補習最終日の行事にて①
「ねぇ、琴葉ちゃん。今日が祭りって知ってた?」
「海砂ちゃん、知らなかったの?」
「うっ…ところで、琴葉ちゃんは誰と行くの?」
補習が終わり、そんなことを琴葉ちゃんに聞いてみると、琴葉ちゃんが恥ずかしそうにもじもじとしている。可愛いなぁと思いながら見ていると、琴葉ちゃんの顔が真っ赤になった。
私は重大なことに気が付いた。
「まさか、男か!?」
「えっとね。海砂ちゃんには言おうと思ってたの…」
「か、か、彼氏?」
「違うの!ただの片思いなの」
だから、最近の琴葉ちゃんはウキウキしていたのか。きっと相手は琴葉ちゃんと同じ華道を習っている人か、先生。そのことまで聞きたいが、琴葉ちゃんが限界のようで止めとく。
琴葉ちゃんは周りを気にするようにして、恥ずかしそうにしている。
「海砂ちゃん!」
聞き覚えのある可愛らしい声が私を呼ぶ。声の主は愛莉姫だ。
愛莉姫は私のところまで来て、にっこりと笑みを浮かべた。
「海砂ちゃん、今日は楽しみだね」
「えっ?」
どういうことなのだろうか。私は愛莉姫と行くことになっているのか?
私が考えている内に、琴葉ちゃんと愛莉姫はお喋りをしていた。可愛い女子が二人とか、私はもう熱く見つめるしかない。
「海砂ちゃんは姫野さんと行くんだね」
「私だけじゃないよ。あと男が二人いるんだよ!」
「ダブルデートみたいだね」
「そうなるといいんだけど…」
ん?愛莉姫はさっきなんて言った?「あと男が二人いる」とか言いませんでした?
まさか、玖珂先輩と蓮見先輩とかですか?
そのあと、琴葉ちゃんを別れて、私は愛莉姫の家にいます。祭りには浴衣を着るそうなので、愛莉姫のお宅です。
家には、丁度仕事が休みだった愛莉姫のお父様とお母様が居た。お母様は浴衣を着る手伝いをしてくれている。
なぜか、用意されていた私の浴衣を着ながら、私は愛莉姫のお父様をどこかで見た気がした。きっとゲーム中に見たのだろうと思うが、すっきりしない。
「どうかな?」
紫陽花の柄の水色の浴衣に、濃い紺色の帯。髪が桃色なのに、浴衣が似合うとか素晴らしい。流石はヒロイン!
「凄く可愛い!!」
「ありがとう。海砂ちゃんも可愛いよ」
「それはない」
私の浴衣は、赤色の生地の白い花の柄に、オレンジ色の帯だ。浴衣自体は可愛らしいのに、私が着ると駄目だ。
微笑みながら、愛莉姫は「玖珂先輩カラー」と呟いていた。
「姫野さん…」
「もう、海砂ちゃんはいつまで姫野さん呼びなの?名前でいいよ、名前で」
「えっ、愛莉姫?」
「なんで姫なの?」
「姫の愛莉だからかな?」
海砂ちゃん面白い、と笑う愛莉姫。可愛すぎて、愛莉姫が呟いた「玖珂先輩カラー」のことをすっかりと忘れてしまった。
いろいろ話して、待ち合わせのところに行く。やっぱり、男二人というのは、玖珂先輩と蓮見先輩みたいだ。
先に来ていた二人の姿を見つけて手を振り出す愛莉姫に、手を振りかえす蓮見先輩。玖珂先輩はというと、ただ私を睨んでいた。
「二人とも似合ってるよ」
「ありがとうございます!」
「愛莉チャンの浴衣はボクの好きな感じだね。東堂チャンは、陸翔カラーだね!」
ねっ?と私ではなく、玖珂先輩に同意を求める。玖珂先輩は蓮見先輩を見て、私に視線を戻して、フイッとする。
「なになに、陸翔クン照れてるの~?」
「黙れ」
「ふっふふーん、だけど陸翔クンよ。可愛いなら可愛いと言わないと取られるよ?」
「まじで、黙れ」
ゴスッと鈍い音が蓮見先輩の頭でした。
殴られた蓮見先輩は「照れ隠しにすぐ手が出るんだから~」と言っていたので、また玖珂先輩に殴られていた。
「晃樹先輩、大丈夫ですか?」
「慣れてるから大丈夫だよ。それより、行こうか!」
「はい!」
愛莉姫と蓮見先輩が並んで歩き出す。ほんのり桃色に染まる愛莉姫の頬を見て、私は疑問に思った。
「あの二人って、付き合ってる?」
「付き合ってない」
「うぉ、玖珂先輩!」
「晃樹が姫野と付き合うことは、ない」
私の呟いた疑問に答えた玖珂先輩を見つめてから、二人の後ろ姿を見る。
愛莉姫の浴衣件、玖珂先輩と蓮見くんと仲が良いのに他の攻略キャラは避けていること、頬を染める姿。
「愛莉ちゃんは、蓮見先輩が好き?」
「意外に察しがいいな」
二人の後ろ姿が段々と遠くなっていくなか、いきなり頭の痛みを覚える。ズキズキと頭が痛い。
頭を抱えながら、その場にしゃがむと珍しく玖珂先輩が「大丈夫か?」と聞いてきた。私は小さく頷きながら、ある場面を思い出した。
『ボクは麗奈が好きなんだ。だから、キミには陸翔より悠真を選んで欲しい』
この台詞は、ゲーム中に蓮見先輩が言った言葉だ。それを今になって思い出すなんて、どうかしている。
玖珂先輩を攻略する際に手助けしてくれる蓮見先輩だが、玖珂先輩と会長の奪い合いイベントの時に彼はその台詞を言った。その時だけ、蓮見先輩は親友である玖珂先輩を裏切ったんだ。
だが、会長単体イベントには蓮見先輩は出てこないし、円城寺先輩とも絡んだシーンはない。ただ、一度だけこの台詞を言っただけだ。
ゲームをしている時は、これはゲームをしている人をハラハラさせる演出だろうと思っていた。だけど、ここは現実だ。
私は真実を知るために、玖珂先輩を見上げた。
「玖珂先輩…どうして、ないって断言出来るんですか?」
「晃樹は…円城寺麗奈が好きだからな」
愛莉姫は蓮見先輩が好き。蓮見先輩は円城寺先輩が好き。
やっぱり、ここは現実なんだ。ヒロインといっても、攻略キャラを好きになることはない。
愛莉姫は今まさに、頑張っている最中だ。ならば、私が出来ることは一つ。
「玖珂先輩!私は愛莉ちゃんを応援します!」
「勝手にすればいいだろ」
「えっでも、玖珂先輩も愛莉ちゃんを応援しているんですよね?」
「手伝えと言われたからな」
玖珂先輩に手伝えと言った愛莉姫は凄いと思う。怖いもの知らずか?
それにしても、今日の玖珂先輩は大人しい。いつもなら、かなり睨まれるというのに、今日は最初しか睨まれてない。
「それにしても、二人と別れてしまいました」
「元々、別れる作戦だったからいいんじゃね?」
「へー、そうなんですか…てっ、え?」
どんだけ、愛莉姫と計画立ててたんだよ!
私の心を読んだように、玖珂先輩は整っている唇を歪ませた。この笑みに嫌な予感しかしない。
「じゃあ、話はまとまったみたいだし、こっちはこっちで楽しもうか?」
「うっ…」
「碓氷の女。改め、東堂海砂?」
そういえば、忘れていたが玖珂先輩にとって私は嫌いな人の女でした。
「楽しめるといいな」と昨日の会長は言ったが、絶対に楽しめない。
玖珂先輩の意地の悪そうな笑みは会長にそれとなく似ていて、少しだけ悲しくなった。きっと、それは最近の会長が可笑しいからで、決して会長が気になるとか、そんなのはない。