補習終了前日にて
明日は補習最終日だ。何があるか分からない日だ。
私は補習を受けながら、明日のことを考えていた。友だちに聞きたいが、何があるのか知るのが怖い気がする。
ないとは思うけど、明日は武闘会があるとか言われたら、立ち直れない気がする。
補習も終わり、何だか担任の柳葉先生が忙しそうだったので、先日勉強を教えてもらったお礼ということで手伝うことにした。手伝い内容は私が得意とするファイルにプリントを挟めるやつだ。
資料室に向かうと、電気が付いていた。前にもこんなことがあったな、と思いながらドアを恐る恐る開ける。
資料室に居た人物の紫の瞳と見事に目が合った。その瞬間に、私は目を反らす。
気まずいと思いつつも、資料室に用事なので中に入る。紫の瞳の人物ーー会長は私のことを見たが、話すことはしなかった。
「君は残酷だな」と会長は、あの時に呟いた。きっと、私は会長に嫌われたのだろう。あの時は分からなかったが、今なら分かる。
プリントを挟めるファイルを探しながら、会長に対する私の態度を思い出す。私は会長に嫌われるようなことをしていた。嫌われて当然だ。会長も私という玩具に飽きたのだろう。
ファイルを手に取りながら、会長を盗み見る。資料を真剣に写してるみたいだ。その横顔が綺麗で、悲しくなった。
なんで、私は悲しくなっているんだ。会長に嫌われていいじゃないか。本来の距離に戻っただけだ。
だけど、やっぱり寂しいと思うのは私が自己中だからだ。
「………いやだなぁ」
かなり小さく呟いたのに、聞こえないと思って呟いた言葉なのに、会長は私の方を向いた。
妖しい紫の瞳は、私だけを映し出す。
「海砂…」
ヤバい。何だか泣きそうだ。
会長が私の名前を呼ぶ。たったそれだけなのに、涙が溢れそうだった。
嫌われたと思っていたから、名前を呼ばれるとは思ってもみなかった。溢れそうな涙を流さないために、強く唇を噛む。
「…海砂」
立ち上がり、私のすぐ目の前まで来る。手を伸ばし、その手が私の頬に触れる瞬間に、会長は手を引っ込めた。
「君は本当に残酷だ」
「え‥?」
「私に、どうして欲しいんだ?」
会長の瞳が揺らいだのが分かった。だけど、私は会長の言葉の意味が分からない。
ただ、やるせない気持ちで唇を噛み締め、強く拳を作った。
「なんで、君はそんなに泣きそうなんだ……」
「あっ」
戸惑いながらも、会長は私の唇からにじみ出た血を親指で拭き取る。そのまま、血が付いた親指を自身の舌で舐めとった。
その行為に、私は心臓が止まるんじゃないのかと思うほど、驚いた。同時に壊れるぐらい、高鳴るのを感じた。
「か、かいちょ、汚いです!」
「汚い?ならば、君が舐めるか?」
「えっ?」
「…ほら、私の指を綺麗にするのだろう?」
グッと指を口元に持ってくる。微かに唇に触れているため、また新たに血が付く。
会長に舐めてほしくない。だけど、私も会長の指を舐めることはしたくない。しなかったら、会長は血を舐めるだろう。
会長は血を欲する魔物か何かか!
「出来ないのか?」
「うっ」
「出来ないなら、仕方ないか」
私の口元から指を離す。自身の口に持っていこうとする会長に私はストップをかけた。
「なんだ?」
「て、ティッシュで拭いたら駄目ですか?」
一瞬、呆けた顔をした会長はクックと笑い出した。その笑い方に、私は安心する。
「ティッシュか。まぁ、いいだろう」
「…はい」
差し出された手を取り、指に付いた血をティッシュで拭き取った。拭き取る最中は、会長はこちらを一切見ようとはしなかった。
拭き取った指をジッと観察するように見つめて、そのあとは私を見つめる会長。
「舐めるか?」
「いえ、遠慮します」
「つれないな」
意地の悪そうな笑みを浮かべながら、私を見る会長はいつもの会長だ。先日とさっきまでの会長が嘘のように思えてくる。
何かを思い出したかのように、会長は言葉を発した。
「あぁ、そうだ。君は明日の祭りは誰に誘われているんだ?」
「えっ、祭りですか?」
「…まさか、知らなかったのか?」
まさか、明日の行事が祭りだったとは。なぜ、その考えにいたらなかったのか不思議でたまんない。夏と言えば祭り、これは絶対だ。
だが、玖珂先輩が祭りに私を誘うことはしないと思う。
「うそ、祭り?ありえないよね…玖珂先輩が……あっ」
「くが?玖珂って、玖珂陸翔か?」
私は会長が居たのに、つい驚きで言葉が出てしまった。
確認を取るために会長は私を見るが、私はサッと顔を背ける。これが肯定という意味に取られても、私は会長の顔を見たくなかった。
「陸翔か…」
呟いた言葉は何も感情が込められてなかった。
何も感情がない顔から、いきなり会長が声を上げて笑い出した。本当にいきなりだったので、ビクッと会長の方を凝視してしまった。
「最強のライバルだな」
「えっと、会長?」
「だが、これだけは負けられない」
一歩と、私に近付く。さっきまでも手が届く範囲に居たのに、一歩近付いたことで更に距離が縮んだ。
身の危険を感じた私は一歩と後ろに下がるが、私のすぐ後ろはファイルがある棚だ。トンと背中に棚が当たる。
「行くな、海砂」
ドンッと、会長は棚に手を付き、私が逃げれないようにした。
会長が手を付いたことで、何個かのファイルが床に落ちる。私はその落ちる音を聞きながら、紫の瞳から目が離せなかった。
「陸翔のところになんか、行くな」
「かいちょう…」
戸惑いを表した瞳で会長を見ると、フッと笑みを浮かべられた。さっきまでの真剣な表情を隠すように、笑みを浮かべた。
「冗談だ。楽しめるといいな」
それだけ言うと、私から離れる。さっきまで作業をしていたところに戻り、同じ作業をし出した。
私は会長の行動を不思議がりながら、自分の仕事を終わらせようとした。
私は会長の言葉の意味を未だに理解出来ないでいた。
そして、蓮見先輩が言っていた言葉の意味も理解出来ないでいる。
会長の、押してダメなら引いてみろ作戦。