九 ぼくらの町へ
九 ぼくらの町へ
「ドクターDたい捕、メモリーチップだっ取」
このニュースは、全世界をかけめぐった。どの新聞も、片方だけつけまつげをつけ、破れたワンピースを着て、うなだれているドクターDの写真を、大々的にのせた。メモリーチップを高々とかかげる風太と、その横にいるミッチの写真には「メトロコスモスの救世主」と見出しがつけられた。
メトロコスモスのシステム停止まで、あと十日。風太たちはロケット発射場に向かった。ついに手に入れたメモリーチップ、これを持って早くメトロコスモスに帰らなければ……。
ロケットの先端には、チャイルドシップが、すでに取り付けられていた。「チャイルドシップの整備は万全です。こわれたディスプレーも新品に交かんしています。いつでも出発できますよ」と空港の担当者は言った。
風太とミッチは身長を測った。風太は百三十三センチ、ミッチは百三十四センチにのびていたが、百三十五センチの制限内だ。ふたりはチャイルドシップ専用の宇宙服を着た。ものすごくきゅうくつだ。宇宙服が小さくなった気がする。
とう乗口にふたりは立った。ふたりの前に大統領、その後ろにも大勢の人々がいた。大統領は、ふたりの手を両手でにぎりしめて言った。
「河瀬くん、新藤さん、メモリーチップをうばい返してくれて、本当にありがとう。時間が許せば、お祝いのパーティーでもしたいところですけど、一刻も早く、チップをメトロコスモスに届けねばなりません。最後の重大な使命が残っていますが、よろしくお願いします」
風太とミッチは、ヘルメットをつけてチャイルドシップに乗りこんだ。
小さな窓から地球の風景が見える。はるか先には水平線、空と海をくっきりと分けている。メトロコスモスで、遠くの景色が空をせり上がっていくように見えるのもすばらしいけど、逆に水平線に沈んでいくのもそう大だ。
今度、また地球に来よう。メトロコスモスが復旧したら、おとうさんに連れてきてもらおう。そうだミッチもいっしょに。いっしょに来て、またあの海に行こう。
「地球管制センターからチャイルドシップ、聞こえますか」
ヘルメットの中から管制官の声が聞こえる。
「はい、こちらチャイルドシップ、感度良好です」
と風太が答えた。
「ヘルメットのロック、座席ベルト着用の確認をお願いします」
風太はミッチを見た。ミッチがうなずいた。
「ふたりとも、ヘルメットロック、座席ベルトともOKです」
「了解しました。では、まもなくブースターに点火します」
ドドドッ、としょうげきが伝わってきた。前方ディスプレーに、地面がみるみる遠ざかっていく様子が映っている。ものすごいGがかかる。首も動かせないほどだ。座席にからだが押しつけられる。ミッチが風太の手をにぎってきた。風太もにぎりかえした。
「ミッチ、大丈夫か」
「うん、平気」
数分も、たっただろうか。急にからだが浮いた。ロケットは切りはなされて、チャイルドシップだけになった。地面はすでに見えず、青い地球の姿が、ディスプレーに映っていた。
「風太くん、聞こえる」
ミッチの声がヘルメットの中から聞こえた。
「うん、聞こえるよ」
「二十三日にはメトロコスモスにつきそうよ。ぎりぎり間に合ったわね」
「一時期は、どうなるか、って思ったけどね」
「それにしても、あのおばさんが、ドクターDだったとはね……」
「はじめにあやしいって思ったとき、もっとしっかり、調べときゃよかったね」
「電車乗るとき、ずっと切符使ってただろ。身分証明書、使っちゃうとばれちゃうからだったんだね」
「おばさんの顔、ちょっとふっくらしてたじゃない。あれって、いつもわたを口にふくんでたんだって。はなも細工してたのよ。はだ色のテープでつり上げて、だんごばなみたいに……」
「まつげつけたり、かつらかぶったり……。変装するのもたいへんなんだ」
「それにしても、メモリーチップ取りに行ったときの風太くん、かっこよかったわ」
「こわかったけど、こわいなんて言ってられなかったからね。おかげで、うんてい、できるようになったよ。そうだ。ミッチもかっこよかったよ」
「いつのこと?」
「ほら、あのとき。ドクターDに飛びかかって、スカートをドクターDの顔にかぶせたとき」
「あれこそ、夢中だったわ。なんとかしてつかまえなきゃ、って」
「後ろから、いちごのパンツ見えてさ……」
「もーっ、なに見てたのよ!」
メトロコスモスが見えてきた。
また、あの中で暮らすことになる。人工の重力と人工の空気があって、人工の山や海があって、人工の四季と昼夜があって、人工の雨や雪を降らせてくれる世界。見わたすかぎりの海はないし、ザザーッと押し寄せてくる自然の波もない。潮の香りがする風もふいてこない。地球の風景とは大ちがいだけど、それはそれで、すばらしいところなのだ。みんなが協力しあって作り上げた世界だし、風太のおとうさんやおかあさんやおねえちゃんが住んでる町だし……、なによりも、ミッチもいっしょに暮らしている町だからだ。
メトロコスモスが大きくなってきた。風太はヘルメットの中から呼びかけた。
「こちらチャイルドシップです。メトロコスモス聞こえますか」
メトロコスモスからの返事は、すぐにあった。無線の向こうから「うぉーっ」とかん声が聞こえた。
「はい、こちらメトロコスモス。チャイルドシップ、感度良好です」
「メモリチップ、無事取り返しました」
「ありがとうございます。長い間、本当におつかれさまでした」
「まもなく、遊園地の子供ポートに着陸しますので、誘導をお願いします」
「了解。こちらは準備完了です」
ここまでくれば、もうお手の物だ。地球に着陸するときのように危険なことはない。風太は遊園地のゴーカートの要領で、ちょいちょいと、チャイルドシップを子供ポートに近づけていった。
風太とミッチは、無事にメトロコスモスについた。
着陸ポートには、チェスノコフ州知事と中央コントロールセンターのコンピューター技師が待ち構えていた。風太はコンピューター技師に、メモリーチップを手わたした。技師はチップを受け取ると、すぐに中央コントロールセンターに向かった。
「あれがあれば、年が明けるまでには必ず直りますよ。河瀬くん、新藤さん、本当にありがとう」
チェスノコフ州知事は、ふたりの手をとって、何度もお礼を述べた。
二日後、風太とミッチは、冬市のスキー場にいた。
「ほら、ミッチ。足をハの字にしてね。こうやってすべるんだよ」
「ちょっと待って、先に行かないでって。すぐスキーが重なっちゃうの――」
「だからあ、からだはまっすぐに、おしり落として――」
「ぷふっ」
「なにが、おかしいんだよ」
「だって、風太くんが、エドガーくんにうんてい教えてもらってたときも、こんな感じだったなあ、って思い出してね」
風太は顔を真っ赤にして言った。
「なんだよ。もう、教えてやらないよ。そんなこと言うんだったら」
「ごめん、ごめん、もう笑わない。だから、ねっ」
ゲレンデの下に下りて、風太とミッチはロッジの方に歩いていった。ロッジの横の大きなクリスマスツリーに、砂糖をまぶしたような雪がついている。カップルが二組、手をつないでツリーを見上げていた。そう、この雪は風太のおとうさんが降らせたもの。風太は、きのうの晩おとうさんが「去年のリベンジだよ。きれいに降らせてやるからな」と言っていたのを思い出した。
風太とミッチは、ロッジのいすにこしかけた。ゲレンデを見上げると、こな雪がまう中、大勢のスキーヤーがすべってくるのが見えた。そしてゲレンデの上には、青く光る巨大な地球があった。つい三日前まで風太たちがいた地球だ。
ミッチが言った。
「風太くん、メリークリスマス。わたしからのプレゼントよ」
ミッチは風太に、リボンのついた箱を手わたした。
「えっ、なに」
「開けてみて」
風太はリボンをほどいて箱を開けた。箱の中に、手のひらぐらいの大きさの貝がらが入っていた。にじのように七色にかがやく貝がらだった。
「地球にいたとき、いっしょに海に行ったでしょ。あのときひろったの」
ミッチは風太の手から貝がらをとって、風太の耳にあてた。
「ほら、こうして……」
風の音が聞こえる。あの地球の海で聞いた風の音だ。貝がらからは潮のにおいもただよってきた。
「聞こえる?」
「うん」
風太は胸がつまった。目の前がにじんだ。
「ありがとう……、ミッチ」
風太が言った。
「そうだ、ミッチ。あした、海に行こうよ。夏市の海」
「いいわね。行こ、行こ」
きょうはスキー、あしたは海水浴。こんなことできるのも、ここがメトロコスモスだから。
メトロコスモスの海は、地球の海と比かくにならないくらい小さかった。でも、そこはやっぱり海だ。人工の波が押し寄せ、また引いていく。地球と同じようにうきわを持った人々が海水浴を楽しんでいた。
風太とミッチは、海岸にすわって沖の方を見た。水平線に沈む夕陽は見えないけど、空に浮かぶ巨大な青い地球が見える。海から風もふいてくるし、潮の香りもただよってくる。
風太は思った。
これがメトロコスモス、ぼくらの町。
風太は、きのうミッチからもらった貝がらを耳にあてた。
風の音が聞こえる。ぼくの名前、風太の風の音が。