更に誤解された上に…
少しだけ暴力表現があります。
下校時間。何もなかった日は途中まで琴葉ちゃんと帰る。別れ道で少しだけお話をして、それぞれの家へと帰る。
それなのに、今日は違う。琴葉ちゃんと別れるまでは良かった。問題はその後だ。
いつものように、いつもの道を使って帰る。だけど、今日は曲がり角を曲がったところで人とぶつかった。
「すみません!」
「おいおい、痛てぇじゃねぇか」
私とぶつかった人は他校の制服に身を包んだチンピラだった。しかも、その他校の制服に見覚えがあった。兄が通う全寮制の高校だ。
風紀が乱れているぞ、お兄ちゃん。
そんなどうでもいいことを考えている内にぶつかったチンピラと違うチンピラが数人、何だか変な笑い方をしていた。
「きみってさぁ、なかなか可愛いから遊んでくれたら許してあげる」
「はぁ?」
「なぁ、いいだろぉ?おれたちと遊んでよ」
一人がにやついた笑みで私の腰に手を回してきた。
有り得ない。可愛い女子ならいいのに、どうしてチンピラなんだよ!不良はお断りだ。不良より真面目な人が好きだ。あと女子!
「触らないでくれませんか?」
「おっ、強気の女の子は好きだよー」
「…だから、触るなって言ってんだよ」
腰に手を回してきたチンピラに思いっきり足を蹴ってやった。
チンピラ達の目つきが変わり「こいつ、何するんだ!」と分かりやすく怒ってきた。
単細胞だな、と思っていたらチンピラ達は手を振り上げた。これは殴られるなと思うが不思議と玖珂先輩の時よりは怖くなかった。玖珂先輩は雰囲気さえも怖かったというのに。
「おれを怒らせるからいけないんだ!」
目を瞑らずに拳を見ていた。その時間が数時間にも感じるほど長かった。
拳が近付く度に風を感じた。だが、その風がピタリと止まり、拳があと数ミリのところで止まっていた。
「えっ?」
私もチンピラも私達を見ていたチンピラ達も、みんな呆然とした。その次の瞬間には、私を殴ろうとしたチンピラは後ろに飛ばされていた。
「コイツに手を出すなんてなぁ?」
私をチンピラ達から背中に隠した赤髪の男子生徒ーー玖珂先輩はチンピラ達を威嚇するように彼らを見回した。
チンピラの一人が何かに気付いたのか、玖珂先輩に指を指して震える唇で叫んだ。
「お、おまえは玖珂陸翔!」
「玖珂って…!」
「まじかよ!その女って玖珂の女だったのかよ!」
玖珂先輩は他校にも知られているのか。
すげぇと感心していたらチンピラの一人が言った言葉に何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
聞き間違えじゃなかったら、きっと玖珂先輩が否定するだろう。
「……分かったなら、消えろ」
ん?否定しないんですか?誤解されますよ?それとも本当に私の聞き間違い?
チンピラ達は「玖珂の女と知ってたら、手とか出してねぇよ」と言いながら去っていった。
玖珂先輩はその言葉にピクリと眉を動かしただけだった。
「あの…」
私の声に反応してこちらを見た。その表情は、やっぱり変わらずの睨み顔だ。思わず、ビクビクしてしまう。
「勘違いするんじゃねぇぞ。オレは自分の獲物をとられるのが気にくわねぇだけだ」
獲物、と言った時の玖珂先輩の炎のように燃える瞳は獲物を捉えた肉食獣のようにギラギラとしていた。思わず、後ずさってしまう。
私の反応に満足した先輩は唇を歪ませて、私に近付いた。
先輩が近付く度に後ずされば、トンッと背中が壁に付いてしまった。
「怖いか?さっきのヤツらとどっちが怖い?」
「くが、せんぱい…」
「だろうな」
歪んだ唇を更に歪ませる。
壁に手を付き、私の顔を覗き込むように顔を近付けた。
「なぁ、他校にはアンタがオレの女ってことになった。どうする?オレのことが嫌いな他校生がアンタのこと狙ってくるかもな」
「えっ?うそ…」
「嘘じゃねぇよ」
会長と似たような笑い方をして、先輩は私から離れた。支えがなくなった私はずるずると地面に座り込む。上から先輩が冷たい視線を投げてくる。
私は玖珂先輩に目を付けられてしまった所為で、危険に合わせられることになるのか。
玖珂先輩はゲームではツンデレキャラだったくせに!現実では、会長よりえげつないぞ!滅んでしまえ!
こんなストーリーなんて、滅べ!
「どうだ?絶望を味わった気分は。碓氷の女よ」
その言葉を聞いた瞬間にピクリと眉が動く。
碓氷の女?そんなに会長が嫌いだったら本人にやれよ!私って関係なくないか?本人にやれ、本人にやれ。
玖珂先輩が会長に手を出せない理由がある。だけど、それって逃げてるってことだと思う。ゲームをしている時も玖珂先輩に何度もイラついた。
「会長に手を出せないからって、私に手を出すって…どうなんですか?」
「ッッ!?」
ボソッと呟いた言葉に先輩は目の色を変え、私の首を締め上げた。
いきなり酸素提供がなくなり、息が苦しい。首を締める力はどこから出ているのか疑ってしまうほど、強い。
うっすらと開いた目で先輩を見た瞬間にゾクッとする。
私を映していて映していない瞳は酷く冷めていて、本当に私を殺してしまうと感じた。
「ぃ…ゃ……」
小さく漏れた死への恐怖。
玖珂先輩はギリギリのところで私の首から手を離した。
体は酸素を欲しがり、何度もむせかえりながら酸素を吸う。何度も喉に違和感を感じる度に、空気を吐き続けた。
「もう、こんな目に合いたくなかったら……分かっているな?」
私は何度も何度も頷いた。
もう言わない、と何度も何度も玖珂先輩が満足するまで言った。
やっと満足した玖珂先輩がその場に居なくなってから、力が抜けてしまって動けなくなった。
冷たい玖珂先輩の瞳が怖くて、思い出しただけでも体が震える。
「わたし……」
呟いた言葉さえも震えていて、情けない。
まだ熱を持っている首に触れ、私はそっと涙を流した。
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暗い室内できっちりと制服を着込んだ男子生徒は、同じ制服を着ている生徒を何度も蹴る。抵抗が出来ないと分かっていても何度も蹴り上げた。
地面に倒れている生徒は数人居た。その生徒は全員、痛みに耐えているか気絶しているかのどっちかだ。
「お前達は、やってはいけないことをしたよ」
馬鹿だったねぇ、と囁く声は残酷なほど低い。
最後に思いっきり蹴り上げると、最後まで意識が持っていた生徒も気絶した。
乱れた制服を整え、風紀委員長と書かれた腕章を付け直す。
「玖珂陸翔。さて、どうしてくれようか」
クスクスと笑い、男子生徒は暗闇の中に紛れた。