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補習最終日の行事にて②

「歩くのおせぇな」

「うっ…仕方ないじゃないですか」


 浴衣だし、遅くなるのは当たり前だ。

 玖珂先輩も玖珂先輩だ。さっきまでは大人しかったのに、今は私を凄い形相で睨んでいる。さっきまでの玖珂先輩カムバック!

 すっかりと暗くなった空を見上げながら、私は何でここに居るんだろうと思った。愛莉姫と蓮見先輩を二人きりにする作戦は成功したんだ。さっさと玖珂先輩は帰れば、私の相手をしなくていいのに。


「おい、転けるぞ」

「えっ…うぁ!」


 上を見上げて歩いていた私は見事に、玖珂先輩の予言通りに転けてしまった。地面に倒れる!と思い、目を瞑るが思っていた衝撃とは違う衝撃が私を襲った。

 倒れた先は硬い地面なんかではなく、地面よりも柔らかくて、でもどこか硬くて温かい何か。


「チッ、どんくせぇ」


 耳元から聞こえる声に、私は目を開ける。目と鼻の先には玖珂先輩の顔があり、転けた私を受け止めてくれていることが分かった。

 玖珂先輩が助けてくれるなんて思ってもみなかったので、驚いて凝視してしまった。


「少しは気を付けろ」

「は、はい!ありがとうございます!」

「あぁ…」


 体勢を整えて、頭を下げる。

 フッと笑みを浮かべた気配がして、顔を上げると玖珂先輩が優しく微笑んでいた。あまりの事態に私の脳みそがついていけてない。

 あの玖珂先輩が私に優しく微笑んでいるだと!?

 私の思っていることが分かったように、玖珂先輩はさっきまでの笑みから、不機嫌そうに眉をひそめた。


「……そういえば、アンタは酷くされた方が好きだったな?」

「すみません!優しい方が好みです!」

「くっ…」


 俯いて、プルプルと肩を震わせいる。これは完璧に笑っている。微かに漏れる笑い声が私の鼓膜を震えさせた。

 玖珂先輩もこんな風に笑うんだよね、と玖珂先輩をボケーッと見ながらそんなことを考えていた。

 思いっきり笑った玖珂先輩は、私に片手を差し出してきた。その片手を見て、玖珂先輩を不思議そうに見る。


「ほら、お手」

「え?わん?」


 「お手」と言われたので、私は玖珂先輩の手のひらに自身の手をのせる。玖珂先輩は私の行動にブッと吹き出した。


「アンタ、バカか?」

「えっでも、お手って」

「バカ」

「うっ‥」


 そんな馬鹿、馬鹿と言わなくてもいいじゃないか。玖珂先輩が「お手」と言うのでしただけなのに。

 しょぼーんと下を向いたら、ギュッと手を握られた。バッと手を見れば、玖珂先輩の手が私の手を握っている。


「へっ?」

「ほら、行くぞ」

「えぇぇ!」


 私は玖珂先輩に引きずられるように、祭りが行われているところに向かった。


 りんご飴にわたあめ、フランクフルトに焼きそば、いろいろな食べ物の出店が並んでいる。中には食べ物じゃないクジなどがあるが、私には食べ物しか見えない。

 お腹が減ったのだ。何か食べたい。たこ焼き食べたい。

 玖珂先輩に引きずられながら、キョロキョロと辺りを見渡す。私の挙動不審に気付いた玖珂先輩は、私の方をチラッと見て、すたすたと歩き出す。

 少しだけ歩いて、一つの出店に目を付け、そこで一つ注文した。その出店は、私が食べたいと思っていたものだ。

 一パックをお金と交換して、また私の手を引っ張りながらどこかに向かった。

 たどり着いた先は、人が少ない祭りの近くにある神社だった。そこの段差に玖珂先輩は腰をかける。玖珂先輩に手を握られている私も必然的に座った。


「ほら、食べたかったんだろ?」

「うぇ?」


 ほい、と渡されたのは玖珂先輩が買ったものだ。私が食べたかったもの、たこ焼きだ。

 なぜ、私がたこ焼きを食べたいと分かったのか。パックを手に持ちながら、不思議そうに玖珂先輩を見る。


「アンタは何を考えているのかが顔に出るからな」

「ほぉ、それは凄い」

「前にも言っただろ、そのこと」

「ですねー」


 私の返答がお気に召さなかったらしい玖珂先輩は、私の手からたこ焼きを奪った。

 あっ、と呟いたと同時に玖珂先輩はつまようじでたこ焼きを一つ食べた。


「た、たこ焼き…」

「フッ、食べたいのか?」


 全力でコクコクと頷く。

 つまようじでたこ焼きを一つ取り、私の目の前に持ってくる。ほら、とつんつんとたこ焼きで私の唇をつつく。

 私は欲求に負け、パクッとたこ焼きを食べた。


「う、うまーい!」

「………」


 モグモグと食べていると、玖珂先輩がつまようじを私に向けたまま固まっているのに気が付いた。


「玖珂先輩?」

「アンタ…無防備すぎるだろ」


 頭を抱え、うなだれる玖珂先輩に首を傾げる。

 何も分からない私に、たこ焼きを渡し、玖珂先輩は深いため息を零した。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、アンタは黙って食べてろ」

「はーい。たこ焼き、ありがとうございます」


 もぐもぐと貰ったつまようじでたこ焼きを食べる。まじで美味しい。

 貰ったものは食べる。これは私の中の規則だ。例え、それがどんなに怖い人からでも、欲求には逆らえない。


「リスだな」

「ん?」

「口いっぱいに食べ物を詰め込むリスだな、アンタは」

「リスじゃないですよ!」

「いや、リスだ」


 リス、リスと私は小動物じゃない。玖珂先輩までついに私を小動物扱いとは、泣ける。

 最後の一個のたこ焼きをつまようじに刺していたら、玖珂先輩が横からパクッと食べる。


「うぉ」

「ん、最後の一個は美味しいな」


 サラリとした赤髪が私の手を掠める。自身の唇に付いたソースを舌で舐めとり、玖珂先輩は唇を歪めた。

 いつもと違う玖珂先輩に、鼓動が速くなるのを感じる。


「どうした?」

「…っ」


 私の顔を覗き込んで、フッと笑みを零す。きっと、私がドキドキしてるのに気付いているんだろう。

 この時間は終わればいいのに。私の願いが叶ったように、ドンッ!と大きい音が鳴る。

 音につられるように顔を上げれば、夜空に咲く大輪の花。


「花火だ…」

「もう、そんな時間か」


 玖珂先輩はため息を一つ吐いて、花火を見つめた。その横顔を盗み見る形で見ると、それに気付いた玖珂先輩が私を見て優しく微笑んだ。

 今日の玖珂先輩は優しすぎて変だ。


「……今日の玖珂先輩、優しすぎです」

「優しい方が好みなんだろ?」

「うぅ‥」


 やっぱり、こんな時間なんて早く終わればいいのに。次々と咲き続ける大輪の花を見ながら、そんなことを願った。



 花火が終わり、愛莉姫と蓮見先輩と合流して、浴衣に着替えた愛莉姫の家まで送ってもらい、玖珂先輩と蓮見先輩とは別れた。

 浴衣から制服に着替えていると、愛莉姫が嬉しそうに「ありがとう」と呟いた。私はそれに首を振ると「お礼にいいこと教えてあげる」と言った。


「海砂ちゃんの浴衣ね、玖珂先輩が選んだんだよ」

「えっ?」

「本当は言うなって言われたんだけど、言っちゃった」


 「あっ、浴衣貰っていいんだよ」と畳んだ浴衣を私に渡しながら、愛莉姫は楽しそうにしていた。

 私は衝撃な事実に、しばらく放心状態だった。


玖珂陸翔の、物で釣る作戦。

つまようじが間接キスだと気付いてないのは、海砂だけです。

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