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水遊びと状況変化



 私はトイレで先輩と思われる女子生徒数人に囲まれている。

 この先輩方に見覚えが私にはあった。この先輩方はいつも桐島先輩の周りに居た人達だ。ゴールデンウィーク前の時に愛莉姫を裏庭に呼び出した先輩方でもある。

 私がトイレで囲まれている理由は既に分かっている。ゴールデンウィーク中に桐島先輩と出掛けたところを見られていたらしい。


「ムカつくのよ!」


 ドンッと肩を思いっきり押され、後ろに尻から倒れる。

 女子なのに凄い力だ。肩が痛い。これが恋の力というものなのか、とやけに冷静に考えてしまった。

 人間、窮地に立たされると冷静になるというものは本当らしい。


「ふん、怖くなって声も出ないの?」


 なぜそうなるのか不思議でたまらない。

 ここをどうやって切り抜けようと考えてると、私を押した先輩が違う先輩からバケツを受け取る。バケツの中には並々と注がれた水が入っているのが分かる。

 もしかしなくても、それを私にかける気ですか?


「これで、奏汰に近付こうなんて考えないでしょ?」


 バザーッと勢いよく水をかけらる。まだ季節的に水遊びはいけない。

 先輩方は嫌な笑みを浮かべながらトイレを出て行った。


「寒い。てか、どうしよう…」


 私、着替えとかないぞ?ジャージも体操服も置いてない。

 このまま帰るにしても制服が乾くまでどこかに居なくてはいけない。


「あぁもうっ!泣きそうかも…」


 先輩方が居たときは冷静にされたが、今では凄く泣きそうだ。明日から学校来なくていいかな、と思うが両親に申し訳ない。

 桐島先輩の周りに居る女子は可愛いが過激派が多い。一度、睨まれると桐島先輩に近付かなくなるまで、永遠とこういったことの繰り返しだ。

 だけど、私はゴールデンウィーク後からは桐島先輩と会ってない。これで近付かなかったら、この一回で終わりだろう。


「でも、あんな形で先輩との別れってすっきりしないなぁ」


 だが、本来は関わりなんて持てない人だったのだ。なにせ、桐島先輩はイケメンですので女子生徒に囲まれている人物だ。私なんかに構ってくれていたのが奇跡に近い。


「桐島先輩のことは後から考えるとして、まずはこの状況だよね」


 とりあえず、トイレに居ても乾くものも乾かないのでトイレを出ることにした。全身濡れている所為で廊下が濡れてしまっているが仕方ないということにしとこう。

 廊下を出て分かったことがあった。私がトイレに入って大分時間が経っているようだ。残っている生徒が居ない。

 私は制服を乾かすために保健室に行くことにした。きっとそこには乾燥機があるだろう。着替えはなくても、毛布にくるまっていたらいい。

 やっとのことで保健室までたどり着き、扉を開く。

 そこには医務の先生ではなく、どっからどう見ても金髪ピアスの桐島先輩だった。


「あっ」

「え、あの、失礼しました」


 桐島先輩と目が合った瞬間に私は何事もなかったように保健室の扉を閉めた。

 なぜ、先輩が居る。保健室になぜ居るんだ。医務の先生はどうしたっていうんだ。もしかして、逢い引きか?いや、それはないだろう。医務の先生は男なのだから。しかも、先輩は一人だったと思う。

 いろいろと頭の中で考え事をしていたら、内側から扉が開けられた。

 妙に焦った先輩が私を見つめる。


「海砂ちゃんっ!なんで、そんな格好を!」

「いえ、これには訳が…」

「いいから早く入って、これに着替えて」


 私を無理やり保健室に入れ、男用のジャージを渡された。そのまま、カーテンの向こう側にあるベッドまで連れて行かれて、ここで着替えてと言われる。

 小さく頷くと先輩はカーテンの向こう側に消えた。

 渡されたジャージからは、ほのかに桐島先輩の匂いが漂い、顔が熱くなるのが分かった。


 先輩のであろうジャージに着替え、カーテンの向こう側に行く。


「あ、海砂ちゃん…」


 先輩はジャージ姿の私を見るなり、顔を赤らめてそっぽを向いた。きっと、私にとってぶかぶかなジャージなのでどこか変なところが見えたのだろう、と結論を付けた。


「あそこに乾燥機あるから」

「は、はい!」


 乾燥機に制服を突っ込む。しわになるが、時間的には乾燥機が早く乾く。


「あのさ、海砂ちゃん」

「はい?」


 深刻そうな顔をして、先輩は私を見つめた。


「ゴールデンウィークは、ごめん」

「いえ、私の方こそすみませんでした!」

「君は何も悪くないよ」

「いいえ!私は無神経でした、すみません」


 何度も頭を下げると、困ったように先輩は笑った。

 私はあんな形で先輩と別れなくて良かったと思った。女子の先輩方には悪いが、桐島先輩にもう一度会えて良かった。


「俺が悪いんだ。本当にごめんね」

「もう、いいんですよ!私も先輩もどっちも悪かったってことで!」

「ふふ、ありがとう。君には救われるよ」


 弱った笑みを浮かべたと思ったら、先輩は私の肩に顔をうずめた。先輩の吐息がジャージの隙間から直接肌にかかり、くすぐったい。


「んっ、せりしま、せいぱい?」

「……っっ!」


 くすぐったくて小さく漏れてしまった声に反応して、先輩はバッと顔を上げる。

 口元を手で隠して、私を凝視した。


「ヤバかった…」

「えっ?」


 何がヤバかったのだろう、と先輩を見つめ返すとスッと視線を反らされた。

 安堵のため息を一つ零し、先輩はチラッと私を見て顔を赤めるが、すぐに咳払いをして平常心を保っているようだ。


「あのさ、濡れていた原因って俺に関係するでしょ?」

「へ?」


 どうして分かったのか。そんな表情で驚いていたら、やっぱりと言いたげな顔で先輩は顔をしかめた。


「ごめん」

「なんで先輩が謝るんですか?」

「俺の所為だからだよ。俺が君をちゃんと守っとけば良かった。君を誘わなければ良かったんだ」

「えっと、まず先輩の所為とは違うと思います」


 先輩方は桐島先輩が好きすぎてしまったための行為だ。


「先輩方は桐島先輩が好きで好きで好きすぎたんです!だから、先輩が謝ることではないんですよ!むしろ先輩が謝ったら、俺がイケメンすぎてごめん、と聞こえます!」

「あぁ、うん…」


 意味分からんと言った表情の先輩は取りあえず、頷いていた。

 放心状態の先輩を見つめていたら、いきなり声を上げて先輩は笑い出した。へ?と驚いていると、子どもぽい笑みでにっこりと私に微笑みかけた。


「ありがとう」

「私、何もしてませんけど?」


 ただ先輩は何も言わずに笑っていた。

 そのにっこりとした笑みに私の心臓がバクバクと鳴り響いたのは知らないふりをした。

 先輩の素敵笑顔を直視出来ずに下を向いたら、頬を優しく撫でられた。


「君は本当に可愛いよ」

「……はっ?」

「可愛いって言ってるの、分かる?君は凄く可愛くて、癒される」


 月宮先輩もそうだったが、彼らは私のことを小動物と勘違いしてそうだ。桐島先輩は「食べたい」と言わないだけマシかもしれないが。


「海砂ちゃん、君を…」


 先輩が何かを言いかけた瞬間、ピーッと乾燥機が終わったことを告げる。

 私は言葉を最後まで言えなかった先輩を見つめると、複雑そうな顔をされ「なんでもない」と言われた。


「じゃあ、着替えたら帰ろうか」

「はい。ジャージは…」

「いいよ、洗わなくて。明日使うし、大丈夫だよ」

「はい…なんか、すみません」

「大丈夫だよ。君が風邪を引かないのなら、俺のジャージは役に立ったと思うから」


 優しく頭を撫でられ、私は恥ずかしくなり制服を取り、急いで着替えた。

 制服に着替えた後も先輩の匂いが微かに全身から感じられ、まともに先輩の顔を見れなかった。



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