やっぱり、私は最低人間だと思う。構ってもらっていた時は嫌いだと思ってたのに、いざ無視されるとヘコむなんてどうかしてる。
「いやだな…」
明日からは合宿なんだ。今話さなくても、明日には会うことになる。生徒たくさん来ると思うので、話せるとは限らないが。
私を誘ったのは愛莉姫だが、合宿を愛莉姫に誘ったのは蓮見先輩だろう。ドッキリが大好きな蓮見先輩のことだから、私が来ることは会長には教えてないと思う。
「よし!」
頬をパチッと叩き、気合いを入れる。
会長に近付き、声をかけて無視されないように、会長の腕を掴んだ。その瞬間に、会長はもう片手で私の手首を思いっきり掴んで、ひねりあげた。
痛みが手首に広がり、私は思いっきり顔をしかめた。
「いっっ…」
「なっ、海砂!?」
私の存在を確認した会長は驚きで声を上げる。
会長は自己防衛でしたことなんだと思う。私は自分の行動に罪悪感がこみ上げてくる。
「ごめんなさい!」
「なぜ、君が謝る?私が悪いと思うのだが」
「いえ、急に後ろから失礼しました。私のことは気にしないでください」
捻った手首を見てみると、うっすらと赤くなっていた。
それを見た会長は、捻ってない方の手首を掴み、私をベンチに座らせた。
「ここで待ってろ」
「は、はい!」
真剣な顔でそれだけ言うと、会長はどこかに行ってしまった。
私はベンチに座りながら、会長の必死な顔に今更ながらにドキドキした。
しばらくすると、会長が帰ってきた。無言で私の赤くなった手首を持って、赤くなったところに買ってきたであろう湿布を貼る。
湿布は思ったより冷たくて、ピクッと体が反応した。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「いや…」
どこかぎこちなく視線を反らす会長。反らされた瞳を追いかけるように見つめれば、後悔の色を見つけた。
「すまない。私は自分の身は自分を守れるように言い続けられて育った。だから、後ろから触られると無意識で…これは言い訳にしかならないな」
「ごめんなさい…」
「君が謝ることはない」
ごめんなさい。私が無神経すぎました。私は何度、失敗しているんだろう。
下を向いて反省している私の頭の上に何かが乗った。慣れてない手付きで髪を梳くように撫でいることが分かり、自分は馬鹿だと思った。
私はうじうじと悩むような性格ではなかったはずだ。
「でも、ビックリしました!まさか、手首を思いっきり捻られるとは思ってもみなかったですよ!」
「……そうだな」
少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに意地悪な笑みを浮かべる。その笑みにホッとするのは、きっと私が馬鹿だからだ。
「なら、お詫びとして舐めてやろうか?」
「はっ!?」
「湿布を取るのは面倒くさいが、君が望むなら…どうだ?」
「いえいえいえ、遠慮します!」
残念だ、とクックと笑みを零す会長を見て、私って選択間違えた?と思ってしまったのは秘密だ。
「祭りはどうだったか?」
「えっ?」
「陸翔と行ったのだろう?」
「まぁ…そうですね」
祭りの記憶と言えば、愛莉姫と蓮見先輩、出店スルーのたこ焼きのみ購入、花火。最後に玖珂先輩がいつもより何倍も優しかったことぐらいだ。
最後のは今更ながら凄いことだ。あの玖珂先輩の意外性が。
うんうんと自身だけで納得していると、会長が動く気配がした。顔を上げると、すぐ近くに会長の顔があった。
「うぉっ!」
「私と居る時に、他の男のことを考えるな」
「へっ?いや、だって…会長が」
「言い訳するのか?」
「す、すみません」
会長が祭りのことを聞いてきたというのに理不尽な。
そういえば、何かを忘れてる気がする。確か、何かを会長に言わなくてはいけない気がする。
「あっ、そうでした。円城寺先輩が先に帰りました!」
「会ったのか…」
「はい。会長のこと宜しくと言われました」
「ふーん、そうか。宜しくしてくれるのか?」
グイッと、私の腕を引っ張って、自身の腕に抱き寄せる。ドクンドクンと会長の鼓動の音が聞こえ、私の心臓が速く鼓動した。
「会長っ、ここをどこだと思ってるんですか!」
軽く胸を押せば、すんなりと離してくれた。私は会長から距離を取り、キッと睨み付ける。
「人目がないところだったらいいのか?」
「いいわけあるかー!」
盛大に人前であんなことをしていたので、私達は注目されていた。20代ぐらいのカップルが「可愛いね」などと話していて、私は恥ずかしすぎて逃亡した。
会長のことを放置して逃げたので、合宿中ぐらいに話せたら、謝ろうと思った。それに湿布のお礼もちゃんと出来ていない。