補習初日にて
この学校の補習は、夏休みの始まりと終わりに一週間ずつある。進学校としては少ない日数だが、その代わりに宿題が山のように出るのが特徴のようだ。
補習を受けながら、ふと視線を感じた。視線を感じた方を見ると、愛莉姫がこちらを見つめている。目が合うと綺麗な笑みを愛莉姫は浮かべた。
いったい何なのだろうか、と首を傾げると、愛莉姫は自身の口元に人差し指を当てる。これは「しー」と言っているのだと思う。
だが、流石はヒロイン。何をしても様になる。私を萌えさせるのも上手いみたいだな!
これ以上、見ていたら鼻血が出ると思うので、私は補習に集中した。
補習の初日にも無事に終わりを迎えたら、こちらの方に誰か来るのが分かった。
「海砂ちゃん」
「あ…姫野さん」
「今日、暇かな?」
「え、えっと、はい。暇です」
私の言葉に愛莉姫は私の手を握って「良かった!」と、嬉しそうに言った。
愛莉姫に手を握られたよ!
手が柔らかくて、すべすべしている。全てが完璧だと思う。もう、愛莉姫様最高だ!
私の思考を知らないまま、愛莉姫は私の手を引っ張りながら、どこかに連れて行こうとする。
連れて行かれる前に鞄を取り、琴葉ちゃんに手を振った。そしたら、琴葉ちゃんも笑みを浮かべながら振りかえしてくれた。琴葉ちゃん可愛い。
愛莉姫に連れて行かれるままに、教室を出て、学校も出る。着いた先は、アンティークな喫茶店だった。
喫茶店の中をぐるりと見渡して「まだみたい」と呟いて、愛莉姫は空いているところに座った。その向かい側に座る。
「もうすぐで来ると思うんだけど、ちょっと待っててね?」
「へ?」
いったい誰が来るというのだろうか?
注文した紅茶が来てから数分後、愛莉姫は「来たみたい」と言って、誰かに手を振り始めた。
誰が来たのだろうと見てみると、愛莉姫に手を振りかえしている蓮見晃樹先輩が見えた。その数歩後ろに居る赤髪を見て、私はピシリと固まった。
「やあ、愛莉チャンに東堂チャン。待たせたね」
「いえ、そんなことないですよ。玖珂先輩がなかなか来ようとしなかったのでしょ?」
「そうなんだよ。陸翔たら、もう大変で」
蓮見先輩は来た早々に愛莉姫の隣に座り、楽しく談笑をし始めた。
ほっとかけれた私は、同じくほっとかけれた赤髪の男子生徒ーー玖珂先輩をチラッと見た。チラッと見ただけなのに、目が合ってしまった。きっと、玖珂先輩は私の方をさっきから見ていたのだろう。
どうすればいいんだろう、と楽しく談笑している二人に助けを求めるが、二人は私達の様子に気付いていない。
いつまでも玖珂先輩を立たせとくことは出来ないので、もう一度だけ玖珂先輩を見た。
「なんだ?」
「す、座らないんですか?」
恐る恐る言葉を発すれば、玖珂先輩は鋭い目つきで私を見る。ビクッと体が反応するのは仕方ないことだと思う。玖珂先輩が怖いのがいけない。
玖珂先輩は私を鋭い目つきで数秒間見つめる。この数秒間は私にしたら、何十時間もの長さに感じられた。
私をじっくりと観察した後に、隣に座った玖珂先輩。まさか、この玖珂先輩と同じ席に着くとは思いもしなかった。しかも隣に、隣にだ。
目の前で談笑をしていた二人はいつの間にか私達を見て、にやにやしていた。蓮見先輩はいつもそんな感じだが、愛莉姫までにやにやとしていたことには驚いた。
「ふっふふーん、初々しいねぇ?」
「初々しいですねぇ」
「………アンタら」
にやにやしている二人を、人が視線だけで殺せるほど睨み付ける。そんな玖珂先輩を真っ正面から見ても、二人は顔色を変えることはなかった。
私だったら泣きたくなるのに、この二人は精神面が強すぎる。
「初々しいところ悪いのだけど。玖珂先輩、そろそろ」
「……あぁ、そうだったな」
愛莉姫と玖珂先輩は席を立ちあがった。
にっこりとした笑みを浮かべ、蓮見先輩に別れの言葉を告げてから、愛莉姫は私の方を見た。
「バイバイ、海砂ちゃん。楽しみにしててね?」
「えっあっ、はい」
楽しみとはいったい何のことなのだろう?と考えていたら、二人は喫茶店を出て行ってしまった。
二人はどこに行ったのだろう。まさか、デートか?それだったら、さっきまでの二人の態度に疑問が湧く。
私は意味が分からずに、向かい側に座ってる蓮見先輩を見た。
「ごめんね、キミを呼んだのはボクなんだ」
「はい?」
蓮見先輩が私を呼んだ。そうなると、愛莉姫は蓮見先輩から頼まれて私を呼んで、一緒に来た玖珂先輩と共に帰ったということになる。やっと意味が理解出来て、すっきりした。
私は蓮見先輩の用件を聞くために、蓮見先輩に視線を送る。まれに見る真剣な表情で、蓮見先輩は私を見つめていた。
「ボクは陸翔と幼なじみなんだ」
「え?あ、はい」
「陸翔と幼なじみということは、生徒会長の悠真とも幼なじみなんだよ。そのついでに、悠真の婚約者である円城寺麗奈とも幼なじみなんだ」
真剣な表情で何を話すかと思ったら、なぜか自分の幼なじみが誰なのかを話し出して、びっくりした。
だが、真剣な表情で話し出すので、私は頷きながら聞いた。
「今では仲が悪いんだけど、陸翔と悠真は仲が良かったんだよ。ただね、どっちも可哀想なだけ」
「可哀想?」
「ボクの家庭は一般家庭だから、そこんところ分かんないんだけど…いろいろあったんだよ。だけど、ボクが言えることは一つだけ」
いつも笑っているイメージがある蓮見先輩は悲しそうに微笑んだ。
蓮見先輩が言っている「いろいろあった」は、玖珂先輩の両親の借金問題のことだと分かる。だが、玖珂先輩と会長が可哀想と表現したことについては知らない。
「可哀想なんだよ」
「……どうして、それを私に‥?」
「さぁ、なんでだろうね?」
ヘラッといつものような笑みを浮かべて、蓮見先輩は「今日は、ありがとう」と言った。
腑に落ちないまま、私は蓮見先輩と別れ、一人で帰る。
「可哀想…会長と玖珂先輩が?」
いったい何に対して可哀想なのか、私には見当が付かなかった。だけど、それを知ってしまったら、いけない気がする。
ふと思い出すのは、先日の寂しそうに笑った会長の「君は残酷だな」という言葉だった。