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安息を求めたい


「海砂ちゃん?」


 鈴のような凛とした声が私の名を呼ぶ。机の上に伏せっていた私はバッと顔を上げた。

 微かに匂う花の香りに心を奪われながら、私を呼んだ人物ーー愛莉姫に勢いよく返事をした。


「はい!東堂 海砂です」

「やっぱり、東堂っていう名字なんだよね」

「えっ?」


 愛莉姫の言葉を私は聞き返した。だが、彼女は綺麗な笑みを浮かべて「何でもないよ」と言い放って、どこかに行ってしまった。

 いったい、私の名字が何だというのだろうか。



 私の心は病んでいる。

 いきなりこんなことを言っては、はっ?ってなるのですが、私は癒やしが欲しいんだ。全力で癒されたい。

 さっき初めて愛莉姫と話したのだが、よく分からない話だった。感想を一言で表すなら愛莉姫は今日も可愛かった、だ。


「こーとーはーちゃーん!」


 ガバッと琴葉ちゃんに抱き付いて、頬をすりすりする。程よい弾力にすべすべとした肌の感触。気持ち良すぎて、ずっとくっつけていたい。

 もはや変態思考の私だったが、琴葉ちゃんはそんなことを気にしてない様子だ。少しだけ紅潮した頬に恥ずかしがって「くすぐったいよ」って言ってくる。


「琴葉ちゃん、可愛すぎ!」


 ギュッと腰に抱き付けば、琴葉ちゃんは嫌な顔一つもせずに私の頭を優しく撫でてくれた。


「琴葉ちゃん好き。もうっ、大好き」

「ありがとう。私も海砂ちゃんのこと好きだよ」

「琴葉ちゃん!」


 もう可愛すぎだろ。未だに私の頭を撫でてくれる琴葉ちゃんは女神だ。

 イチャイチャしていたら頭上らへんで「レズるなよー」と注意が飛んできた。私はその低くて大人の色気を感じる声に聞き覚えがあった。

 声がした方に顔だけ向けると私の担任である柳葉先生が居た。


「せんせー、羨ましいんでしょー!」

「ん?あぁ、そうだな」

「ふっふーん。だけど、琴葉ちゃんは渡さないですよ!」

「もう、海砂ちゃんっ」


 「先生に何言ってるの、ばか」と可愛い声で怒られた。それさえも、にやけてしまう私はきっと変態なのだろう。可愛い女子love!


「じゃあ、代わりに東堂を貰うか」

「えぇー、私はお高いですよ。って、どうせ雑用を押し付ける気ですよね?」

「おう、よく分かったな」


 そりゃあ、頻繁に雑用を頼まれていたら分かりますよ。てか、いつも思うけど、なぜ私なんだ。

 うなだれている私に琴葉ちゃんが笑顔で癒してくれる。雑用に琴葉ちゃんを巻き込みたいけど、もうすぐ帰らないといけないんだ。琴葉ちゃんは華道を習っていて、もう行かないといけない時間だ。


「うっうっ、また明日会おうね、琴葉ちゃん!」

「うん。海砂ちゃん、頑張ってね。バイバイ」

「バイバーイ!」


 手を振りながら琴葉ちゃんは教室を出て行った。教室に残っているのは、もう私と先生だけだ。みんな帰るのが早いことが、私のクラスの特徴だ。

 クルッと先生の方を向く。


「今日の仕事は何ですか?」

「おっ、やる気になったか。今日はな、コピーしたプリントをとめて冊子を作って欲しいんだ」


 一人じゃあ量が多くてな、とボソッと呟く声が聞こえた。だから、教室に残っていた私に手伝えと言ったのかと一人で納得した。


「じゃ、行くか」

「はい!」


 コピーをするなら印刷室だ。印刷室は西棟にあり、資料室の隣にある。


 印刷室に辿り着いて、プリントをコピーしながら冊子を作っていたら、何かを思い出したように私を見た。


「そう言えば、何か困ったことはないか?」

「えっ!?」


 もしかして先生、あなたは玖珂先輩に誤解されたことを既に知っているのか!いやいや、玖珂先輩は会長には「アンタの女がどうなってもいいのか?」と言うかもしれないが、他の人には言いふらしたりしないだろう。

 先生のことだ。生徒が困ったことになっていないか確認を取っているのだろう。


「ないない、ないです!」

「本当か?碓氷とか、碓氷とかには気を付けてるか?」

「へ?会長ですか?」

「あぁ、お前はもう忘れたのか?生徒手帳の件を」

「あぁあ!大丈夫、大丈夫ですよ!」


 すっかり生徒手帳の件は忘れていた。

 会長とはその後に助けてもらった件がある。助けてもらったのは嬉しいことだが、その後の行動が駄目だ。気を付けろ、気を付けろと言われていたのに気を付けてなかった私が馬鹿だ。

 でも、私は時々思うことがある。会長にとって私とは何なんだろうと。口説いている、と本人は言っていたが私には面白い玩具で遊んでいると感じてしまう。


「でも、よく分かりませんね。人って」

「お前、何を言っているんだ」


 呆れたように先生はため息を一つ零す。

 そんな先生をピシッと指差したら「人を指差すなー」と言われたが無視だ。


「せんせー、ため息吐いたら幸せ逃げますよー」

「お前に言われたくないなぁ」


 ごもっともですね。私もため息吐きますし。

 説得力がなくなった私の言葉に先生は微笑む。大人の魅力を感じさせる笑みに、つい携帯のカメラを取り出してしまったのは悪くないはず。


「何で、携帯を取り出したんだ?」

「い、いえ…私は微笑む先生をカメラに収めようとか思ってないですよー」

「正直だな」

「うっ、だって先生があんな大人のオーラを出しっぱなしにするから!」


 ついクラッときてしまった。そう言い放ったら、先生は小さく息を飲んで戸惑っていた。


「せんせー?大丈夫ですか?もうしませんよー」

「あ、あぁ…そうしてくれ」


 咳払いをして、先生はもくもくと仕事をし出した。私も仕事をし始めた。決して、先生と話し中にサボっていた訳ではない。断じて!


 仕事もとい雑用が終わると、空はうっすらと暗くなっていた。もう五月の終わりぐらいなので普段よりは明るい方だ。


「手伝ってくれて、有り難う」

「いえいえ、楽しかったですし、それに…」


 それに先生の側に居ると安心する。何だか、守られている気がするんだ。それはきっと先生が先生だから、生徒を守っているんだろう。だけど、安心する。

 不思議そうに先生は私を見た。


「それに?」

「ふっふーん、秘密ですよ!」

「その顔、ムカつくなぁ」

「きゃー、せんせーセクハラだー」


 ぐりぐりと頭を掻き撫でられる。せっかくの髪型が崩れてしまった。

 一通り笑ったら、心がすっかりとしていた。

 やっぱり、先生は生徒と守っているんだなと再認識した。


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